第14話 黒髪の赤豹・ガブリエル

 魔法騎士だろうか。その男は、他の兵士よりも頭一つ分背が高い。


「どうして未成年の“魔力なし”がここにいる?」

「私は成人です」

「……そっちの黒髪は違うだろ?」

「貴方も黒髪じゃない。それに、未成年者なら周辺の村にもたくさんいるわ」

「女というだけで厄介なのに、お前がいても足手まといになるだけだ。今すぐ帰れ」

「女だから足手まといになると決めつけるのは、間違ってるわ」

「おいおい。ここは戦場だぞ? フェミニズム運動なら、平和ボケしている奴らと王都でやってくれ」

「お嬢様、帰りましょう?」

「『お嬢様』だと!? はっ、冗談はよしてくれ。貴族のご令嬢が戦場で何ができる?」

「貴族とか平民とか、関係ないでしょう?」

「あるさ、戦場ではな。魔力騎士1人で平民兵100人分の働きをする。これでも関係ないと言えるか?」

「だったら。魔力なしでも貢献できることを証明したら、今の発言を撤回してちょうだい」

「ああ」

「平民兵たちへ謝って」

「いいだろう。で? どうやって証明してくれるんだ?」

「私を外に連れて行って。――前線まで」

「阿保か。すぐに死ぬぞ?」

「私が言ったことを証明するためよ。いいから連れて行って」

「馬に乗れないのか?」

「……乗れないわ」

「はぁ――っ。女、子どもだからといって加減はしない。降り落とされるなよ?」


 黒髪の騎士は、ヒョイっと私を持ち上げると、立派なたてがみのある馬に乗せてくれた。その瞬間、視線が一気に高くなり、見えている景色がバンッと広くなる。


「あそこ」

「あ?」

 西の上空にある一点を指しながら、黒髪の騎士に告げる。


「あそこだけ防衛膜が薄くなってる。私が敵なら、あそこを集中攻撃してこちら側の防御魔法を解除する」

「……見えるのか?」


 それには答えなかった。

 信じてもらえないのならば、これ以上打つ手はない。


「急ぐぞ。舌を噛むから口を開くな」

 黒髪の騎士はそう言うと、前線まで全速力で馬を駆った。


 前線では、敵軍と睨み合うかたちで陣営を組んでいた。


「……彼は王国軍の兵士なの? 認識阻害魔法をかけて誤魔化してるようだけど、右手首の内側に蠍のタトゥーが彫られてるみたい」

「なに!?」

「敵側の間者スパイかもね」


 私の話を聞いていた近くの魔法騎士がいきなり間者の疑いがある男に話しかけると、テンパった男が攻撃魔法をかけてきた。しかもなぜか、私に向けて。


 え、どうして私に!?


「危ないっ!!」

 黒髪の騎士が私を庇うように戻ってくるも、間に合わない。

 彼の顔が絶望に塗り替えられるのと私が攻撃魔法を無力化したのは、ほぼ同時だった。


「やっぱり。貴方、スパイでしょう?」

「っ!! どうして効かない? 詠唱なしで防御魔法を展開できるのか!?」


 あー、攻撃魔法でよかった。

 これが本物の剣だったら、間違いなく死んでたわ。


「おいっ、大丈夫か!? 怪我は!?」

「く……苦しい、です」

「すぐに医師を!!」

「そうじゃなくて。腕の拘束、解いて……息が、できない」

「お、おうっ。悪い」


 第一印象は決してよくなかったけれど、口が悪いだけで心根は優しい人みたい。


 そんなこんなで、黒髪の騎士にだけは私が“魔力無効”の持ち主であることを告げた。

 後に彼は、“黒髪の赤豹”との異名を持つ軍師・ガブリエルで、“白銀の青獅子”たるリシャール殿下と並ぶ魔力の持ち主だということを知った。

 

 そんなわけで、長期休暇の度に“黒髪の赤豹”ことガブリエル隊長の遠征先に従軍することになったのだ。

  ソフィーは看護師として。私はガブリエル隊長の腹心として。


 

◇◇◇

 その日の就寝前、クロードが手紙を携えてやってきた。


「リシャール殿下が直々にお書きになられたお手紙でございます」

「直々に?」


 手紙には、パーティーでの一件についての御礼、衛兵の無礼に対する謝罪、そして私の体調を案じる言葉が記されていた。

 男らしく角ばった右肩上がりの文字。それは、初めて目にするリシャール殿下の筆跡だった。


 予想はしていたけれど、今まで貰った文が全て誰かによる代筆だったのかと思うと、やっぱり傷ついた。


「……今さらだよ、レオ」


 感謝も謝罪も心配も。

 性悪聖女を選んだ殿下からなんて、なんにも受け取りたくはない。

 

 殿下に対してキツク当たるのはお門違いだと分かってる。

 子どもじみた八つ当たりだということも。

 でも、これ以外に傷ついた乙女心を癒す方法を、私は知らない。

 だからどうか、大目に見てほしい。


「ごめんなさい、殿下。さよなら、レオ」


 殿下から貰った初めてのお手紙は、あの日、レオから貰ったリボンを納めている宝箱の中に仕舞ってカギをかけた。

 殿下と過ごした日々も、レオと出逢ったあの日の出来事も、全て過去の想い出に変わりますように、と。


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