第9話 彩りの時を紡いで ~未来への手紙~
◻️2025年の日記:
「医者から余命1年と宣告されたわけでもないのに、
どうしてこんなにも不安なんだろう。
健康診断は問題なかったし、貯金も多少はある。
でも、未来が不確かで何も手につかないような気がして、
何をすればいいのかわからない」
老後2000万円問題、年金の行方、医療費の増加、物価の高騰…
こうしたニュースが毎日のように流れるたびに、30年後の自分なんて想像するのが怖くなる。やりたいことはあっても、どこか不安が重くのしかかり、動けなくなってしまう。
そんな時、街中で一枚の貼り紙が目に入った
「 明日の不安より、今日の笑顔を
—— 未来は、現在を生きる人のためにある 」
その言葉を読んで、ふと思った。
「もし、残り1年しかない人生だったら、何を考えるだろうか?
今何が大切で、何をすべきなのか?」
同じ人生なのに、長い未来を見据えたときと、
残り1年を考えたときでは、どうしてこうも違うのだろう?
2026年の日記:
「新しい医療制度が始まって、予防医学がずいぶん進んできた。
がんの健診や治療に関する情報公開が進み、過度な検査や治療が、かえって健康に悪影響を及ぼす可能性があることがわかってきたのは大きな変化だ。今まで、良かれと思って受けていた検査や治療が、実はそうではなかったということが明らかになってきたんだから。
それから、薬や食品添加物の情報もきちんと開示されるようになって、私たち消費者がより賢く選択できるようになったのも良いことだ。何が入っているかわからないものにお金を払う必要がなくなったんだから。
健康に対する意識が高まって、街中でも笑顔を見かけることが多くなった。これは本当に嬉しい変化だ。みんなが健康について真剣に考えるようになったおかげだろう。
ただ、情報公開が進んだことで、今まで自分が間違った医療を受けていた、あるいは大切な人に受けさせてしまったことに落ち込んでいる人もいるようだ。過去を悔やむ気持ちはわかるけど、これからのことを考えて、少しでも健康に過ごせるように前向きになってほしい。仕方なかったと割り切るしかない部分もあると思う」
◻️2027年の日記:
「ついに、というべきか、やっぱり、というべきか…金融マフィアの存在とか、今までブラックボックスだった紙幣発行権のカラクリが、広く知られるようになった。最初は陰謀論だとか言われてたけど、色々な情報が明るみに出て、さすがに無視できなくなったんだ。各国政府も、今までみたいに好き勝手にお金を使えなくなって、財政の是正を余儀なくされた。そりゃあ、今まで甘い汁を吸ってた人たちは大騒ぎだよ。ニュースとか見てると、財産をいっぱい持ってる人たちが、既得権益を守ろうと必死になっているのがよくわかる。
でも、この情報公開で、小さくない混乱が起こったのも事実だ。今まで信じていたものが覆されたり、誰を信じればいいのかわからなくなったり…不安を感じている人もたくさんいる。特に、今まで何も知らずに真面目に働いてきた人たちほど、ショックが大きいみたいだ。でも、全体的には、格差が是正される方向への動きだってことで、庶民の間では歓迎ムードが広がっている。今まで搾取されてきた分、少しはマシになるんじゃないかって期待してるんだと思う。
そんな中で、年金制度の改革も進んだ。今まで、将来年金がもらえるのかどうか、みんな不安だったけど、今回の改革で少し安心できるようになった。もちろん、まだまだ課題はあるけど、一歩前進したことは間違いない。
それから、高齢者の知恵を活かした新しい仕事が生まれたのも、大きな変化だ。長年培ってきた経験や知識は、若い世代にとって本当に貴重な財産だ。祖父も、その一人。自分の経験を活かして、オンライン講師を始めたんだ。これがまた、すごく人気なんだよ。人生経験に基づいた話は、教科書で学ぶよりもずっと心に響くし、ためになる。若い人たちも、祖父のような高齢者の知恵を学びながら、新しい技術も身につけて、自分なりの方法で社会に貢献しようと模索している。世代を超えた交流が生まれて、社会全体が活性化している感じがする。
私自身も、祖父の姿を見て、何か自分にできることはないかと考えるようになった。今まで当たり前だと思っていたことが、実はそうではなかったと知った今、自分たちが生きる社会をより良くするために、何ができるのか、真剣に考えなければならないと思う。混乱はあるけれど、変化の波に乗って、より良い未来を築いていきたい」
◻️2028年の日記:
「最近、地域の繋がり方が大きく変わってきた。数年前までは他人事だった地域経済が、今はとても身近に感じられる。自治体主導の地域活性化のおかげだ。既得権益層の抵抗もあったらしいが、市民の支持で乗り越えたらしい。
特に大きいのは、地域経済が自立してきたこと。これまで中央に吸い上げられていたお金が、地域で循環するようになった。中心にあるのは地域通貨。目的は地域経済の活性化だ。
面白いのは、経済効果だけでなく、人々の繋がり方も変わったこと。お金を介した繋がりだけでなく、得意分野を活かし合う、直接的な繋がりが生まれてきている。
例えば、隣のおばあちゃんの野菜と、私のIT知識を交換するようになった。おばあちゃんは余った野菜を有効活用でき、私はスマホの使い方などを教える。お金のやり取りは一切ない。他にも、職人さんの家具とボランティア時間、農家さんの米と学生のウェブサイトなど、様々な交換が行われている。
こういう循環が、新しい豊かさを生み出している。お金だけが価値じゃない。人々の創造性や才能が自由に発揮されるようになった。地域社会はより強く、持続可能な形で繋がり合っている。
私自身も変わった。以前は自分のスキルはお金を稼ぐ手段だと思っていたが、今は地域貢献に喜びを感じる。近所のお年寄りにスマホを教えるボランティアを始めたのがきっかけ。そこで、おばあちゃんと知り合った。おばあちゃんにスマホを教え、野菜をもらうようになった。他の人からもIT関係の依頼を受けるようになり、お礼に木工品や地域通貨をもらうことも。
こういう活動を通して、地域の人たちと繋がり、地域の一員になれた。以前は自分のことばかり考えていたが、今は地域のことを考えるようになった。地域イベントに参加したり、地域の課題について意見交換したりするようになった。本当に大きな変化だ。」
◻️2030年の日記:
「かつての不安が、なんだか遠い記憶になってきた。
年金の心配をする必要もなくなった。というより、お金だけで老後を支えるという考え方自体が、過去のものになったと言った方が正しいかもしれない。今は、助け合いの精神が根付いた社会になり、人々が互いに支え合うことが当たり前になったからだ。
私は今、地域のコミュニティカフェで週に数回、ボランティアとして働いている。以前は会社員として忙しく働いていたけれど、今は自分のペースで、無理なく地域に貢献できるこの活動が、とても充実している。カフェでは、地域の人が集まってお茶を飲んだり、情報交換をしたりしている。私は、そこで飲み物を用意したり、簡単な調理をしたり、時にはイベントの企画をしたりしている。
カフェ以外にも、地域の高齢者向けのITサポートなども行っている。以前、私が勤めていた会社で培ったITスキルが、今、地域の人たちの役に立っているのだ。スマホの使い方を教えたり、オンラインでの手続きを手伝ったり、地域の情報サイトの使い方を教えたりしている。お礼に、手作りの料理や、庭で採れた野菜などをいただくこともある。お金のやり取りはほとんどない。基本的には、お互いの得意なことを持ち寄り、助け合っている。
各自が自分に合ったペースで活動や貢献をし、充実した生活を送るようになった。以前のような、時間に追われるような生活ではなく、自分のペースで、自分の得意なことを活かして、地域社会に貢献できる今の生活は、本当に充実している。
そして何より、『お互い様』の精神が社会の根幹となり、支え合いが自然な形で広がっている。困った時は誰かが助けてくれる、嬉しい時は誰かと分かち合える。そんな、温かい繋がりの中で、私たちは生きている。かつて感じていた未来への不安は、今はもう、ほとんど感じない」
◻️2035年の日記:
「『人生100年時代』という言葉、昔はなんだかプレッシャーだったけれど、今は本当にそうなんだなぁって実感する。だって、祖父はもう90歳を超えているのに、毎日元気なのだから。地域の歴史を語る祖父の講座は、いつも若い世代でいっぱいだ。昔の暮らしの話とか、この辺りの移り変わりとか、私たち世代には懐かしい話も、今の若い世代には新鮮みたいで、いつも質問攻めにあっている。祖父の話を聞いていると、昔の人の知恵って本当にすごいなぁって改めて思う。
私自身も、祖父の姿を見て、何か自分にできることはないかと考えるようになった。今まで当たり前だと思っていたことが、実はそうではなかったと知った今、自分たちが生きる社会をより良くするために、何ができるのか、真剣に考えなければならないと思う。
最近、やっと周りを見る余裕が出てきて、色々気づくようになった。フリーエネルギーのおかげで、エネルギーの心配はほとんどなくなったけれど、その裏で、今まで当たり前だと思っていたことが、実はそうではなかったと知った。特に気になるのは、昔、あちこちに建てられた巨大なソーラーパネル。エネルギー問題が深刻だった頃は、あれが希望の光に見えたけれど、今見ると、なんだか痛々しい。山を削って無理やり作られた場所もあって、自然を壊してまで手に入れたエネルギーだったのだなぁと、今更ながらに気づかされる。
そして、祖父の話を聞くうちに、昔の人々は本当に自然を大切にしていたのだなぁと思い至った。今まで、自分のこと、地域のことで精一杯だったけれど、地球全体のことを考えなければいけない時期に来ているのだと、強く感じるようになった。自分たちが生きる社会をより良くするために、何ができるのか、真剣に考えなければならないと思う。
それで、最近、地域の仲間たちと、昔ながらの暮らし方を見直す活動を始めた。昔の人々は、今よりもずっと少ないもので、自然と調和して暮らしていた。その知恵を学びながら、今の生活に取り入れられることはないか、みんなで試行錯誤している。例えば、地元の木材を使った家づくりとか、旬の食材を使った料理とか、できることから少しずつ。混乱もあるけれど、変化の波に乗って、より良い未来を築いていきたい。
まだまだ課題は山積みだけれど、少しずつでも、できることから始めていこうと思っている。今まで見えていなかったものが見えるようになって、なんだか、新しい冒険が始まったみたいで、少しばかり高揚している。」
◻️2055年の日記:
「30年前の不安は、今となっては笑い話だ。あの頃、私たちは『人生100年時代』なんて言葉に、どこか脅迫観念のようなものを感じていた。老後資金は足りるのか、健康寿命はどれくらいなのか、長く生きることが本当に幸せなのか…そんなことばかり考えて、目の前の時間を十分に味わえていなかった。
特におかしいのは、健康ブームの過熱ぶりだ。誰もがこぞって最新の健康グッズに飛びつき、テレビでは毎日のように健康番組が放送されていた。祖母の冷蔵庫には謎の健康ドリンクが常にストックされていた。今思えば、そのドリンク、ほとんどが砂糖水だったんだけどね。
それから、AIに仕事が奪われるんじゃないかという不安も大きかった。多くの人が、自分の仕事がAIに取って代わられることを恐れ、必死にスキルアップに励んでいた。私もその一人で、プログラミングスクールに通ったり、オンライン講座を受けたり、寝る間も惜しんで勉強していた時期があった。でも、実際には、AIは私たちの仕事を奪うのではなく、むしろサポートする役割を担うようになった。今では、AIと協力して仕事をするのが当たり前になっている。あの時の必死さは、一体何だったんだろうって、笑ってしまう。
残り時間を数えるのではなく、今この瞬間を味わうことを、私は学んだ。
人生は長さではなく、その彩りで測るものだったんだ。
祖父がよく言っていた。
『人生はマラソンではなく、美しい景色を巡る旅のようなものだ』と。
今なら、その言葉の意味がよくわかる気がする」
変奏する世界 ~見方を変えれば世界が変わる~ 行雲流水 @yomukatsu
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