0.5畳の竜巻
ねぎま
これでも竜巻?
東京の多摩地区に建つ、築30年のごくありふれた10階建てマンションが僕の住まいだ。
中堅の事務機器リースの会社に入って10年目で彼女なし、貧乏暇なしのアラサー独身男が僕。
翌日は仕事も休み。
部屋でテレビを見ながらゴロゴロしていたら口寂しくなってきた。
時計の針も夜の11時を回り、マンションから徒歩5分にあるコンビニへ、ビールとつまみを買いに出かけて帰ってくる。
僕は二階にある部屋の玄関ドアを開けると……。
そこに……えっ、渦巻?
それとも旋風?
なになに、小型の竜巻?!
大きさにして、ざっと縦50センチ、横幅10センチくらいだろうか。
よくテレビのニュースとかで見かける、漏斗状の細長く渦を巻いた竜巻のような形をした物体が、クネクネと腰を揺らせるようにして回転してるではないか。
「いやいや、それは無いでしょう?! うわっ、なんで僕部屋の玄関? 冗談なら他の部屋でお願いできないだろうか」
当然の如く、『それ』からの返答は無い。
でも、目に映るのはどこからどう見ても、それらにしか見えない物体、あるいは現象がそこにはあった。
腰を屈めて、しゃがんで横からその物体を眺めると宙に浮いた状態で、ミニサイズの竜巻が懸命に渦を巻いている姿は案外ユーモラスで、いつまでも見ていられる気がした。
しかし、例え小型サイズとはいってもちゃんと風圧を感じるし、かすかに「ビュル~ん」と聞こえる音からも、映像や、僕の幻覚ではないのは間違いなさそうである。
では、なぜ?
どうして僕の部屋の玄関で?
僕の幻覚でなければ科学的に説明できるはずじゃないのか?
僕は冷静になって、一旦玄関ドアを閉めてみることにした。
再度ドアを開ければその摩訶不思議な現象は何事もなかったかのように、収まっているかもしれないではないか。
念の為に、黄色くくすんだステンレスのプレート表札を確認する。
そこには、確かに部屋番号と僕の名字が記されていた。
「間違い……ないよな」
僕は一度深呼吸をして再度ドアノブに手をかけた。
果たして、開いた部屋の玄関にそれはあった……もしくはいた。
やはり、僕の見間違いや幻覚の類のものでは無いということが確認できたことは収穫だが、僕の眼前で繰り広げられている珍現象の謎の解決には一歩も近づいてはいない。
気のせいだろうか“そいつ”はさっき見たときよりも形が大きくなっているような気がする。
実際に小型竜巻(仮)から僕の身体に感じる風圧は明らかに強くなっている。
「いや、待て、待て!」
もしこの現象がマジモンの竜巻や渦巻だったとしたら、僕はこの現象の第一発見者ってことにならないか?
もしかしたら、世界初ってこともあり得る。
それって、大発見じゃン!!
一気に僕はこの珍現象である小型竜巻(仮)の第一発見者として、世界的な有名人として歴史に名を刻むことになりはしないか?
だとしたら、取り敢えずこいつが実際に実在していた証拠を残しておくべきじゃないのだろう。
だとしたら、取り敢えずスマホで写真なり動画を撮影することが先決だ。
「スマホ、スマホっと……」
僕は、ズボンのポケットから慌ててスマホを取り出すと電源を入れて……って、どうしてこんな時に限ってバッテリー切れってありえないだろー!!
「ちくしょうメッ!」
すでに小型竜巻(仮)はその間にも成長の度合いを早めてすでに僕の背丈くらいまでに成長(?)し、幅も約半畳ほどの玄関の三和土の半分ほどを占めるまでになっていた。
これじゃあ、部屋に上がって充電するにしても、小型竜巻(仮)に、僕の前を「ゴオーッ」という、けたたましい音を立てて僕の行く手を遮られていては身動きもできない。
いや、それもそうだが、さっきから小型竜巻(仮)ってなんだよ。そろそろ正式名称を決めておいたほうが良くないか?
だって、金儲けの匂いがプンプンするじゃないか。
小型竜巻(仮)をキャラクターして、グッズを大量に作って売りまくったり。
それから映画やドラマ化、マンガやアニメ化、子供に受けそうな歌を作ってアイドルに唄ってもらうとか……。
この現象に命名権があるとしたら、その筆頭は僕であることは自明だろう。
「小型竜巻だとちょっと堅苦しいかぁ……?」
もっと、インパクトがあって耳に残る感じのやつがいいだろう。
だったら『ミニミニ竜巻』ってどうだ?
いやいやそれはないわ~。
なんて命名センスが無いやつなんだって笑われるのが落ちだろう。
そもそも竜巻って英語ではなんて呼ぶんだっけ?
タイフーンじゃないし……あ、そうそうトルネードだ。
大リーグでも活躍した選手の投球ホームで有名じゃないか。
だったら『ミニミニ・トルネード』は?
『ミニミニ・スパイラル・ウィンド』て、いうのもありじゃネ?
ああー、やっぱダメダメ、ミニミニからしてダサすぎる。
ミニミニから脱しなくてはセンスを疑われるのは僕だぞ!
「ああー、もう名前なんかどうでもいいわ!」
そんな、どうでもいいことを必死で考えてる最中も小型竜巻(仮)は勢力を強めていく。
バリバリッ! と大きな音を上げながら、どうやら上へ上へとそのスケールを一段と加速させていく。
風速も猛烈な台風レベルにまで達し、足元がグラつくほどにまで巨大化していった。
「うわあっ! もう、た……立っていられない!」
しかし、なぜだか横幅は玄関の三和土の狭い半畳ほどの範囲を逸脱することがないのいはナゼだ?
このマンションは単身者用のワンルームマンションで、全ての部屋が同じ間取りになっているはず。
玄関の天井を見るとすでに僕の部屋の天井は突き破られ、次々とこのマンションの玄関だけを貫いて巻き上がっていく。
遂には最上階の玄関の天井、そして屋上のコンクリートまでも突破してどこかへ吹き飛ばしてしまった。
小型竜巻(仮)が過ぎ去った後には、僕の部屋のある2階から10階まで通じる長い回廊が屋上まで続いている。
きれいに丸くブチ抜かれたマンションからは漆黒の夜空がのぞいていた。
「わわっ、画像! 動画は! ああー、やっても~たぁ……」
時すでにおそし。
一攫千金の夢も消え、僕の心の中も、ぽっかりときれいに丸い大きな穴が開いてしまったようだ。
そうだ、『玄関竜巻0.5畳』と命名しよう。
てか、やっぱ僕は命名のセンスないや……。
0.5畳の竜巻 ねぎま @komukomu39
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