氷の王子とお日様の姫

京野 薫

氷の王子と空飛ぶチキン

「俺はお前を妻として迎えた。お前の務めはこの時をもって終わりだ。後は好きに生きろ」


「……へ? あの……それは、どういう……」


「言葉の通りだ。他に生涯愛する男を見つけようが、愛人を囲おうが自由。ただ、周囲にばれないようにしろ。そうなると俺もお前をかばえない。ばれないためのコツや手配はお前専属の執事となるマルコがわきまえている」


「えっとですね……そう言う事を言いたいんじゃなくて、私……あなたの妻として来たんですね、はい。だから当然あなたを愛するつもりで……」


「不要だ。むしろ俺に構うな。お前にとっても俺は自分の家に箔をつけるためのアイテムだろう? 願いはかなえてやる。ではこれで失礼する……ああ、そうだ。悪いが週一回ある王都での会食には付き合ってもらう。特に王都での会食は父上と母上、後は兄さんもご出席されるからな」


 淡々とした口調でそう言うと、奴……アレク・ロードは振り向きもせず出て行った。

 今朝、嫁いできたばかりの私、リリス・ミラーを置き去りに。


 なんなの……これ?


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 花も恥らう16歳になった、私リリス・ミラーがお父様から結婚の話を伝えられたのは半年前だった。


 相手はわが弱小男爵家が属する大国、グレンミュラー王国の第二王子だってさ!

 なんでも、領国の視察に来ていた王子アレク・ロード自らが見初めたとの事!


 いやいや~照れちゃうな、やっぱ美少女はどこにいても光っちゃうのよね。


 アレク王子は大国の第二王子という事もあるが、なぜか女性との交際もせず28歳になってしまったため、痺れを切らした王によって相手探しも兼ねた巡視に定期的に出させられていたらしい。

 え~、そんなお方が……

 もう、可愛いって罪ね。

 他の方々に申し訳ないじゃない。


 まあ、時期的にそろそろと思ってたし、あんまりとんでもないモンスターみたいな奴……いやいや、殿方でなければ全力で愛しぬきますとも! と息も荒く顔合わせに出向いた私は呆然とした。

 凄いカッコいい……


 え? え? って言うか、なんでこんな人がこの歳まで1人なの?

 と、思うくらい。

 切れ長の瞳にブロンドの髪が、もう絵画のごとくだった。

 こんな人と3ヵ月後には夫婦……


 ヤバイヤバイ!

 アレク様の気が変わらないうちに、とっとと婚姻進めてもらわないと。


 と、言うお父様と私、そしてグレンミュラー王の利害が完全一致し、驚くほどの速さで婚姻が進んだ。

 ただ、気になったのは肝心のアレク王子が……無表情。

 後、国王陛下……義理のお父様になるお方ね。

 この方が私に対し、申し訳無さそうにしていたのと、家臣らしき方々が「今度はいつまで持つかな」「よりによって氷の王子だからな……」と小声でひそひそと話していること。

 ふむ、まあ気にならないといえば嘘になるけど、いいじゃないの!

 その時はその時!


 ただ、なるほど確かに無表情。

 とにかく顔を合わせてから笑顔が無いのよ!

 えっと……表情筋、あります? と心配になっちゃったってば。

 仮面でも被ってるかと思って「ベリッ」て顔剥がしてやろうかと思ったくらい。


 ま、まあ……私とて、幼い頃から「麗しの天使」と言われた身。

 きっと私の可憐さに緊張してるんでしょうね。

 ふふっ、可愛い王子様。


 さてと! お輿入れしたら夢の新婚生活。

 でもまずは初夜ね!

 子供は何人設けようかな。

 出来れば7,8人はほしいわね。

 わんさと産んで、賑やかなお城にしたいな……


 と、のんきに浮かれまくっていた私は、盛大な結婚式を終わらせ、緊張と甘美に満ちた初夜! と張り切って入った王子のお部屋で……最初の言葉を言われたんだってば!


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「あの……リリス様、もうそろそろフルーツの方は控えられては……その……体重が」


 怯えきった様子で話す専属次女のクラエスを私はジロッとにらみつけた。

 彼女は私が5歳の頃から、私専属の侍女として共に過ごしてきた子だ。

 そのため、下手したら家族よりもお互いの事を知り尽くしている。

 なので、お父様が異国の地での私を心配して同行させたのだ。

 だが、そんな彼女も大馬鹿アレクのせいで、私の愚痴の聞き役がメインの役目だ。


 くっ、本当は初夜を始め、のろけ話を死ぬほど聞かせてやるつもりだったのに……


「何か問題でもあるの? 結婚式以降2週間、妻の前に王都での会食以外、滅多に姿を見せない夫なんですもの。太ろうが痩せてようが興味はないと……お・も・う・け・ど!」


「は、はいい……」


 哀れ、クラエスは泣きそうな顔をして、ぺこぺこと頭を下げている。

 まったく……言ってたら余計腹立ってきた。

 私は腹立ち紛れに3つ目のフルーツにフォークを突き刺して、大口を開けて頬張った。


「おやおや、リリス様。そんな行儀悪い食べかたしてたら、お綺麗な顔が台無しですよ」


 そう言って入ってきたのは、アレク様から私専属の執事として使わされたと言う、マルコ・クレイドルだ。

 彼はどうやら元々、アレク様の幼馴染で7歳から執事として使えていたらしいが、婚姻と同時に私の専属となったらしい。


 彼はアレク様とは正反対で、野性味のある中々の美貌だがいかんせん、職務に忠実すぎて腹の底が見えない。

 目も笑ってないし。

 アレク様は、浮気は自由だと言ってたがこの人は無いな……最も執事と浮気するほど我がミラー家も落ちぶれてないし。


「いいんじゃないの? どうせ見せる方もいらっしゃらないし!」


「まあまあ、そんな事おっしゃらずに」


 そう言いながら優しく微笑んでいるマルコをジロッと見ると、私は残りのフルーツを食べようとした。

 すると、その時。

 ドアが開き、アレク様が悠然と入ってきた。


 おおっ、珍しい!

 結婚してからは信じられないことに食事するところも別になっていたのに。

 顔を忘れそうになってたっての。


 私は慌てて口を拭うと、立ち上がり優雅にお辞儀をした。


「おはようございます、アレク様。今日も良きお天気にございますね」


「ああ」


 そう言いながらアレク様はチラリとテーブルに目を向けた。

 うわあ……よりによって今日に限って来るとは……

 私は自らが怒りに任せて食い散らかした二人分のお皿の数々を、目の端で見た。


「申し訳ありません、はしたない所を。クラエスとマルコが空腹との事だったので、おすそ分けを。ふふっ、もう……困ったものです」


 私の大嘘にクラエスは泣きそうな顔で身を縮こまらせ、マルコは苦笑いを浮かべている。

 ゴメン! 私と彼の愛のために犠牲になって!


 だが、アレク様は小さく頷くと、クラエスとマルコに言った。


「次の食事からは量を増やすように。ただ、彼女が肥え過ぎぬよう内容には留意しろ」


「はっ」


「はい」


 マルコとクラエスが頭を下げる。

 くうう……バレてた。


「所でリリス」


「はい、どうされました」


 私は先ほどの事など無かったかのように、可憐な笑顔でアレク様を見た。

 失敗よりもその後の修正が大事。

 過ぎた事は気にしないんだよね~私。


「俺は今から城下の視察に向かう。王都での兄上との会食までには戻るので、お前もそれまでは自由に過ごせ」


「へ? ……あの……それだけ?」


「他に何かあるか?」


「えっと……わざわざ新婚の妻の所に来られたのですから、色々あるではありませんか。例えば『今日も綺麗だな。お前を城下の者たちにお披露目したい。着いて来い』とか……」


 身振り手振りで熱弁を振るう私の目の端に笑いをかみ殺しているマルコの姿が見える。

 くっ、なぜ笑う!


「城下に行きたければ、マルコを同行させろ。決して一人では行くんじゃない。お前の見た目は目立つ」


 え? それって、私が可愛すぎて目立つ、って事? えへへ……いやいやいや! そう言う事を言いたいんじゃなくて!

 私は、腹立ち紛れに足音荒くアレク様の元に歩もうとしたが、我に帰って途中からしずしずと歩み寄った。


「あの、アレク様。私も女です。愛する方の元に嫁いだからには、あなたのお傍にて過ごしたいのです。政務の邪魔は致しません……多分。なので、私もあなたの……」


「お互い政略的な色合いの強い婚姻の果ての夫婦だ。無理をする事は無い。両家の思惑を破綻させぬ程度に成り立っていればいい。お前もそう力を入れるな」


 そう無表情に言うと、彼は悠然と出て言った。

 は? は? ……はああ!?

 その……その……言い方!


「ふざけんな、ば~か!」


 私はありったけの声で言うと、皿の上のチキンをドアに思いっきり投げつけた。

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