第12話 『誤記襲来』 たらはかに 様
p.98)【ここまで文房具の素敵なショートショートが続きましたが、この後は京麩体験をしていただきます】
掴みとして、この中立的な文言をこのようにサラリとおけるところが好きだ。
p.98)間違いなく、私が書いたはずの文章だ。
この話がメタ構造をもつことが示される。作中作、話中話、創作過程そのものが創作であるような話が大好きだ。
p.99)一旦書くのをやめて、頭の中で話を思い出す
本来書くはずだった話を、書く前に思い出してみると書き記す。読者はそれがまだ書かれていないものと同意することにやぶさかでない。
p.100)そう、私が男から聞いたのは、文房具を食べる女の話だ。
ここまで、女の奇行をたんねんに写生することで、いやというほど気味悪さが伝わってくる。その筆力がすばらしい。
p101)男は旅先でミカンをもらったことはあるが、万年筆をもらったのは初めてだったという。
この冷静な一文で、話が伝聞であったことを思い出し、とりつかれたかのように文具を食べる女と同じ空間にいるという緊張感から解放される。
だが、この緩和は突然に終わる。
「ねえ、作家さん。万年筆は、どんな味だと思う?」
どうすれば、自然な流れで、人に万年筆を食べさせることができるだろう。それも強制的にではなく、好奇心によって。この文章にわたしは嫉妬する。いや、冒頭の一文からわたしはずっと嫉妬しているのだった。文具を食べる女を見かけた男の話。なんと素晴らしい。
p.105)そうか、男にもらった万年筆のせいか。
メタレベルを上下しながら、作中の現実現在レベルへ戻ってくる。食い意地のはった万年筆のせいで一行目を失敗し続ける態で、書くべきことはすべてを書き上げ、再び一行目を試みる作者。我々読者は、これから書かれる一篇の話がどのようなものになるかを知っているような気になっている。だが、目の前にその万年筆があり、その万年筆にまつわる話を書こうとしているのだ。想定通りに進むとは思えない。手渡された万年筆で文字を書いていた、ということは、まだ万年筆を食べていないということだ。その万年筆は、男が直接あの女からもらった万年筆なのだということを、忘れてはいけないと思う。なにしろまだ『誤記襲来』というタイトルの『襲来』に相当する何かの、先ぶれしか訪れていないのだから。
さて、この話はどこまでがフィクションなのだろう。という問いが成立するくらい、この話は綿密に構成されている。ありえない状況がとつぜん目の前に繰り広げ、それが次第に浸潤してくる。この話を読んだ後では、つい目の前のボールペンをガリガリとかみ砕いてみたくなる。食べ物として認識していなかったものが食べ物だと知ったとき、関係性はがらりと変わる。
荒唐無稽なことをまったく無理なく読ませるのみならず、読者にボールペンを齧らせるほど中毒性のある文章に陶酔した。
文具とは何か ―ベリショーズvol.13「文具」感想文 新出既出 @shinnsyutukisyutu
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