汚れた服とお人形

「ねえ、どうなってるの! アレク様は! どんな性格してるのよ」


「まあまあ、あまり大声を出すとばれてしまいますよ」


 おっとと……

 私は慌てて両手で自分の口を押さえた。

 危ない危ない、今は街娘に変装してるんだった。


 私は、あの屈辱的な朝食の後、マルコとクラエスを掴まえて二人を便説得し、村娘への変装の後にアレク様をこっそり追いかけたのだ。

 王子はお城から程近い農村に入っていった。

 それを見届けるや否や私たちもかなり遅れて着いて行ったのだ。


「あのう……王子を追いかけてどうしようと……」


 不安そうにつぶやくクラエスを私はジロッと見た。


「決まってるでしょ。どうせどっかの小娘と浮気してるに決まってるじゃない! その現場を押さえて『王都に黙ってて欲しければ、私だけを好きになりなさい』って脅し……いやいや。お願いするのよ!」


「ええ……そんなのって……ありですかぁ?」


「ありもあり! 大ありよ! この可憐で悲劇の姫君の小さな抵抗なんだから」


「僕は良い考えだと思いますよ。あのお方も中々人に心開かぬ方ゆえ」


 ほんとよね。

 結婚してから、コッソリと彼の様子を見たが、まあ見事に鉄仮面。

 他の使用人への会話も執務中も。

 なんなら執務の合間の休憩中も、無表情で何やら本を読んでいる。


 はしたない本でも読んでるのかと思って、中座している間にこっそり中を見ると、領国経営の書物だった。


 ちぇっ。

 はしたない本なら、それで私だけ好きになってくれるよう脅迫してやろうと思ったのに……

 と、思っていると、アレク様が部屋に入ってきたので、慌ててカーテンの陰に隠れた、と言う事もある。


 と、こんな感じでとにかく「無」「氷」

 あまりに無色透明すぎて、仮に子供を設けても彼みたいな氷のような子供に囲まれたら……と思うと、戦慄しちゃったわよ。


「ねえ、マルコ。あんた幼馴染でしょ? 彼って何が楽しくて生きてるわけ? 王様とお兄様のご期待に答える為?」


 すると、マルコは何とも微妙な笑みを浮かべるとつぶやいた。


「そうですね……ある意味、その通りです」


「ある意味、って何よ。お兄様の補佐を立派に努められるように? そりゃお兄様である次期国王は、政務能力やカリスマ性には欠けてる、って話だけど……」


 私がそう言うと、マルコは目を閉じて何やら考えていた。

 そして、ポツリと言った。


「僕はリリス様には希望を見出しています。アレク様にふさわしいお方だと」


「あら? よく分かってるじゃない。あんな美しい美貌の方には、私みたいな可憐な美少女が映えるでしょうね」


 そう言っておほほ、と笑う私にマルコは首を振って優しい笑みで言った。


「いえ、あなたはあのお方に心を閉ざしていない。離れようとされない。今までのお方はアレク様に対し、氷のようにお心を閉ざされてしまっていた。無理の無い事ですが……なので、希望を持っているのですよ」


 むむっ、そっち!

 う~ん、なんか全然褒められてる気がしないんだけど……

 ってか、いちいち「いえ」なんて否定すんなっての!

 もっと処世術を学びなさい! そんなだからアレク様の執事を外されたんでしょうが!


「何か気になるいい方ね? アレク様、何かあったの?」


「そうですね。色々あるのです。ただ、口止めされているゆえ口外できません」


「へ? 私は妻なんだけど。聞く権利はあるでしょうが」


「あのお方にも秘するものはあり、それを守る権利はあります。リリス様も決して他人には知られたく無い事はございますでしょう? 同じかと」


 ぬぬぬ! 生意気な。

 知られたくない秘密ですって!?

 それは……まあ、あるけどね。

 なにより一番は、13~14歳にかけて何故かハマッていた、自作のポエム。

 分厚い二冊分の本にまでなっているが、流石に秘中の秘。


 なにせ架空のイケメンを相手に

「なぜ私はこんなに可愛いの? だから、彼を苦しませる。そして自分も苦しい。だって、他の殿方を見れないんですもの。見たら最後……彼を嫉妬と言う名の煉獄の炎で焼き尽くすから」

 とか

「大好きな人。あなたはまるで泉。ミラー家と言う愛なき砂漠に現れた、たった一つの泉。私はそこで生き返る。あなたをこう呼ばせて。愛しき天使……と」

 とか。


 あんなの見られたら、自らの命を絶つか目撃者を消すしかないっつうの!

 ああ、ヤバイヤバイ。

 嫌な汗が出てきた。

 なんつう事思い出させるのよ、マルコの奴。


 するとクラエスがそっと耳打ちをしてきた。


「それで思い出しましたが、お嬢様のポエム……大丈夫ですか? ミラー家に置きっぱなしですが、近々大規模なお掃除を行うとか……」


 へ……


「ちょ……クラエス、大至急回収してきて。で、もし読んだ人が居たらその場でお屋敷全部に火をつけていいから」


「へえ!? そんな……嫌です!」


「私が許可するから!」


「何の意味も無いですよ!」


「お二人、本当に仲がよろしいですね。羨ましいです。僕にも今度、そのポエム読ませてください。ところで、アレク様はもうとっくに農村に入られましたが」


 えっ! 危ない危ない。

 目的を忘れるトコだった。

 彼の浮気の証拠を掴むんだった……

 ポエム集は一旦脇に置いといて。


 家の陰に隠れながらコッソリと進んでいくと、とある畑を歩いているアレク様の姿があった。

 あれ? 馬は乗ってないの?


 アレク様は信じがたいことにたったお1人で歩いている。

 うそ……危なすぎる。

 そして、畑で農作業をしている夫婦に話しかける。


「いつも有難うございます。この季節は大変ですけど、無理のないように休憩しながら進めてください」


「領主様、いつも勿体無いお言葉、感謝いたします。私らみたいな農民に……」


「頭を上げて下さい。作業の邪魔をしてむしろ僕が頭を下げるほうです。それに、僕らが食事が出来るのは、皆さんが日々頑張って下さってるからです」


 すると、今度は別の農民が駆け寄ってきた。


「領主様。この節は村に来る盗賊を速やかに制圧して下さり有難うございます。これで安心して生活が……なんとお礼を……これ、村で取れた野菜ですが良かったら」


「いえ、皆様が安心して生活できる環境を作るのが僕の仕事です。やって当然なんです。お礼も結構ですよ。その野菜は皆さんで食べてください。美味しそうなので、作業の後の夕食にぜひ」


 そう話すアレク様は……お日様のような暖かい笑顔だった。

 あんな笑顔、始めてみた。


「アレク兄ちゃん! 私、お人形作ったの! お兄ちゃんのお人形。あげる」


 そう言いながらアレク様に飛びついた泥だらけの少女に、父親らしき男性は慌てて駆け寄り引き剥がし、その場に土下座した。


「申し訳ありません! 領主様のお召し物を汚い泥で……どうか、命だけは……無理であれば、この子ではなく私を……」


 うわあ……服がお腹の辺り泥だらけ……あれは……マズくない?

 だが、アレク様は首を振って言った。


「皆様は農作業で泥だらけではありませんか。どこが汚いのです? 必死に仕事している綺麗な服です。なので、僕の服も汚れてなんか居ません……お嬢さん、お人形有難う。こんないいのをもらって……大丈夫?」


 すると少女はパッと輝く笑顔で頷いた。


「うん! 頑張って作ったの」


「そうか。嬉しいな……大切にするよ」


 そう言うと、泥だらけの少女を軽く抱きしめると、同じく汚れた人形を大切そうにポーチにしまうと、笑顔で全員に手を振って歩いていった。


 あれは……誰?


 ポカンとしている私とクラエスに、マルコがポツリと言った。


「あれがアレク・ロード様です」

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氷の王子とお日様の姫 京野 薫 @kkyono

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