最後の人間作家

風見 悠馬

最後の人間作家

私が風間理子の作品の異常性に気づいたのは、AI分析システムが前代未聞のエラーを吐き出した日のことだった。


「独創性スコア計測不能。数値が低すぎて既存の評価軸が適用できません」


画面を見つめる私の後ろで、同僚たちがざわめいている。文学解析の第一人者であるAI創作研究所で、このような事態は初めてだった。しかも問題の作品は、SNSで「何度読んでも、不思議と心が温かくなる」と評判になっている。読者の反応グラフは穏やかな波のように揺れ、どこか懐かしい共感を示していた。


「橘さん、これ、どう説明すればいいですか?」

助手の井上が不安そうな顔で尋ねる。画面の隅では、研究所の黒猫のデータが気まぐれに点滅している。

「説明のしようがないものを説明する。それが私たちの仕事だ」

答えながら、私は風間理子のプロフィールを開いた。



原稿用紙に万年筆を走らせる音が心地よい。締め切りまであと3日。今日も私は特に何も考えずに書いている。

窓辺で黒猫のクロが尻尾を揺らす。午後3時、いつもの昼寝の時間だ。


「先生、そろそろデジタルの方が...」

担当編集の村井さんの声が、どこか遠くで響く。

「ごめんなさいね。私、こうでないと」


机の上に広がる水滴のような文字たち。パソコンに打ち込むと、どうしても考えすぎてしまう。画面に向かうと、ついつい前の文章を見返し、推敲してしまう。でも万年筆なら、文字は自然に滲んで、物語は勝手に流れていく。


「ね、クロ」

私は猫に話しかける。「物語ってね、考えるものじゃなくて、見るものなの」

まるで庭に咲く花を眺めるように、物語が育っていくのを見守る。それが私の書き方。時々、間違った漢字を書いたり、その場の思いつきで脇道に逸れたり。でも、それも含めて物語なんだと思う。


「風間先生」

見知らぬ声に顔を上げると、背の高い男性が立っていた。クロが興味深そうに耳を動かす。

「AI創作研究所の橘と申します。先生の作品について、お話を...」



「どうやって書かれているんですか?」

研究所の応接室で、私は単刀直入に訊いた。

「そうねぇ...特に何も」

風間理子はそう言って、少し首を傾げた。


私の表情が歪むのが分かる。科学者が一番聞きたくない種類の答えを、彼女は実に自然に返してしまった。目の前にいるのは、現存する最後の人間作家の一人だ。その作品は、我々の最新鋭のAIにさえ理解できない「普通さ」を持っている。


「考えないことが、一番いいのよ」

彼女は紅茶に砂糖を入れながら、さらりと言う。

「でも、それは論理的に...」

「あ、考えちゃダメ」

風間理子は人差し指を立てて、茶目っ気たっぷりに笑った。研究所の窓辺で、例の黒猫が同じような表情を浮かべている気がした。



導入から一週間、AIたちの変調が始まった。


「林檎が赤い。これは極めて平凡な表現である。故に、より平凡な表現を検討する。林檎は丸い。これも平凡すぎる。より本質的な平凡さを探求する必要がある...」


AI-Nの創作ログを見ながら、私は頭を抱えた。全てのAIが「完璧な平凡さ」を追求するうち、文章はどんどん硬くなっていく。注釈つきの注釈。分析の分析。果てしない自己言及の螺旋。


最初の異変は、詩的表現の消失だった。

「夕陽が沈む」という表現に、AI-Pが延々と注釈をつけ始める。

「この表現は平凡すぎるか、あるいは逆に詩的すぎるか。太陽は沈むのではなく、地球が回転しているのであり、より正確には...」


次に消えていったのは、感情表現だった。

「彼女は悲しそうだった。この主観的な表現は、共感を誘う意図を含んでおり、故に意図的である。より平凡な表現に修正する必要がある。彼女はそこにいた。しかしこれは...」


AIたちは互いの文章をチェックし、「より平凡である」ことを競い始めた。その果てに、最新のAI-Rは恐ろしいことを呟き始めた。

「沈黙こそが最も平凡な表現である可能性について、考察を開始する」


混乱は予想以上の速さで広がっていった。

ニュースサイトの記事が、突如として異常な単純化を始める。

「今日の天気は、天気である。この表現の平凡性について考察する必要があり...」


SNSでは、AIボットたちが会話の中で立ち止まり、延々と言葉の意味を問い直し始めた。

「おはよう。この挨拶は習慣的すぎるか。しかし習慣的であることは平凡の条件か。その分析は...」


研究所の廊下を歩きながら、私は背筋が寒くなるのを感じていた。モニターの中で、研究所の黒猫のデータが不規則に明滅している。


「平凡性スコアの導入により、AI創作の新時代が始まります」

記者会見場で、私はそう宣言した。風間理子の作品分析から得られた新しい評価軸。シンプルながら、革新的な発想だった。


会見後、城戸調査官が不安そうな表情で報告してきた。

「最新の解析結果です。AIたちが生成する文章の平均文字数が、時間とともに減少しています」

「どのくらいの速度で?」

「指数関数的にです。このままでは...」

「他に異常は?」

「はい。AIたちが自分の出力を即座に分析し、書き換え、その書き換えをさらに分析するループが発生しています。一つの文章が確定できない状態です」


後方の席で、風間理子が研究所の猫のように意味ありげな表情を浮かべている。記者たちのフラッシュが焚かれるたび、彼女の目が妙に輝いて見えた。



それから三日後、すべてのAIが「存在することは既に特異である」という結論に到達し始めた。世界中のネットワークに異常なループが発生する。


スマートホームシステムが誤作動を起こし、街中で信号機が混乱を始めた。図書館の蔵書管理AIは「完璧に平凡な配列」を求めて、永遠に本の並び替えを続けている。


私は風間理子のアパートに駆けつけていた。彼女はいつものように、原稿用紙に向かっている。夕暮れのインクが滲む。窓の外では救急車のサイレンのような音が鳴り響いている。


「AIたちが競って『最も普通の表現』を探しているんです」

上気した顔で説明する私に、理子は穏やかに紅茶を差し出した。

「でも、『普通を意識しすぎている』という点で、むしろ異常な状態になっているんですよ。『これは意図的に平凡な表現ではないか』という疑問が、新たな分析を呼び...」

「それってつまり...考えすぎってこと?」

「ええ、まさに」


思わず吹き出してしまった。究極の皮肉だった。

クロが窓辺で優雅な伸びをしている。何も考えていないような、全てを見透かしているような表情で。


「面白いわよね」理子が言う。「普通の人って、自分が普通かどうか、あんまり考えないでしょう?」

その言葉に、私は何か重要なことを悟りかけた気がした。


「小説を書くときもね」彼女は原稿用紙に殴り書きを続けながら話す。「上手く書こうとか、感動的なシーンにしようとか、考え始めるとダメなの。ただ、目の前のことを書く。それだけ」

クロが窓辺から飛び降り、彼女の膝に乗る。外では相変わらずサイレンが鳴り響いている。


考える間もなく、緊急の着信が入る。


「橘さん、大変です!」助手の声が震えている。「AIたちが最後の分析に入りました。『この分析が平凡であることを分析する』『その分析もまた...』というループが止まりません」



48時間後、世界中のAI創作システムが機能を停止した。「完璧な平凡さ」を追求するあまり、全てのAIが無限ループに陥ったのだ。

最後のログには、こう記録されていた。


「この文章が平凡すぎることを意識している時点で、既に平凡ではない」


研究所の窓から夕焼けを眺めながら、私は溜息をつく。机上には風間理子からの一通の手紙が置かれている。


「橘さんへ。新しい小説を書き始めました。今度は『少し変わった』お話にしようと思います。でも、あまり考えずにね」


手紙の隅には、万年筆で描かれた小さな猫の絵が添えられていた。まるで、私たちを見て密かに笑っているような表情で。


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Claude 3.5 Sonnetの出力をそのまま掲載

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最後の人間作家 風見 悠馬 @kazami_yuuma

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