第12話
「魔物だ」
ジフはそう言い残すと馬車を離れ走り出す。
外の様子を見ようとした私の足は、外を覗く前に止まってしまった。
幼い頃遠目に見た、あの影。
戻って来なかった大きな背中。
あの光景が夢に出てきた時、仇を取ろうと思ったこともある。
当然、外をふらつく獣の動きを止めることもできない子どもに、仇など取れる訳がない。
幼い子供は父の姿を思いながら農作物を育て、雨の日には体を鍛え続けた。
女に猟銃など、と渋る隣家の元猟師に教えを請い、父の銃を操ることもできるようになった。
日々を重ねていく中で、復讐よりも生きている
家族が近くにいない今、私の体は己を守るために動いたのだろう。
呼吸が荒くなり、足に力が入らない。
今こそ仇が取れるというのに。
幼い頃は、父の姿を思い出し、いくらでも体に負荷をかけたというのに。
大きな父の背中が、あれにかき消されてしまう。
「大丈夫か」
呼吸に紛れるように、アキの声が体内に入り込む。
「休んでおけ。あの程度の魔物なら、ジフと私がいれば大丈夫だ」
そう言うと、なにやら横で音がした。
横で何をしているのか気になる。
気になるが、力が抜けていく体は馬車の床にしか焦点を合わせない。
「いや、そうでもなさそうだ」
王子の冷静な言葉が、私に刺さった。
「もう一体出てきた。一体ならなんとかなるだろうが、二体を相手するのは厳しいだろう」
「ふむ。逃げるか?」
「いや、いい機会だ。俺も戦おう」
ぼんやりとした意識の中で、王子の発言に驚く。
「では、私も加勢に行こう」
アキの足音がゆっくりと遠ざかる。
「というわけだ。メランジェするぞ」
王子の発した言葉が、体の中心を貫いた。
メランジェする相手というと、私しかいない。
つまり、私は外に出て戦わなければならないということだ。
こんな状態で、私が戦えると思うのだろうか。
足音が近づき、左手を握られた。
農作業など知らないであろう柔らかい手が、私の手を包む。
「さっさと呼吸を整えろ」
他人事だと、簡単に吐き捨てる男に嫌気がする。
「簡単じゃないことくらい俺は知ってる」
本当に、嫌な男だ。
「嫌な男で悪かったな」
止まらなかった呼吸が止まり、その分目の前の男に集中する。
顔を上げる。
優しさなどひとかけらもない冷たい眼差しが一方的に投げかけられた。
「このままだとメランジェできない。さっさと承諾しろ」
疑問をぶつけようと口を開いたが、口火を切ったのは相手の方だった。
「承、諾……?」
苛立ちを隠さず舌打ちをし、目の前の男は右手を大きく振りかぶり私の頭を叩いた。
振りかぶった割に、痛さは子どもの癇癪と変わらなかった。
アリシアとの姉妹喧嘩の時の方が数倍痛かったかもしれない。
「ああ、もう! 俺の言葉をそのまま返してどうする!」
王子らしからぬ表情で顔を歪ませた男は、地団駄を踏む。
「いいか。メランジェするには、自分をさらけ出すことが必要だ」
地団駄に疲れたのか、王子はそう言うと、地団駄を踏む足を止め私の前に座り込んだ。
「だから、俺はお前に素の俺をさらけ出してる。王国内でも身近――ジフとかアキとかに接するように。外面を良くする必要のないお前には簡単なことだろ」
痛みはほとんどないが、叩かれたという事柄をきっかけに頭が鮮明になっていく。
「いや、出会ってすぐの、しかも身分も上で弱みを握られてる奴に素を出せるわけないだろ」
王子の目が軽く見開かれる。
「そうなのか?」
「逆に王子はどうして私に素をさらけ出せる」
「いや、メランジェに必要だから……義務、か?」
本人は真面目に考えているようだが、まるで子どものような印象を受ける。
そんな王子の素振りに笑みがこぼれた。
「私は道具か」
「まあ、そんな感じだが……いや、俺の期待に添わないなら物以下かもしれない」
「では王子に、農民は物以上に優秀だということを伝えなければならないな」
もう、通常通り身体が動く。
王子の言動に怒りも感じない。
価値観がずれているだけならば、いずれ近づいていくだろう。
「王子、やり方は分からないが、メランジェとやらをしよう」
握られていた左手に右手を重ね、軽く握る。
「痛い痛い痛い痛い」
「す、すまん」
王子の悲鳴に、私はすぐ手を放した。
怪力農家とひ弱な王子 獅子倉八鹿 @yashika-shishikura
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