第13話 屑の狂詩曲 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~


「あんたらが関わらなきゃ、俺もここまでする気はなかったんだがな。もういいや。《勇者の系譜》は人間側を見限る」


 これまでの長い歴史の中、人間側の被害を抑えるため矢面に立ち続けた勇者の子孫達。

 その馬鹿さ加減に、ほとほと公爵は愛想を尽かす。

 別に特別優遇しろとかは言わないが、せめて尊重ぐらいされても良いのではないか。激昂した魔族を抑え込める唯一の一族だったはずだ。

 国ぐるみの騙し討ちで貶められるいわれもなくば、嫌いな奴に愛想を振り撒く義理もないはずだ。


 .....もう、いいよな? 女神様。


《良いよ? 《勇者の系譜》が生きていれば、人間の滅ぶ危険もないし?》


 なぜか天上から、OK!とサムズアップつきの了解を貰った気がし、公爵は無意識に天を仰いだ。


 そしてエスメラルダのぱっぱと姪達を邸から叩き出すと、有言実行。


 内外に対して公国を宣言し、領地に籠城する。

 これを想定して分家の邸も配置済みだ。樹海を背にした辺境領地は、最奥に公爵家。そこから半円型に領地を分割し、七つの分家を配している。

 どこも一騎当千な強者揃いという家だ。来るなら来いやと、王国を迎え撃つ気満々だった。


 いきなり生えた王国内の公国。


 それに狼狽え、今になって慈悲を乞おうと奔走する王家の面々。




「我々が悪かったっ! 親族なのだ、出来得るなら仲良くしてもらおうと.....っ、他意はなかったのだ、善かれと思って.....っ!」


「ああっ? ふざけんなっ! 他意しか無ぇだろうがよっ! どっちにも良い顔したかったんだよな? こちとら金輪際、顔どころが同じ場所の空気も吸いたくないって言っておいたのによぉっ?! なのに妻だの嫁だの、うわああぁぁ、蕁麻疹が出そうだわっ!」


「すまぬっ! そこまでと思わず.....」


「気づくの遅っせぇわっ! お前らと違って俺に二言はねぇっ! 《勇者の系譜》に対する敵意、しっかりと受け取った! 全面抗争だ、ぼけぇぇーっ!!」


 けんもほろろに追い返された国王だが、事態が最悪になったことを彼は理解していた。アホではあったが、底無しな馬鹿ではなかったようだ。


「我が国は公国を認めるっ! 絶対に手出しはならぬぞっ?!」


 血相を変えて捲し立てる国王陛下。


 王命だ。貴族達に否やはない。だが、それに憤懣を高まらせる者もいた。




「我が侯爵家が蔑ろにされるなど.....っ、どうしてだっ? 我が家が《勇者の系譜》をこの国に招いたのだぞっ?! わしは公爵の義父なのにっ!!」


 未だ選民意識が抜けず、身分の意味を履き違えた老害は、私兵を用いて公国に攻め込もうと画策する。

 戦場を知らない侯爵は、単純な頭数の差で勝てると思ったようだ。

 移動してきた《勇者の系譜》は百人もいない。傍系をいれても二百ほどだろう。

 侯爵家の兵は五千と少し。老いた侯爵は、勝ったも同然とほくそ笑む。


 知らないとは怖いものである。




「森羅万象にかしこみ申すっ! 我が領地へ仇なす者を汚泥に落としめんっ!」


 誰かが叫ぶと同時に戦場がぬかるみ、敵兵士達の足が呑み込まれた。太ももあたりまで泥に絡みつかれて、進むどころが下がることも出来ない人々の悲鳴が、いたるところで上がる。


 そこへ新たな声が轟いた。


「森羅万象にかしこみ申すっ! 悪意ある者の汚泥を巌にせんっ!」


 すると約半数ほどの兵士の足元が、ガチっと硬く固まった。


「ひっ? 動けな.....っ! ひいぃぃっ!」


「痛いっ、痛いぃっ! 足が潰れるーーっ!!」


 阿鼻叫喚な仲間を凍った眼差しで見る人々。それを一瞥し、公爵家の者は汚泥を消した。


「さっさと連れて帰れ。そなたらは邪な思惑がなかったようだな。この戦いがどんなことになったか、きっちり老害に説明して来い」


 どうやら侯爵の息がかかっていないらしい兵士には、あの岩のごとき被害が及ばなかったようだ。

 邪な心を持って攻め込んできた者にのみ発現した呪いのような効果。

 これに背筋を震わせ、難から逃れた兵士らは、慌てて両足を岩で潰された仲間を救助する。

 

「女神様は見ておられるぞ? お前らの一挙一動をな。天上で申し開き出来るものなら、してみるが良いよ」


 必死の形相で撤退していく侯爵軍。


 それを見送り、《勇者の系譜》の者達はマチルダの父親へと報告に走った。




「バッカでぇ~。せっかく国王は譲歩したのにな。これで取り潰し確実だな」


 勝手な挙兵、そして正しく公国となった領地への攻撃。王命に背いた挙げ句の暴挙。これは、一族郎党断罪されても仕方の無い行状である。


「こういうのを断罪っつ~のよ。リナリアに教えてやりたいねぇ?」


「古い話を..... すっかり忘れておりましたわ」


 前の国でマチルダを断罪しようとした小娘様。婚約破棄ぐらいで断罪しろとか馬鹿丸出しだった少女を思い出して、マチルダは苦笑した。


「忘れないで? ある意味、彼女のおかげで私はマチルダと幸せになれたのだし?」


 膝に抱き上げた妻の胸に至福の顔を寄せ、ぺったりと甘える元王太子。


「.....父親の前で良い度胸だな、婿殿」


「.....お義父さんにだけは言われたくないですね。ねえ? お義母さん」


 テーブルを挟んだ向かい合わせたソファーに座り、マチルダの婿を睨みつける公爵の膝にはエスメラルダ。彼女は羞恥に赤らんだ顔を扇で隠している。


 .....どっちもどっちよ、全く。


 両親がいちゃつくのは見慣れた光景のマチルダだが、まさか自分までそんな目に合うと思わず、至福の面持ちな夫を胡乱げに見つめた。


「.....お父様と、血が繋がっておられますものね。すっかり失念しておりましたけど」


 うんざり呟く娘と無言で頷く母親は、それぞれの伴侶に抱き締められていて動けない。

 そう。前の国の王家は《勇者の系譜》と何度か婚姻を結んでいた。ゆえに元王太子にも勇者や魔王の血が継がれているのだ。

 直系と違って薄くはあるものの、たま~に元王太子のような魔力の高い人間が生まれる。

 隔世遺伝なのか、そういった人間は、魔王張りに執着心が強い。半端なく。

 恋に一途で重症。熱病を患うと他が見えなくなり、全力で獲りに走るあたり、二人は魔王様とそっくりだった。


 .....本当に。変なところが似ていると思ったら。似てるわけよねぇ?


 すりついて離れない最愛に呆れつつも、仕方なさげな顔で髪を撫で回していたマチルダ。

 その耳に、聞きなれた声が聞こえた。


「結局、こうなったねぇ? ま、予定調和?」


《子供らが幸せなら何でも良いさ》


 振り返った四人の視界に映ったのは、首にしがみつく魔王を抱き抱えた勇者様。


 ある意味、この甘々な光景の製造元。元凶。甘える側の魔王が超積極的なので、その姿も輪をかけて甘い。


 そんな勇者は、困ったような顔で一人がけのソファーに腰掛け、事の顛末を語る。


「例の侯爵家は一族郎党極刑だ。まあ、妥当かな? これまでのやらかしを考えたら、温いくらいだね」


「領民のためになるし、良いんでないの? こちらも火の粉を払っただけだしな。元凶が排除されたなら、この国に遺恨はない」


《.....で、あちらが欲を出し始めたぞ? 誠意を見せたから、これまでのことを流してくれと》


「はあ? 寝たぼけんなっつっとけ。これでようようイーブンだ。少し足りないけどな」


 それぞれの妻を膝に抱えてされる究極の茶番劇。この面子にとっては、国の荒廃すら酒の肴でしかない。


 .....次元が違い過ぎているのよね。ホント。


 妻に甘える片手間でするべき話ではないのに、絶対、傍らから最愛を放さない男ども。


「もう人間のために働くのは、うんざりだ。引きこもってエスメラルダとのんびりするんだ、俺」


 .....ふんぞり返って言う台詞でなくてよ? お父様。一応、わたくし達も人間ですからね? 


「同感です。愛しい妻と過ごす時間を削ってまで助けてやる義理はないでしょう?」


 .....貴方も感化され過ぎてましてよ? あまりお父様を見習わないで欲しいわ。


《将来有望な子供達だな。そうだぞ? 妻より優先するものなんか、あったらダメだからな?》


「.....そんなモノ、無いよ。君が一番よく知ってるじゃないか」


《もちろんだ。万一そんなモノが出来たら、全力で木っ端微塵にしてくれるわ》


 テレテレ脂下がる、勇者という名の御先祖様。


 .....そこぉっ! 周りに燃料を注がないっ!! 先人としての矜持や慎みはないのですかっ!!


 マチルダは脳内でだけ絶叫し、恋に生きる男どもの執着心に呆れ返った。

 それだけで国を興すわ、各国を敵に回すわ、やりたい放題である。


 こうして諸々に決着がつき、《勇者の系譜》は小さな小さな国の中で大人しくなった。


 外がどれだけ騒がしかろうと全く動かない。魔国と人間の仲裁もしない。だが、来る者は拒まないため、徐々に領地の人口が増えていく。


 外と関わりを持たない公国は、自立、自制、自尊を国是とし、それぞれの領地に自治権を与え、最低限の税を納める形を取った。


 そんな自由な気風の国には、数多の人々が押し寄せてきたのだ。


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