第11話

「今日は昨日に引き続きカベクの収穫を頼む。後、水をやる時、アッパに肥料をやってくれ。倉庫のドアを開いて左側の棚、一番上の棚の中央の方に液肥が――いや、それじゃなくて液体の――ああそれ、その茶色い瓶の、蓋の部分に希釈用の容器が乗っかっているそれだ」


 目を凝らし、黒い箱の中に切り取られた小さな風景に集中する。


「ちゃんと水で薄めてくれ。バケツの目盛りまで水を汲んで、蓋に被せてある容器の目盛り分の液肥を入れ――え、バケツがどこか? その棚の下に置いてあるだろ――その小さいのはバケツじゃない。桶だ、桶。水を汲んで野菜を洗う桶」


 イヤリングを通じて、相手の困惑した声が伝わる。

 相手の声が震えていくのに比例し、自分の眉間にしわが寄っていく。


「ああ、それだ。目盛りは分かるだろう。よし、頼んだ――葉の部分に液肥をやってどうする、根本だ根本。では頼んだぞ」


 喉から怒鳴り声が飛び出す前に、黒い箱の石を回す。

 くるくると手ごたえなく回り、弱々しい声と黒い箱に映る懐かしい風景は消えた。

 疲れが一気に押し寄せ、椅子代わりにしている木箱に背中を預け、木の板に布が張られた天井を見上げた。


 街から出発し、二日経った。

 レチカシア王国へ向かう街道を、この質素な木製の馬車に乗って駆けている。


「農家というのも大変だな」

 質素な馬車に不釣り合いな、布が張られた肘置き付きの木製の椅子。

 そこに踏ん反り、畑仕事をすればすぐ折れそうな程華奢な指に付けられた指輪を眺める王子。


「向こうの風景が見にくく、申し訳ない。携帯用の小さなものしか準備がなかったのだ」

 私と同様、木箱にもたれかかりながら瞳を閉じるアキ。


 御者台の方に目をやると、質素な服に身を包んだジフの筋肉質な背中が見えた。


 王家の人間に同行しているとは思えないほど質素な旅は、馬車に乗ったこの四人で進んでいる。


 先日、ジフと一緒にいた人々はレチカシア第一舞踊楽団のメンバーだが、一緒に旅をしているわけではないそうだ。

 偶然街で居合わせ、言葉を交わしていたとのこと。


 レチカシア第一舞踊楽団の中でも優れた技術を持つ人物が六人いるらしく、レチカシア第一舞踊楽団のメンバーとその六人の中の一人がセットになって各国を回るらしい。


 ジフはその六人の中の一人だが城内の舞踊専門で、滅多に城内を出ることはないのだと出発直前にアキから教えてもらった。


「揺れるぞ!」

 今までの道中を思い出していると、御者台から切羽詰まった声が飛んできた。


 かろうじてしがみつけそうな柱を持ちながら、御者台につながる窓を覗く。

 不安を煽るには十分すぎる轟音とともに、街道の脇に生えている木が、行く手を阻むようなぎ倒される様子が垣間見える。


 それと同時に馬車が左右に揺れた。

 王子が椅子の肘置きにしがみついているのが羨ましい。

 掴みやすいものが手元にないこちらは必死になって柱にしがみつくしかない。


 しばらくしがみついていると、揺れも収まる。

「どうした」

 口火を切ったのは王子だった。

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