エピローグ③…

 合宿が行われた校舎から、少し離れた山の中。

 ルアム①②が、スコップで地面に大きな穴を掘っている。

「はあ、はあ、はあ……」

「何で俺が、こんなことを……」

 その様子を、マナオ③が冷酷な視線で見下ろしていた。

「ち……ゴチャゴチャうるせぇですぅ。口より手を動かしてもらえますかぁ?」

 この合宿に参加した漆代ルアムも佐尻ミエリも、表向きとは違う裏の顔を隠していた。

 しかし実はこの芥子川マナオも、本当の顔を隠していた。


 実は彼女は、ルアムに弄ばれて捨てられた女友だちの復讐のため、彼の悪事の証拠を手に入れるために、この合宿に参加していた。これまで見せていた「気弱なオタク」は、ルアムを警戒させないための演技。本性はもっとサバサバして、容赦のないキャラだったのだ。

 そして彼女は、すでに自分の目的を果たしていた。

「漆代さんの悪事は、このスマホに全部残ってるんですからねぇ? これをバラされたくなかったら、大人しく言うこと聞いてくださいよぉ?」

 そう言うマナオの手には、最新式のスマートフォン。ルアム③のものだ。

 二日目の夜に、彼の死体からそれを手に入れた彼女は、その中に残っていた数々の悪事の証拠――彼の本性を証明する映像などを手に入れていた。ミエリのPCとは違い、そのスマホは漆代③の死体を使った指認証で簡単にロック解除できた。

 今はその映像を使って彼らを脅して、この合宿中に死んだ者の死体や、ハイメの殺人の証拠を埋めるための穴を掘らせていたのだった。


(スマホの中には、彼に酷い目に合わされている女の子たちの映像が、十人分はありましたぁ……。合宿から帰ったら、この十人に声をかけて、みんなで彼に復讐しましょうかぁ……。どうせ二人いるのなら、そのうちの一人を壊れるまでオモチャにしちゃっても、問題ないでしょうしぃ。残ったもう一人も、この映像でいつでも社会的に抹殺できますしぃ。くひひひ……)

 そんなことを考えて、意地の悪い笑みを浮かべるマナオ。


「で、でもよぉ……」

 そこでまた、ルアムがこりずに不平を口にする。

「ドッペルゲンガーは、死んだら勝手に消えるんじゃねーの? だったら、わざわざこんな穴なんか掘らなくても……」

「あぁんっ⁉ 何か言いましたかぁっ⁉」

「な、なんでもねえよ……」

「こ、怖えなぁ……こいつ、全然キャラ違うじゃねーかよ……」


 ふん……。

 マナオ③は、バカにするように鼻を鳴らす。

 この男、いいのは顔だけで、他はホントに救いようがないですねぇ……バカ丸出しじゃないですかぁ?

 ドッペルゲンガーは、死んだら消えるぅ?

 そんなわけ、無いじゃないですかぁ。

 だって……二日目の夜に漆代さん③の死体を隠したのは、ボクなんですからねぇ。


 もしもあのとき、あの死体が消えていなかったら……。

 ボクたちはあれを、「誰かがやった殺人事件」としか思えなかった。誰もが、「残った十一人の中に漆代さん③を殺した犯人がいる」と思って……そこで合宿が終わってしまっていたかもしれない。あの時点で車で下山して警察を呼んでしまっていたかもしれない。

 それでは、困るのですぅ。

 警察や第三者が来て、「同じ人間が三人に増えた」なんていう今の状況が、明るみになったら……ボクたちはきっと、特別扱いされてしまう。世界中の研究機関からの注目の的となって、城鳥さんの殺人や、漆代さんがこれまでやってきた悪事さえも「どうでもいいこと」になってしまう。そんな展開では、ボクたちは納得できませんでしたぁ。

 ボクたちの目的を果たすために。友だちの復讐を果たすために。ドッペルゲンガーのことは、ずっと秘密にしておく必要があった。たとえ殺人事件が起きても、警察なんて呼ばれては困る……だから、犯人が城鳥さんだと気づいても、すぐには告発しなかったのですぅ。


 ①は「超常現象」……②は「殺人事件の推理」……じゃあ、③のボクは? ぐふふ。ボクが選んだ選択肢は「復讐」ですぅ。どんなことがあっても、漆代ルアムに「復讐」すること……それが、ボクの担当。そのために、必要なことをやっていたのがボクなんですぅ。

 漆代さん③の死体を隠したりぃ。車の鍵を隠したりぃ。それから他にも……復讐に役立つと思って呼んでおいた「彼女」の存在を、隠したりぃ……。


「ねえ、漆代さぁん?」

 マナオが、二人の漆代のどちらともなく尋ねる。

「二日目の朝……職員室に二人目の城鳥さんが現れたときぃ……ボクの①が言った言葉を、覚えていますかぁ?」

「あ?」

「え?」

 その意味が分からず、一瞬手を止めるルアムたち。だが、それでまた彼女に怒られると思って、スコップで穴を掘るのを再開しながら答えた。

「お、覚えてねーよ! そんな前のこと!」

「そ、そうだぜ! 俺の頭のメモリーは、女の子のことを覚えるのにしか使わねーって、決めてるんだよ!」

「ああ、そうですかぁ」

 ルアムがやはり、自分が思った通りの無能だと再確認したマナオ。もう彼にはすっかり興味をなくして、誰に聞かせるでもなく独り言を続けた。


 ふふ……。

 ボクの①はあのとき、こう言ったそうですよぉ……?

 「城鳥さんは、双子だったんですね」……って。

 「城鳥さん『も』、こういう悪ふざけするんですね」……って。

 だってボク……ずっとそれを考えていたのですからぁ。ドッペルゲンガーが現れるよりも、ずっと前からぁ。この合宿を準備していたときから……その、「悪ふざけ」を……。


 それから。

 ①②と同じような、紫チェック衣装のアニメキャラTシャツの彼女は、周囲の木々の間からかろうじて見える廃校の校舎の方に視線を向けた。




 その校舎の屋上には、一人の少女がいた。


「ふ、ふふ……。ぐふふふふ……。二日目の夜に、こっそりここに来てみたらあ……。ま、まさか、合宿の参加者が三倍に増えてて……しかも、殺人まで起きてるなんて……驚きましたよねえ」

 彼女は、ルアムたちが穴を掘っているあたりを見下ろしている。

「漆代さん③の死体が見つかったあと……。他の漆代さんと協力して校舎の中を調べる振りをしていたマナオ③は……三年三組の教室に隠れていたボクと交代した……。そして、フリーになった彼女が死体を隠している間、ボクはみんなと一緒に職員室に行って、マナオ③の振りをしていた……。あれは我ながら、いい仕事しましたよねえ……? 無茶振りのぶっつけ本番の割には、結構そっくりに演技できましたよねえ……?」


 その彼女は、これまでハイメたちが見てきた芥子川マナオと同じような、「いかにもオタク」という風貌だ。服装も、マナオと同じようにアニメの美少女キャラTシャツを着ている。

 しかし実は、そのアニメのモチーフは、マナオのものとは少し違っていた。

 マナオがいつも着ていたのは、毎年新しいシリーズが放送されている「少女たちが変身して戦う日曜朝の長寿アニメ」のTシャツ。

 しかし、今の彼女――それから、二日目の夜にルアム③の死体を発見したあとと、今日校舎の屋上でハイメと会っていたマナオ③……の振りをしていた彼女――が着ていたのは、十年近く前に終了した「少女たちがトップアイドルを目指してカードを集めるアニメ」のTシャツだったのだから。


「そ、そのあとは、ずっとマナオたちと一緒にグループチャットで情報共有し合ってましたから、完璧だったはずですけどお……。で、でも今日……校舎の上で城鳥さんと出会ったとき……彼女から、じーっと顔を見られたのは、少し焦りましたあ……。もしかしたら、どこか違和感でも感じさせてしまったんじゃないかとお……つい、目を背けてしまいましたあ……。

い、いくらDNAさえ同じ一卵性の双子でも……『好きなアニメ』とか、『指紋』とか、『アレルギー』とかあ……。そういう、環境の影響を受けるものは違ってしまうことがありますからねえ……。い、一応、城鳥さんの部屋に入る前に、指紋をつけないように軍手なんかしてみましたけどお……バレてないですよねえ……?」

 そんなことを言って芥子川マナオ……の双子の姉の芥子川マナミは、

「ま、まあ、大丈夫ですよねえ……? だって、だって……こういうのって大抵、『怪しすぎるキャラは逆に犯人じゃない』ってことになってるのですからあ……。ぐふ、ぐふふ……ぐふふふふ」

 と、不気味な笑みを浮かべるのだった。

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影法師は校舎に消える 紙月三角 @kamitsuki_san

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