第11話 屑の狂詩曲 ~悪巧み~
「話は私がうかがおうか」
「.....仮にも義父たる者にする態度ではないと思うが?」
狐と狸のならぬ、狼と鼠の化かし合い。
それを察せれないエスメラルダの父親は、忌々しげにマチルダの父を睨み付けた。
「アレは我が家の出来損ないだ。戯れの果ての私生児。手をつけたメイドが亡くなったから引き取ってやったに過ぎない厄介者。あんな下賤な娘より、血統の良い妻をくれてやろうというのに.....」
はあ.....っと大仰な溜め息をつき、侯爵は連れてきた娘達を呼び寄せる。扉横の壁で立っていた二人は、優美な笑みを浮かべてマチルダの父に挨拶した。
「お初にお目もじいたします。エスメラルダ叔母様の姪にあたるアレキサンドラです」
「同じく、トルマリンです。よしなに」
マチルダよりも若そうな二人の眼は、美麗な公爵に釘付けだ。
真っ赤に燃える滑らかな髪。頭の天辺から毛先までシャギーが入ったソレを一つ結わきし、背に流す姿は眼福である。
さらには切れ長で優美な眼。睫毛ばさばさな奧に光る黒い炯眼も、この国ではあまり見ないシャープさだ。
どちらかといえば彫りが深く、バタ臭い顔立ちで色素の薄いのが主流の各国には珍しい人種。
だがそれらも、あっさりした顔立ちの公爵によく似合っている。
日本人の血が混じっているせいだろう。どうやら勇者たる祖先の遺伝子は、こちらの人間の遺伝子を捩じ伏せ、激しく自己主張しているようだった。
ここに我ありとでも言いたげに、魔王と勇者双方の良いとこ取りである。めっちゃ、どや顔が似合うのは魔王の血かもしれない。
しかも世界に名だたる《勇者の系譜》現当主だ。どこの国でも王族並みの待遇を受けられる古い家門に、惹かれない女性はおるまいと、少女達はうっとり公爵を見つめた。
.....御母様が叔母様に嫉妬するわけよね。本当なら、この縁談を受けるべきだったのは、御母様だったのだもの。
二人とメアリーの母親はエスメラルダの腹違いの姉。三十年前、マチルダぱっぱの悪い噂を信じて、妹に押し付けた御仁である。
エスメラルダが幸せな結婚をして公爵に溺愛されているのを知り、彼女は死ぬほど悔しがった。
今からでも遅くない、自分が代わりに嫁ぐとか、どこの脇役かと思うような台詞を実際に口にする厚顔無恥さ。
一応、彼らもエスメラルダの結婚式には出席していたため、その憤慨具合は凄まじいものがあった。
シンプルだが、とびきり高価だと分かるウェディングドレス。この日のために公爵が集めまくり、全体の彩りに使われた多くの真珠。
その粒の揃いようにも招待客は驚いた。
真珠は天然の細工物。全く同じサイズや色の物を集めるには、その百倍の真珠が必要といわれる難易度の宝石だ。
それをドレスやティアラ、装飾品にいたるまで全て使用するなど狂気の沙汰である。一体、どれだけ買い集めたのか想像もつかない。
感嘆の溜め息で溢れる披露宴会場。
しかもそれで終わらず、公爵は花嫁に何度もお色直しさせ、赤、青、黄と、色に合わせたバリエーションの宝石で飾りあげた。
『ああ、よく似合うね。私は幸せ者だ。こんな美しく優しい妻を迎えられて』
人目も憚らずエスメラルダを膝にのせる公爵。そして顔中にキスの雨を降らされ、恥ずかしくて一杯一杯な花嫁。
甘過ぎる光景に誰もが口を引き結ぶ。下手に口を開いたら、砂糖が出てきそうだと、思わず上顎を浮かせた。
そんな風に、普段の公爵を知る者らが驚愕で目を見開く中、一人嫉妬に身悶えるエスメラルダの姉。
.....そこに居るべきは。《勇者の系譜》に愛されるべきなのは、わたくしなのにっ!!
どこの世界にも、こういった脳内お花畑な馬鹿は尽きない。獰猛な憎悪の眼差しで睨まれているとも知らず、こちらもまた有頂天になって花嫁を着飾らせる花婿。
最後のお色直しをエスメラルダの名前である碧の宝石で締めくくり、公爵プロデュースな一切一代の結婚式は終わった。
馬鹿野郎様の胸に、痛恨の楔を撃ち込んで。
そんなことになっているなど知りもしない妹夫婦を呪いながら、エスメラルダの姉も結婚し、子供をもうけた。二男、三女の可愛い子供達を。
そして彼女は、娘達にまで呪いを注ぐ。
『.....エスメラルダは、御母様から公爵様を奪ったのよ? 本当なら、正しい血筋である御母様が、《勇者の系譜》に相応しかったのに』
『御母様、可哀想..... ひどい叔母様ね』
『でも、わたくしはもう結婚してしまったから。あとは貴女達が我が家の希望よ? あんな下賤な外れ者なんか、すぐに飽きられるわ。そうしたら..... ね?』
狂気にギラつく女の情念。
『平民でしかないエスメラルダの子供より、貴女達の子供の方が《勇者の系譜》を継ぐのに相応しいもの。.....絶対に、あの女の子供に、公爵家を継がせてはダメよ? 我が家のためにもね』
『はい、お任せくださいませ、御母様!』
そんな刷り込みを真に受け、いつか公爵様の花嫁に.....と、歪んで成長した三娘は、意気揚々と侯爵に連れられ乗り込んできたのだ。
さらには、それを後押ししたい祖父。
居並ぶ困ったちゃんを蔑んだ目で一瞥し、マチルダぱっぱは全力で拒絶する。
「気持ち悪ぃな、お前ら。おい、自称義父。俺が五十越えてんの理解しているか? もう六十近いんだけど?」
言われた言葉が信じられず、侯爵は目が飛び出そうなほど驚いていた。
エスメラルダと結婚した時、公爵は三十近く。すぐに双子の息子が産まれ、その八年後にマチルダが産まれている。
ぶっちゃけ十代後半で結婚し、二十歳前に長子を授かった侯爵と大して変わらない歳である。
まさか祖父と近い年代とは思わず、娘二人も眼をぱちくりさせ愕然としていた。
マチルダぱっぱの見かけは年齢不詳。言われて見たら年配に思える落ち着きが醸されているものの、見ようによっては十代のような溌剌さもある。
あからさまに困惑しだした侯爵一家だが、王侯貴族の間では、祖父のような年齢の人間と政略結婚することもあるのだ。
それを思えば、見かけだけでも若く見えるならそれで良い。むしろ儲けものだと娘達は考えた。
.....やめておけば良いものを。
別のソファーで聞き耳をたてていたマチルダは、これから起きるだろう大嵐を想像して目眩がする。
彼女は先ほど知ってしまったのだ。父公爵の企みを。
『爺っ様いわく、飛んで火に入る夏の虫だな』
娘二人が同伴していると聞き、にぃ~っと嫌な笑みを浮かべて公爵は妻の頬に口づけた。
『今回のことを利用するつもりだったが、あちらがお膳立てしてくれたようだ』
『.....宜しいのですか? その..... 父は馬鹿なので..... マチルダのことを軽んじなかったら、わたくし止めていたかも』
『遅かれ早かれ、こうなっていたさ。そなたが私の妻になっても態度を変えなかった愚物だしな』
意味深さを窺わせる二人の会話。
それは、この先の鉄槌を予想させるに十分な話だった。
『わたくしを侯爵家の次男に?』
『そう。そういう申し込みがあってな。エスメラルダが酷く心配していたんだ』
婚約破棄され、瑕疵のある娘を引き取ってやる。代わりに、こちらの娘も嫁にしろ。
そのような話が母親の実家から我が家に舞い込んでいたらしいと聞き、マチルダは唖然とする。
勿論公爵は、それが自分に当てたモノだとは思わず、当然、息子らにという話だと考えた。
.....が、王宮に招かれて、その真意を知り、呆れ返る。親子より歳の差があるのに、ふざけるなと。
メアリーが失敗したことを耳にしたら、きっと何か接触してくるだろうと思っていたところに侯爵の登場だ。
面倒臭いんで追い返そうとしたが、娘二人を連れているとなれば、話は別。
『一気に片付けて引導渡したるぜ。待っててくれな、エスメラルダ』
『お手柔らかに.....』
何か物申したげな顔だが、マチルダの母親も止めはしない。
そうして、マチルダぱっぱは侯爵と対面したのである。
これから起きるだろう修羅場を想像して、隣に腰かける夫にもたるかかるマチルダ。
父公爵が暴走した時に止められるのは彼女しかいないため、いつも側で待機する苦労性な娘だ。
「大丈夫、私もいるよ? .....足りないとは思うけど、結界だけは得意だから」
夫の労いに微笑みつつ、不穏な渦を孕んだまま、両者の話し合いという茶番が始まった。
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