第12話 屑の狂詩曲 ~鳩る鷹を起こす馬鹿~


「つまり話を総合すると、我が娘と交換に、そちらの孫娘を娶れってことだな?」


「.....下品な言い方をするでないわ。婚約破棄されるような不良債権を引き取ってやるのだ。感謝されこそすれ、四の五の言われる筋合いはない」


「いや、四の五の言うだろ? うちの跡取りをかっ浚おうってんだからさ。不良債権? 誰のことだ。言ってみろ」


「は.....?」


 思わず侯爵の顔から表情が抜け落ちる。


 その感覚を背後に感じつつ、マチルダは深い溜め息を吐いた。

 

 公爵の赤髪やマチルダの黒髪。始祖に繋がる色を髪に継いだ者は非常に魔力が高い。これは魔力が髪に蓄えられる性質を持つためであり王侯貴族が髪を長くする理由でもある。

 マチルダの兄達は茶髪。そのため彼等は中継ぎで一時的に家を継ぎ、マチルダの子供の誰かに赤か黒の髪が産まれたら公爵家を譲る予定だった。

 だが自由な気風の公爵家なので、これも絶対ではない。出来れば赤髪か黒髪に継いで欲しいな? じーじの御願い♪ ばーばもね♪ くらいの軽~いノリだ。

 マチルダが王家に望まれ、王子と良い関係を築き、嫁ぐことが可能だったのもそのためである。

 三兄弟で一人だけ黒髪だった彼女は、本来なら跡継ぎとして残されるべき人物だが、公爵家で何より優先されるのは本人の意志。


 前回の騒動を介し、公爵家は満面の笑みでマチルダを公爵家の跡取りに据えた。

 伴侶は元王子。身分に遜色もなく、正式に結婚しているので今のマチルダは正しく小公爵なのだ。

 この事実を知らなかったエスメラルダのぱっぱは、知らされた事実に顔面蒼白。


「そんな.....っ、馬鹿なっ! 女だぞっ?」


「それがどうした? 樹海の魔国の王だって女だぞ? その台詞を魔王の前でほざいてみるか?」


 にぃ~っと愉しげな笑みで答える公爵。


 だいたい身分からして雲泥に違うのだ。


《勇者の系譜》に与えられた公爵位は王族と同等を名言されたモノ。一国の侯爵風情が上から見下ろして良いモノではない。

 嫁の婚家という侮り。それはエスメラルダの立場を基準にしたもので、《勇者の系譜》の地位を蔑ろにして良いものではなかったのに。

 馬鹿な侯爵は、自分の国のものさしでしか思考が回らなかった。下賤な婚外子の婿だからと、勝手な思惑で公爵をも見下していた。

 娘婿なら己の言い分に従うはずだと、自分に都合良く考えていたのだ。


 どこぞのアホな国王を彷彿とさせる愚物ぶり。


 .....渡る世間は馬鹿ばかりだな。


 ここでまた思い知らせるべく、公爵の無双が始まる。




「申し訳ないとも思わないが、俺はエスメラルダ以外の妻を持つ気はない。跡取りは既にマチルダで決まっている。むしろ、あんた方と縁を切ることを条件に、この国へ移住したんだ。国王から聞いてないのか?」


「なんだと.....」


 どうやら寝耳に水のような老人を見据え、公爵は喉の奥だけで笑う。

 実際、王家の養女にしたメアリーを公爵家と縁付かせようとしていた国王らだ。侯爵家に何も話していないのだろう。

 取り込んでしまえば何とでもなると。そのように軽く考えていたのは想像に難くない。

 どこの国でもそうだ。王侯貴族の選民意識は甘いを通り越して愚昧にも程があった。自分の思いどおりになると信じて疑わないソレは、病的ですらある。

 長い年月に培われ、腐り果てたミカン箱。それが王宮という魔窟だ。


 .....ここんとこデカい戦もないしな。どこも領地を掠めとる程度な小競り合いばっかだし、現場を知らない温室育ちに広い視野は持てまいや。


 怒りか羞恥か。顔色をクルクル変える老害を冷ややかに睨めつけ、公爵は吐き捨てた。


「この国と交わした正式な契約だ。それを反故にされたのなら、こちらにこの国を慮る義理はない。我が一族は独立を宣言する」


「は.....?」


 今日、何度めかも分からない疑問符を呟きつつ、エスメラルダのぱっぱは憮然と顔を固まらせる。


「当然だろ? 我が家は、この国の王に妻の実家との絶縁を願い、了承されたからこそ招きに応じたのだ。なのに蓋をあけてみたら、このていたらく。契約不履行の代償として貰った領地を頂く。そして、我が領地は独立を宣言し、公国を興そう」


 樹海と隣接した魔族の被害が甚大な王国。以前の国もそうだった。今頃、対魔族戦で四苦八苦しているに違いない。

 そういった国ほど《勇者の系譜》を欲する。その規格外な異能力はもちろん、血筋だけとは言え、ある意味魔王の系譜でもある公爵らに、魔族は手加減してくれるからだ。

 人間にしては強いが、魔族からみたら子供の頭を撫でるかのような気持ちで。

 勇者が眼を光らせていることもあり、魔族は統率が取れ、限度を弁えた行動しかしない。


 要は茶番だ。ここに魔族ありと知らしめているだけで、本気な戦を魔国側が仕掛けはしないのだ。

 大抵は図にのった人間に反撃しているに過ぎず、超局地的な戦いばかり。

 例えば、二つの国が戦線を開き争っていたとする。それの優劣を操るため、魔国は優勢な側の国に攻撃を仕掛けて戦力の分散を試みるとか、なるべく戦火が大きくならないよう誘導していた。

 それでも中には血気盛んな魔族がやり過ぎる事態も起き、そこへ《勇者の系譜》が雪崩れ込んで、事態を終息させるなど天秤の傾きを調整する。

 どこも持ちつ持たれつ。過ぎた被害が出ぬよう、この世界は勇者と魔王の手によって調和を保たれていた。


 .....女神様の願いだしな。


 これが長く続けば日常となり、女神様の望む平穏がとこしえに紡がれるだろう。


 結局は力と力。知的生命体は争わずにいられない。ならばそれに、程ほどな落とし処を用意する。その配分が大切なのだ。


 そんなこんなで茶番劇を続けてきた魔国と《勇者の系譜》だが、そろそろフィナーレを迎えても悪くない。

 そう相談して、勇者と魔王と公爵は、この国を選び、訪れた。


『奴らが契約を守れるなら、まだ見所はあるかな?』


《守ると思えないけどなあ?》


『試すぐらいは良いさ。これがかなったらエスメラルダの意趣返しにもなるし?』


 この国に移住するさい、公爵がした約束は、エスメラルダの実家と絶縁することと樹海近辺の領地を貰うこと。


 この国が約束を守ったらエスメラルダの実家は落ちぶれる。公爵の出る社交に侯爵家の人間は出られなくなるからだ。

 世界に名だたる《勇者の系譜》と一侯爵家。自分の社交にどちらを誘いたいかなど自明の理である。

 社交出来ない貴族ほど惨めな者はない。人々に忌避され、忘れられ、資金を得るための情報や話も舞い込んでこない。斜陽待ったなしな一大事だった。


 なので、本当ならエスメラルダの実家がやるべきことは謝罪と和解。それが無理でも、公爵の怒りを買わぬよう静かにしているのが最善である。

 なのに、そのどれもせず、むしろ公爵の怒りに燃料を注ぎ、火をつけた愚かな老人達。国王込みで。

 

 .....長くエスメラルダを虐げてきた罰だ。ゆっくり朽ちていくが良いさ。


 貴族にとって耐え難い境遇を与え、その滅びる様を、公爵はゆっくり愉しむつもりだった。

 ただそれだけで終わらせてやるつもりだったのに。


 存外、この世界の王という生き物は、馬鹿ばかりらしい。


 こちらの要求を軽んじたあげく、王家の養女を経由して侯爵側の望みをも融通しようと画策した。

 それだけに飽きたらず、こうして直接乗り込んでくる舐められ加減。


 黒い笑みでほくそ笑む侯爵と、ようよう事態を察したらしい老害を二階通路の手摺から見下ろして、勇者と魔王が辛辣な眼を見交わした。


《もう、良いんじゃない?》


「そうだね。女神様への義理は果たせたよね?」


 そう呟き、二人はいちゃいちゃ絡まりながら奥へと消えていく。


 その呟きは通路を転がり、階段下のソファーに座るマチルダ夫妻の耳に拾われた。


「.....今度こそ世界の終わりかしら?」


「いやっ! まだ.....っ! たぶん?」


 冷や汗ダラダラな若夫婦を余所に、公爵の無双は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る