第9話 真相と未来

王都の騎士団詰め所の正面に、馬車が横付けされたのは朝の鐘が鳴りそうな時刻だった。扉がひらかれると、執事ボルデの姿が騎士たちの手によって押し出される。曇りない態度を保っていたはずの男だが、今となっては肩を落とし、小さく呻くように何か言葉を呟いていた。公爵夫人の屋敷であれほど強弁していた「列車など乗っていない」という主張が通用しなくなった証拠でもあった。


「お前の“1時前に舞踏会に現れた”という話自体は事実なのかもしれない。けれど、魔力転輪の運行ログを精査したところ、帰りの列車が実際には深夜0時50分に王都へ着いていたこともわかったんだ」


リアンは詰め所の廊下でそう言い、ボルデの目をまっすぐ見据えた。正式ダイヤならば到着は深夜1時20分。だがログの“過剰な加速”が示したのは想定外の早着だった。0時台に駅へ滑り込んだため、1時頃には舞踏会に到着できた――そのどちらを取っても矛盾しない仕掛けで、列車が事件の真相を隠し続けていた。すべてはボルデがジャノスを殺害し、公爵夫人のもとへ戻るために組み立てた“時刻表トリック”にほかならない。


「……俺はただ、夫人の命令に従っただけだ。新路線が実現すれば、夫人の領地を大きく迂回する路が敷かれてしまう。そのままでは長年の利権が崩れるとわかっていた。だからこそ……」


抵抗をあきらめたボルデは短い言葉で経緯を白状した。殺害を命じられたのかどうか、その点ははっきり濁すが、いずれにせよジャノスを排除することで舞踏会の時間と列車の到着予定を絶妙に偽り、公爵夫人側の利を守ろうとしたのは間違いない。夜間ダイヤの曖昧さを利用して時刻をくつがえすなど、普通なら思いつかない計画だった。しかし、その手の込んだ策が仇となり、自ら墓穴を掘った形だ。


廊下の奥にはイザベラが静かに立ち尽くしている。父ジャノスが深夜に列車を使わざるを得なかった理由、そして公爵夫人がどこまで暗躍していたか――多くの要素が結びつき、今回の事件に至ったのだと、彼女にはわかっていた。苦々しさを噛み締める横で、騎士団員たちが集まり始める。


「夫人を断罪するかどうか、決めるのは最終的には王家と領主たちの判断になるでしょう。でも、ここまで真相がはっきりしたのなら、少なくともジャノスを殺した犯人がうやむやにされることはないはずです」


八雲はイザベラに向かってそう告げる。深夜の列車を歪め、ジャノスを殺害した手口はもう秘匿できない。公爵夫人が本当にすべてを指示していたのかどうかは、さらに上層での政治的なやり取りを要するかもしれない。だが、魔力転輪の記録という“決定的証拠”によって、誰がいつ列車を加速させたかは紛れもない事実となった。


「父は自分の手で新路線を完成させるはずでした。貴族に振り回されず、誰もが気軽に列車を使えるようにしたいと。だから、こんな形で投げ出されたままにはしたくないんです」


イザベラの声にはわずかな震えが混じる。ジャノスが生前、どれほど新路線に熱意を注いでいたかを思うと、父の行く末を公爵夫人に踏みにじられたままではいられない。それでも、ここまで事件が明るみに出たなら、イザベラは父の遺志を継ぐかたちで商会を立て直せるかもしれない。長年王都の列車利権を握ってきた夫人に傷がついた以上、簡単に再起を阻まれることはないだろう。


「正直、こういう結末になるとは想像していなかった。それでもジャノスが夢見た鉄道の未来を継いでいく人間がいるのは、王都にとって悪い話じゃないと思う」


リアンはそうつぶやきながら、脇に置いてあった書類の束をそっとまとめる。公爵夫人を上層部に報告し、ボルデの罪を問うことで事件は一応の決着を見そうだ。政治的に揉める余地は残っているが、少なくとも「列車内でジャノスを殺し、舞踏会へ戻った犯人がいる」という大枠だけは揺るがない。そこには、魔力転輪をいじって到着予定をずらした誰かがいると。さらに新たな証拠として浮かんできたのは、魔導鉄道の一部関係者がボルデに懐柔され、過剰な魔力注入を見過ごしてきたという事実だった。いつしか金銭や脅迫で動きを封じられ、誰も表立って拒否や告発できなかったのだという。


「もしぼくがここにいなかったら、夜間ダイヤの細かい矛盾に捜査の目が向くことはなかったかもしれません。魔力の揺らぎで列車が早着するのを“珍しくない”と思う人も多かったでしょうし、意図的に加速させたなんて誰も疑わないですよ」


八雲が軽く息をつきながら言うと、イザベラがほっとしたように顔を上げる。実際、異世界に転移してきた八雲の“鉄道知識”と“ダイヤへのこだわり”がなければ、時刻表の矛盾までは誰も深追いしなかった可能性は高い。リアンも深く頷き、改めて八雲に礼を述べる。


「列車が深夜0時50分に着いた事実をきっかけに、ボルデのアリバイが崩れたのは大きい。もしそのまま正式ダイヤを信じこんでいたら、夫人も『終電は1時20分なんですもの、彼に殺人など不可能ですわ』と開き直れていただろう。魔導鉄道の職員を懐柔し、転輪をいじっていた事実まで出てきた今、もう逃げ道はない」


ボルデが拘束される姿を、イザベラは廊下の奥で見つめている。あれほど父を苦しめた妨害工作も、結局は夜間ダイヤの曖昧さを逆手に取っただけのもの。そこには魔導鉄道のスタッフまで抱き込んだ裏工作があり、わざと加速した時刻表で“殺しの空白時間”を生み出す仕組みがあったのだ。彼女はわずかに唇を噛むと、八雲たちにそっと向き直る。どれほど公爵夫人が強弁しても、もう事件を揉み消すのは不可能だ――そう確信できる表情だった。


「父の想いに報いるためにも、新路線を諦めずに続けます。舞踏会という華やかな場の裏で、こんなにも陰湿な工作をする人のせいで終わりにはできませんから」


その言葉に、騎士団の幹部が神妙な面持ちで頷く。イザベラが商会を継げば、王都はまた新しい鉄道計画を目にするだろう。ボルデの拘束によって夫人の威光が失墜すれば、少なくともジャノスが立ち上げようとした構想を再開する道筋が拓かれる。一方で、八雲は詰め所の外に出てきてから、肩をそっと回して息をつく。魔導列車を解き明かすうちに、この世界のダイヤの奥深さと脆さを思い知らされた。魔力を利用して走るため、夜間に揺らぎが生じるのは自然なことなのだ。そんな仕組みは日本の鉄道とはまるで違う。けれど、逆に言えばその不安定さを誰かが悪用してしまう可能性も、まだ消えたわけではない。


「公爵夫人がどう処罰されるかは上層部の判断だけど、これで夜間ダイヤを歪めて人を殺すなんてやり口は二度と通用しなくなるだろうね。魔導鉄道の関係者もさすがに、もう言われるがままにはならないんじゃないかな」


リアンが軽く肩を上げて言う。転輪のログや加速の数値がさらされた以上、夫人の命令でスタッフが嘘をついていた事実も白日の下に曝された。今後、魔導列車の安全管理は以前より厳しくなるだろうし、夜間のブレーキ点検と称した闇工作もそうそうできなくなるはずだ。


「あなたがここにいてくれて、本当によかった。もし新路線が完成したら、一緒に乗ってみてください。父が喜ぶと思うんです」


イザベラは深く頭を下げたあと、父の形見をバッグに収めて詰め所を後にする。彼女の背中にはまだ悲しみが残っているものの、もう下を向いてはいないように見えた。その姿を見送りながら、八雲もノートを胸に抱える。魔導列車はまだまだ謎の多い乗り物だ。自分の鉄道知識がどこまで通用するのかはわからない。しかし、時刻表の矛盾によるミステリを解きほぐした今回の経験が、きっと別の何かに役立つ日が来るかもしれない――そう信じながら、彼は静かに微笑んだ。


「事件は終わっても、魔導列車の未来は続いていく。僕もまだここでやることがありそうですね」


こうして郊外への定刻便に端を発した殺人事件は、終電の“早着”を利用したトリックの解明により決着を迎えた。公爵夫人の絶大な支配力に陰りが生じ、ボルデは捉えられ、魔導鉄道内部で不正に協力していた者たちも糾弾される。ジャノスの遺志を背負うイザベラが商会を再編し、新路線へ向かおうという機運が今、王都に生まれようとしていた。八雲は駅で鳴り響く始発の案内を耳にしながら、まだ見ぬ路線図を思い描く。いつか夜行列車が新たな大地を切り開く日、そのときこそこの世界の鉄道が本当に花開くはずだ――。彼はノートの次のページをゆっくりと開き、異世界の鉄道が紡ぐ次のドラマを静かに期待するのだった。

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異世界時刻表ミステリー - 魔導列車30分の壁 三坂鳴 @strapyoung

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