第15話 私もう、落選でよくない?

 学院長へ長期療養に入る旨の挨拶をする前に、行った所がある。

 人生初の美容院だ。

 シャンパンを被ったまま何日も放置していた髪の毛はすっかり痛んでしまって、思い切ってカットしてもらうことにしたのだ。


「お客様の顔立ちなら、ぜぇーったいショートの方がお似合いです! それから、骨格に合わせて眉毛もカットしちゃいましょう。前髪の分け目も変ると洗練された雰囲気になること、間違いなしですよ?」


 自信満々といった感じのお姉さまにそう言われたので、全てお任せすることにした。そして出来上がったのが――

 

「……誰、これ?」

「ほぉら! 想像したとおり。変身・大成功!」

「すごい……」

「お客様、失恋なさったのでしょう? お顔にそう書いてあります」

「え?」

「彼、きっと後悔しますわ。ふふっ。女は誰でも、磨けばちゃーんと輝くんです。振られちゃったくらいで俯いてちゃダメですよ? 良い男は自信がある女に惹かれるものなんですから!」

「はい……」


 言われるがままに身を任せ、挙句の果てに恋愛指南まで受けて帰宅した私を見て、ソフィーは一瞬息を止めた。失敗しちゃったかなと思って「えへへ。どうせだから短くしちゃった」とつぶやいたら、ギューっと抱きしめられて、盛大に褒め称えてくれた。


 ソフィーは知っていたんだと思う。

 私が殿下の妃候補になってからずっと、願掛けで髪を伸ばしていたことを。


――1週間後。

 頬の傷はすっかり癒えたけれど、わざと右頬に大きな白ガーゼを当てて登校するとクラスへも顔を出した。

 

 さぁ、かかってらっしゃい!!

 「公衆の面前における失恋」からの「冤罪による投獄」というバッドエンドを迎えた高飛車令嬢が弱り切った姿を見て攻撃してくるゲス野郎は誰かしら? 

 ブラックリストを作って義父へ差し出してやるんだから! と意気込んでいたのに、不思議なことに誰も揶揄ってこない。


 どうして? なんで誰も何も言ってこないの!?

 

それどころか顔の右半分を白いガーゼで覆い隠し、松葉杖をついている私の姿を見てエスコートを申し出てくる男子生徒までいたくらいだ。しかも何人も!


 何これ。どういうこと? 

 白ガーゼと松葉杖はただの弱気MAX令嬢をアピールするためのアイテムに過ぎないわけで……。


 そんなこんなで、義父に渡せる手土産もないまま”療養”という名の仮病を利用して卒業認定試験に専念することになった。


 学習付けの毎日といいたいところだけれど、“魔力なし”の私には魔法科の単位を取るために過酷な労働が待っている。


 隣国との戦争は2年前に終結しているが、国境近くでは今でも小競り合いが起きている。私は辺境地へと向かうと、日中は野戦病院で負傷兵の看護やら汚れたシーツ・包帯類の洗濯やらをこなし、夕方からは受験勉強に勤しむ日々を過ごすことになった。


――2か月後。

 王都へ戻ってきた翌日から、計5日間にも及ぶ卒業認定試験を受け、今日の夕方、ようやく全てから解放された。


「やりきったぁ――!!」

「お疲れ様でございました」

「ソフィー。わたし、寝るわ。たぶん、2~3日、目覚めないと思うけど、心配しないで」

「そうなさってください。目の下の隈が酷いことになっていますから」


 束の間の戦士の休息。

 事を起こす前に、ぐっすり休息を取ろうと思っていたのに。

 翌日、そんな願いはあっさりと砕かれた。


「……何これ?」

「百合と獅子の紋章。どこからどうみても、王室からのお手紙ですね」

「これ、届かなかったことにできないかしら?」

「無理ですね。クロード様が受取のサインをなさっていましたから」

「はぁ――っ」


 しかたない。開けてみよう。


「……嘘でしょ」

「お嬢様、内容は?」

「明日から森の離宮で過ごすように、ですって。妃候補の最終選定らしいわ」

「ご愁傷様です」

「貴女もよ、ソフィー」

「ええっ!?」

「各家、一人だけ侍女を連れて来ていいらしいわ」

「そんなぁぁっ!!」

「王家からも追加でお手当が出るそうよ?」

「喜んでお供いたします」

「それにしても、どうして今さら最終選考だなんて――」

「お嬢様がリクエストされたんじゃないですか」

「私が!? いつ?」

「褒賞の件ですよ。おっしゃってたじゃないですか、『その気がないなら早く解放してほしい』って。療養期間が終わるなりお嬢さまの願いを聞き入れてくださるなんて、殿下もお優しいではありませんか」

「すっかり忘れてた……。っていうか私、もう落選でよくない!?」



 王家からの手紙を受取った翌日。

 森の離宮へ6人の妃候補が集められ、ここで暮らしながら行なわれる最終選考の説明を受けた。


「離宮ではお一人様、3名の侍女が24時間体制でお仕えいたします。それでは皆様、ご自由に滞在されるお部屋をお選びください」


 妃教育の進捗にバラツキがあるらしく、各自に見合った教師が個別でつくのだとか。これまではグループで行なわれていた殿下とのお茶会も、週1の頻度で個別にお話しをする機会が設けられるらしい。


「デルフィーヌ様のお世話を命じられました、ディアン、アリス、ジャスティナでございます」

「ジャスティナ……良い名前ね。語源は何だったかしら?」

「“公正さ”でございます」

「そうだったわね。私も常々”公正“でありたいと思っているの。だから予め伝えておくわね――」


◇◇◇

「お嬢様! 本当によかったんですか? 誰もいなくなっちゃったじゃないですか!」

「いいのよ。ソフィーだってその方が気楽でしょう?」

「まぁ、そうですけど」

「なぁに? お友達が欲しかった?」

「まっさかぁ! あんな欲まみれの友人、要りませんよ」

「そういうわけだから、宜しくね?」


 先ほど3人の侍女たちに宣言したのだ。

「わたくし、近いうちに妃候補を辞退する予定ですの。じきに実家からも勘当されるでしょう。ですから、侯爵家や王太子妃のおこぼれを期待して私にかしずこうとお思いの方は、今すぐ、他を当たってくださいな」と。


 案の定、3人とも直ぐに私付の侍女を辞退して、どこかへ行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる 花雨 宮琵 @elegance

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画