第14話 屑の狂詩曲 ~終幕~


「この国に帰属すると、この先、ずっと外には出られませんが、よろしいか?」


「良いですっ! 家族揃って暮らせるだけでっ! もう戦は嫌なんですっ!」


 公国に身を寄せた、ある農民一家の言葉だ。


 また、ある者は.....


「この国に王侯貴族という身分はありません。あるのは、《勇者の系譜》と、その他のみです」


「な.....っ! 私は前の国で宰相を務めておりました。それに準じた待遇や身分を頂けるのではないのですか?」


「.....自国を捨てて民を見放した為政者に何が出来ると?」


 元の地位や身分を笠に着て、公国でも横暴を働こうと目論む者達。

 そんな人間は、即お払い箱である。魔族に頼んで、元の国に放り投げてきてもらった。

 

 取捨選択をしっかりし、公国の民は選ばれる。民が増えたことにより、早急に国としての形を整えねばならなくなった公爵の苦肉の策だった。




「君、王様とかやりたくないっしょ? そういうタイプじゃないもんね。希望者募ってさ、共和国にしちゃおうよ」


「共和国?」


 この世界にない概念だ。


 勇者は、にんまりとほくそ笑み、その概念やプロセスを説明する。




「つまり、民の代表によって運営される国ってことだな?」


「そそ。選挙で代表を決めて、議会を開くの。そこで色んな問題点を協議し、税の配分ややるべきことを決めていく。民の代表が権力を持つというだけで、国の運営そのものは大して変わらないかな」


 勇者は、地球の国造り概念をこの世界に持ち込んだ。資本主義や民主主義を敢えて避け、共産主義を。

 これにも賛否両論あろうが、全てを平等とし、民を飢えさせない国の理想は高く評価出来る。

 国の生命線である農業や牧畜などを国営とし、不作や凶作であっても給与が支払われる安心感。

 悪用すれば民の命を盾に出来る仕様だが、そういった悪辣なことを考えさえしなくば、これほど利にかなった良いシステムはない。

 一部の占有や、売り渋りなどによる人為的な価格高騰を抑えられるし、誰もが同じ価値の貨幣で購入する平等な売買。

 正しく運用されるなら、共産主義は非常に合理的な理念だ。.....一部の選民による独裁などを行わせないという前提でである。


 色々話を聞き、公爵も興味を示した。


「でもこれだと、学んで努力する者が損をしないか?」


 技術とは一夕一朝で身に付くモノではないのだ。専門を学び、一途に努力した者らまで他と平等なのは納得がいかない。

 そう仏頂面する公爵に頷き、勇者はさらに話を進めた。


「そういった者には別枠で手当てをつけたら良いんだよ。技能手当とか役職手当とかね」


「ほう.....」


 皆が一律同じ基本給でも、各種手当がつくことで給与に幅を持たせられる。


「悪くないな。よし、これで行こう」


「後で調整なり何なりしたら良いよ。何かをやるのに想定外や不具合は付き物だからさ」


 こうしてスタートした共和国。


 各地に学舎を造り、民の知識や民意を高め、後に《最後の天秤》とまで呼ばれる強国となるのだが、それはまた先のお話。


 全てを各地の分家や民に丸投げし、今日も長閑に最愛と過ごす公爵家。

 一応、主家として国から俸禄が出てはいるが、側に樹海があるのだ。

 喜び勇んで自給自足に駆け回る子孫に、勇者や魔王は眼を細める。


《平和だな》


「.....かなりイレギュラーもあったけど、まあ?」


 魔物や野獣を片っ端から倒して解体するマチルダぱっぱ。その後を追いかけ、必死に回収していく娘夫妻。

 そんな凄惨極まる光景を眺めて微笑み、色々な果実や野草を採取したり、家族で畑作業をするエスメラルダとマチルダの兄達。

 

 自宅で消費する分以外を行商人に売り払い、マチルダは畑作業に精を出す両親や兄を見つめた。

 見渡す限りが畑化した大地は壮観だ。並ぶ果樹も見事なモノである。


「お母様って、こんなことも出来たのねぇ」


「侯爵家では奴隷のような扱いだったらしいから。生きるために必死で覚えたって言っていたよ?」


 それらも全て過去の憧憬。


 だからといって、どれもこれもやれるわけではない。エスメラルダに出来るのは畑や下働き系のみ。

 公爵と結婚して、家の切り盛りや内向きな書類仕事も覚えたが、それは家令達に任せられる。

 公爵は公爵で、暴れることが専門なので、同じく執務は息子や家令達に丸投げだ。破天荒な父親に似ず、双子の兄弟はどちらかというと文系だったのだ。


 そして公爵似なマチルダは、父親と共に樹海を駆け巡る。顎を上げて追いすがる元王太子と共に。


「世はこともなしですわね、お父様」


「おう。ようよう落ち着いたわ。貴族なんて柄じゃねぇしな」


 血族の繋がりが強固な《勇者の系譜》。そして同じように、血の繋がりに重きをおく魔国。

 下剋上、上等な弱肉強食な彼らだが、魔王が、人間とはいえ子孫らを大切にするように、彼らは身内に激甘な性質を持っていた。

 つまり《勇者の系譜》に手心を加えるのも、その証。弱者を上に置きはしないが、庇護下の弱者は全力で守り甘やかす。

 真の強者であり、底無しな情を持つ魔族ならではの思考だ。


 そんな頼もしい身内を背にした《勇者の系譜》の国は、長く魔国と共に栄えた。他の国が徐々に衰退しているにもかかわらずに。

 自然淘汰は世の理でもある。頑迷に変われない生き物は、いずれ滅んでしまうのだろう。


「.....ダーウィンは正しかったってことか」


《何か言ったか?》


 いや..... と、軽く頭を振り、勇者は小さく微笑んだ。


 こうして婚約破棄に端を発した茶番劇は終わりを迎える。

 

 ほんのちょっとの悪気が集まり、世界を変えた。一変した世界がどこに向かうのか今は分からない。

 それでも、王侯貴族の消え失せた世界は、今より良い暮らしを人々に約束してくれるだろう。

 賢王が生まれる確率より、愚王となる確率のが呆れるくらい高いのだから。

 そんな曖昧な王家に権力を持たせるより、独裁を許さないシビリアンコントロールの方が万倍マシに違いない。


 そう心の中で一人ごちる勇者を、天上から至福の笑顔の女神様が見下ろしていた。


《終わり良ければ、全て良しだったか? 地球の言葉は秀逸だの》


 この結末は予想外だが、彼を召喚した甲斐があったと彼女はほくそ笑む。


 これまた、一人で祝杯をあげる女神様がいたことを誰も知らない。


 茶番から始まった物語は、盛大な茶番で幕を閉じた。これを言葉にするなら、きっとこうだろう。


 めでたし、めでたし♪


   ~了~





 ~あとがき~


 はい、これにて完結でございます。


 短編を皮切りに始まった茶番劇。その感想で、長編を見てみたいとか、隣国のかかわりが謀略ではないのかなど色々頂き、話を深掘りしてみました。

 ついでに~屑の狂詩曲~を足して、隣国の謀略という感じに話を広げ。


 いや、楽しかったです。リクエストに感謝ですね。


 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。では、また別の物語で。さらばです♪


 By. 美袋和仁。

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 《連載版》怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~ 美袋和仁 @minagi8823

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