つま先立ちの彼女

与太ガラス

つま先パカパカ

 「短距離走者スプリンターじゃないんだから」

 終業式の後、僕はサナが見せてきたスニーカーを手に取りながら言った。つま先の部分がすり減って破れてしまっている。

「私はいつも前傾姿勢! 人生前のめりでやってるんで!」

 言いながらサナは下駄箱の前でスピードスケートのスタートの構えみたいなポーズを取った。相変わらず小学生みたいにテンションが高い。

「で、どうすんの? これ」

 僕はスニーカーを揺すってパカパカさせながら聞いた。

「だからー、一緒に買いに行かない?」

 上履きのまま、くるりと向き直って僕を見る。そうなりますよね。

 せっかく学校が早く終わった帰り道。放課後デートの理由があれば、僕はなんだって構わない。来年の今ごろは、受験直前でそんなこと浮ついたこと言ってられないだろうから。

「小学生の親の悩みみたいだぞ」

 シューズショップに向かう途中、「スニーカー、つま先が減る」で検索してみた。

「なにが〜?」

 サナは隣で靴をパカパカさせながらステップを踏んでいる。

「楽しそうだな。そのままでもいいんじゃない?」

「まーくんと歩いてるからこんなふざけていられるんだよ。一人になったら音が出ないように静かに静かに、人の目を気にしながら帰るしかないよ」

 そこの羞恥心は持ってるのかい。

「それじゃ僕たちがただのバカップルみたいじゃないか」

 やばい、ツッコんでたら本題に戻れない。

「じゃなくて、靴のつま先が減るのは歩き方が悪いらしいぞ。あとは靴のサイズが合ってないとか。だいたい小学生の親がすぐボロボロになるって悩んでる」

 そう言っている間もサナは踊るように妙なステップを踏みながら前に進んでいる。新手のタップダンスか。歩き方とか以前の問題だな。

「だから私の場合は、いつもつま先ダッシュしてるからだって」

「はいはい。あんまり生き急がないでね」

 そんな無理問答を続けていたら、シューズショップにたどり着いた。

「あ、ねえねえ! 年末セールやってる! ラッキー」

 駅前商店街の一角に入ったDCBマート。店内の掲示物には「年末大売り出し」の文字が踊っていた。

「厚底の方が減りが遅くていいんじゃないか?」

 からかい混じりにサナに提案してみる。

「それじゃあつま先ダッシュできないでしょ。厚底って普通に歩きにくいからね。歩き方だってよくはならないよ」

 なんか真面目に返されたんだけど。僕がボケるのは違うのか。

「それにこんな厚底履いたらまーくんの身長抜かしちゃうよ」

「あー、そういうのも気にするのか」

「そこはまーくんが気にして」

 身長は天賦の才だからなぁ。いまさらコンプレックスにも感じないよ。

「やっぱり履きやすさ、デザイン、フィット感で考えたら、ニャオバランス一択でしょ!」

 真っ白なニャオバランスをレジに持っていき、お会計を終えて店を出る。その場で履いていくと言ったら、パカパカの靴はお店で処分しますよと言われた。箱も持ち帰らなくて済み、荷物がなくなった。

「そーだ、初日の出見に行こうよ」

「いいけど、起きられるの?」

「私は早起きですから! 日の出とともに動き出す、キラキラ前のめりJKですから!」「じゃあ間に合ってないじゃん」

 その日はサナの家の前で別れた。


 ◆◆◆


 元旦。深夜に初詣という蛮行はせずに、暗い時間に待ち合わせて初日の出からの初詣という計画になった。サナは当然のように待ち合わせ場所に着いていた。真っ白なスニーカーを履いている。

「まーくん、あけおめ! 今年も全力で飛ばしていこう!」

 お正月からサナは元気だ。

「あけおめ。今年もどうぞよろしく」

 地元で有名な初日の出スポットは、川に面した丘の上にある。芝生を敷いた公園になっていて、普段はランニングをしている人をよく見かける。緩い坂道を登っていくと、すでに数十人が集まっていた。

「まえ行こ、まえ!」

 丘の先端は胸の高さぐらいの柵が取り付けられていて、落っこちないようになっている。僕たちは先頭に陣取って、対岸の奥に広がる山を眺めた。

 真っ暗だった世界を光がわかつ。空が白み始めると、山の稜線がくっきりとしてその存在感を強めてくる。まもなく、太陽が顔を出す。

 サナを振り返って、僕は思わず笑ってしまった。視界を遮る人などいないのに、柵に手をかけて、思いっきりつま先立ちしている。

 人生前のめり。1秒でも早く初日の出を見たいんだ。サナはいつも遠くを見据えてつま先ダッシュ。

「厚底にすればよかったじゃん」

 僕はサナに聞こえないようにつぶやいた。

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つま先立ちの彼女 与太ガラス @isop-yotagaras

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