カフカ㌠
「ええっ……?」
のどかはぽかんとしている。
Vtuber界隈には、キャラクターデザインを担当した絵師を『ママ』と呼び慕う習慣がある。
そして他でもない長門小鞠こそが、透野かふかのキャラクターデザインやパーツ分けを担当したママだったのだ。呆気に取られているのどかに小鞠は、
「私の将来の夢は専業イラストレーターです。デザインを担当した『娘』である透野かふかさんが成功して有名になれば私にも利益がある。そこで提案なんですが、私たちチームになりませんか?」
「チーム……って……」
「ええ。一緒にかふかさんをプロデュースして、大物Vtuberになってもらいましょう!」
小鞠の微笑みとは裏腹に、のどかはちょっと躊躇いがちに顔を上げた。のどかはただでさえ人見知りだ。初対面の相手から急にそんなことを提案されても、と拒絶気味な表情でちらり。小鞠の圧倒的な才能を見せられてもなお、臆病な幼い仔猫みたいに瞳を揺らしているだけだった。
だから俺はのどかの代わりに切り出すことにした。これは良い機会だ。こいつを人見知りから脱却させて、『本当の自分を出せるように』する為の最初の一歩。
少し咳払いして、不安そうな瞳で凝視してくるのどかと、冷静な顔で見つめてくる小鞠に言ってやる。
「のどかの目標も小鞠の将来設計も全部ひっくるめて、俺たちが手を組めば最強じゃないか。一つの夢に向かってそれぞれの長所を生かす! 何気に俺も動画編集に詳しいしな」
うん! 自分で言っておいてなんだがかなりかっこいい台詞だったんじゃないだろうか?
小鞠も俺の言葉に目を輝かせている。素直な子供みたいにぎゅっと拳を握ってぶんぶんと首を縦に振り始めた。我が従妹ながら、ちょっと可愛いと思ってしまったのが悔しいところだ。
「わ……分かりましたぁ! 虎徹君の紹介だし、そう言ってくれるなら……!」
「よし、二人とも連絡先交換して仲良くしろよ! じゃあ俺、今日はもう帰るから」
「はいはい。ところでのどか先輩、この後、何か予定はありますか? カフェにでも入って今後の予定を話しましょう」
「そっ、それならうちに来てくださぁい。丁度、お手伝いさんが焼いてくれたチーズケーキがあるのでぇ……」
「おいそのチーズケーキって俺も食べていいやつだっけやっぱさ俺ものどかと小鞠の夢を知ってるわけだし『カフカさんチーム』の一員だし力になれるもしれないから作戦会議に参加したいなーって思ったんだけども」
「食い意地張っててみっともないですよ。虎徹先輩」
勢いよく振り向くと、小鞠が半目でため息をつく。 別にいいだろ! こんだけ頑張ってるんだから、チーズケーキの一つくらいご馳走になっても!
そんなわけで、俺は小鞠と共に、またもやのどかの家へ赴くことになった。
電車を降りると、街路樹に包まれた閑静な高級住宅街が現れた。二階の女の子らしい広い寝室に通されると、小鞠は豪邸に目を輝かせていた。
「本当に綺麗なお部屋ですね」
「お……お世辞はいいんですぅ、小鞠ちゃん。ここのインテリアは全部、お手伝いさんが選んだものを並べただけですのでぇ……」
褒められて照れているのか、のどかの白い頬が薄桃色に染まっていた。
のどかに出してもらった冷たい紅茶を啜り、チーズケーキに舌鼓を打っていると、小鞠は今度は俺に向かって話を振ってきた。
「しかしこの素晴らしい部屋。虎徹先輩の自室とは大違いですね」
「うむ。早く自立したいものだ」
俺の自室は壁紙も家具も小学生時代から変わらない、ザ・子供部屋だ。溜息をつきそうになりつつも、これ以上贅沢を言っちゃバチが当たっちまうと思い口を噤んだ。
小鞠は満足げに頷くと、今度はずいとのどかの目の前まで近寄った。小鞠はのどかよりも背が低いので見上げ気味になる。
「な……なんでしょうかぁ?」
「のどか先輩って、私が思っていたよりずっとずっと、凄い人なんだってと思いました。だって『透野かふか』の存在が無ければ、Vtuberデザイナーとしての私はもっとマイナーだったはずですからね」
「そうでしょうかぁ……? ありがとうございますぅ、小鞠ちゃん」
彼女がこうして頷くのも当然だ。
小鞠が初めてデザインしたVtuberは透野かふか。それが足がかりとなり、現在の小鞠は『Vtuber三銃士』とも呼ばれる大物Ⅴのママとしても知られている。
さて、『カフカさんチーム』としての結束が(一応)はっきりしたところで、俺たちは目標について考えてみることになった。
夢への努力。色々と方法論はあるが、定量かつ具体的な目標だと測定がしやすく、達成に向けた努力もしやすい。Vtuberは配信の同時接続人数が人気のバロメーターになるので、とりあえずそれを増やすことを目的にすればいいだろう。
同接数を増やすには、いかに継続的に客が入ってくる導線を確保するかが重要となる。コンスタントに外部との交流を持ったり、他のチャンネルのおすすめ欄に乗ったりすることが重要だ。
ちなみに現在、透野かふかの同時接続数は伸び悩んでいる。Vtuberとしては中堅といったところだ。
「テコ入れが必要ですね」とは小鞠の言。
「でっ、でも、そんなのどうすればいいんですかぁ?」
「コラボ企画をやるとかどうだ?」
Vtuberに限定せず、配信業界全体には、コラボ相手との数字のやり取りが存在している。お互いの視聴者を取り込み合うのだ。
そこで俺は、ターゲット層の近い同格Vtuberへコラボ打診を行わないかと持ち掛けてみる。
「のどか、Vtuberの友だちやフォロワーはいるか? Vtuber同士でコラボすれば同接も増えるし、お前の悩みの人見知りも緩和できるだろ」
しかし、内気なのどかは首を横に振った。
「そ、それは無理ですぅ……ゆ、勇気が出ないのでぇ……」
のどかは肩を落としてしなしなと萎れてしまった。かふか――というかのどかは極度の人見知りであるため、Vtuber友達がいないのだという。 まあ無理もないか。
小鞠は紅茶を啜りながら首を傾げる。
「事務所に所属している場合、マネージャーからコラボ相手が斡旋されることもあると聞きますが?」
「小鞠ちゃんが担当するような大物Vはそうかもしれませぇん。けれど、わたしは個人で活動する個人勢……つまりフリーランスなんですぅ。自分で人脈を築いて、セルフマネジメントを行わなくちゃいけないのでぇ……」
「セルフマネジメントなぁ……?」
隣で縮こまるのどかを見つめる。彼女は青くなったり赤くなったりして右往左往している。俺の視線に気付くと、あたふたと手を振った。
「こっ、コラボなんて、わたしにはまだ早いと思うんですぅ。もっと強くなってからに、したいですぅ……」
「気持ちは分かるけど、そんなこと言ってたらいつまで経っても内気は治らないぞ? 現実世界の交流が苦手な人でも気軽にコラボできる――ってのが、Vtuberの利点の一つなんだからさ。できれば同格のライバル同士でやれればベストだな!」
「それは虎徹先輩の一方的な要望でしょう? のどか先輩がこんな状態なんですから、非現実的です」
「じゃあどうしろってんだよ」
口を尖らせる。のどかは上目遣いで俺を見てきた。
「……ぎゃ、逆に一緒にVtuberやってみませんかぁ? 虎徹君」
「成程、アリかもしれません。虎徹先輩を美少女Vtuberとして性転換受肉。アリです」
「ナシだ馬鹿!」
「どうしてですか? 私、キャラクターデザインやボイスチェンジャーも一通りご用意できますよ。かふかさんの妹分として活躍すればいいじゃないですか」
なぜか自慢げな小鞠。
完全に忘れていたが、小鞠は無類の百合好きなのだった。図書室で借りようとしていたラノベも百合もの作品だし。
小鞠は薄い唇をニヤリと歪ませる。
「いいですよ、ガールズラブ。この世で最も美しい花は百合。最も美味しいベリーはレーズンです。見栄えの良い女アバター同士がイチャイチャすれば、視聴者からは『尊い』『てぇてぇ』と賛美の嵐です」
「やらねーよ。言っとくけど、そういう浅い百合営業、受け手には見抜かれてるからな。それに俺は実況とかそういう才能はねんだわ。見る専なの」
「そんな……やってみなきゃ分かりませんよぉ……?」
「やったことあるよ中学時代にな! 再生数一桁で速攻引退したわ!」
「わぁ……お可哀想に」
小鞠はわざとらしく口を押さえて悲嘆にくれる表情を作った。またこいつに乗せられて黒歴史を公開してしまった……。くそっ! ぶん殴りたい!
一度やってみれば分かることだが、設定に沿ってキャラを演じたり、数時間ぶっ続けてハイテンション実況したり、キレのあるトークで視聴者を沸かせたりというのは簡単なようでいてなかなかできることじゃない。
だからこそ、のどかの内気に隠された『かふか』としての才能は意外と侮れないと、俺は思っている。
「つーわけで、俺も一応元ゲーム実況者だ! お前らにプロデュース理論を教えてやるよ」
「底辺が人気配信者とは何かを語るという高度なギャグですか?」
「うるせえ!」
俺はストローで紅茶を啜り、それからぴんと人差し指を立てた。
「とにかく露出機会を増やすことだ。平日は学校との兼ね合いがあるからできないけど、休日に長時間生放送を行おう。企画動画の投稿数も増やして、切り抜きも作ろうぜ」
「じ、時間が幾らあっても足りませぇん……」
「大丈夫です。切り抜きなんて、私たちで分担すればすぐですよ。一人で全部やらなければいけないわけじゃありません」
それから小鞠はさらっと言ってのけた。
「それにこれは収入にも繋がりますよ」
「ど、どういうことですかぁ?」
のどかが首を傾げて尋ねると、小鞠は待ってましたとばかりに薄い胸を張り、三本指を立てて説明を始めた。
「Vtuberの収益源は主に三種類あります。一つはスポンサーから、ゲームやグッズやコラボアイテムなどの商品を頂き、それをプレイしたり使用したりするという所謂『案件』と呼ばれるものです。二つ目はライブ配信を行いその配信中に視聴者が贈った金額の一部が『投げ銭』という形で配信者に支払われるというものです。三つ目は、Vtuber本人がグッズやボイスを販売したり、サブスクリプションを解説したりするものです」
小鞠は指折り数えて説明する。のどかはコクコクと小さく頷きながら、その説明に真剣に聞き入っていた。
「投げ銭はたまにいただきますがぁ、グッズや案件なんかは夢のまた夢ですねぇ……」
「今はそうでしょう。しかし、将来的にかふかさんの活動がさらなる収益を生むかもしれません。これからが楽しみですね」
「ええ、そうですね……!」
結局、俺たち『カフカさんチーム』は企画とアイデアを話すだけ話して、その日は解散したのだった。
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推しVtuberの魂である清楚お嬢様は、ぼっちの俺だけに懐いているらしい。 さかえ @skesdkm
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