等身大の冬

幸まる

願い

人気ひとけのない公園のベンチ。

近付けた顔に、息がかかった。

冷たい外気に冷えた頬に、僅かな温かさがしみる。


寿鈴すずは、ぎこちなく俯いた。

すぐ側にあった大樹だいきの唇が、サラサラの前髪で隠れた、寿鈴の額に軽く触れた。


そろりと寿鈴が目線を上げれば、目が合った大樹は、恥ずかしそうに、そしてほんの少しだけ困ったような顔で笑った。


「ごめん。こんなとこで、嫌だったよな」


唇があと少しで触れ合う程に近付いていたのに、寿鈴がそれを避けても、大樹は怒ったりしないでこんな顔で笑ってくれる。

寿鈴は胸の奥がキュッとなるのを感じながら、ふるふると首を振った。


「ち、違うの、嫌なんじゃなくて……驚いちゃって」

「うん、ごめん。つい、さ……」


恥ずかしくなり、寿鈴は頬を染めて再び俯いた。


『つい』って、どういうことなんだろう。

だいちゃんは時々こうやって、急に近付いて触れようとするから、どうして良いか分からなくなる……。




年が明けて、元日。

高校一年生の大樹と寿鈴は、二人で近くの神社に初詣に出掛けた。

今年初めてのデートだ。


初詣を終えて、どこかのお店に入ろうかと考えたが、近くのカフェもショッピングセンターも元日は休みだった。

そのまま別れて帰る気にはなれなくて、話し合ったわけでもないのに、二人は下校中によく落ち合う公園に歩いて来たのだった。



好き。


寿鈴がそれをはっきり自覚したのは、中学卒業の頃だった。

二人は幼馴染。

家は一ブロック隔てた近所で、幼稚園から小中学校までは同じだった。

高校生になり、別々の学校へ進学したが、時々この公園で会って一緒にいる内に、お互いの想いを伝え合って今に至る。



膝の上に置いた手をぽんと軽く叩いて、大樹が立ち上がった。


「寒いよな。なんか温かいもの買って来る。寿鈴はココアでいい?」

「うん。あ、だいちゃん、私も行く」


寿鈴が続けて立ち上がり、公園の入口にある自動販売機に向かって二人は歩き出す。



『一緒に初詣に行かない?』


そうやってメールで誘ったのは寿鈴の方だ。

いつもは家族と出掛ける、新年最初の特別な日に、大樹と一緒に初詣に行ってみたかった。


いや、特別な日なんて関係ない。

……ただ、会いたかっただけ。


寿鈴は少し前を歩く、背の高い大樹を見上げる。


ただの幼馴染に、“彼女”という肩書きがついたのは、ごく最近のこと。

恋愛に対して臆病な程に奥手だった寿鈴は、好きを自覚してからも強くアピールできなかった。

思わぬタイミングで大樹から告白されて、嬉しくて、嬉しくて……、でも関係が変わるのが怖くて、なかなか先へは進めていない。


キスはまだ、二度。

どちらも大樹の部屋だった。


親友の日向子ひなこは、「あり得ないでしょ!」と呆れていた。

好きなら、もっと近付きたいし、触れたいと思うのは当たり前だと言うのだ。

キスだって、その先だって……。


「彼氏のこと、好きなんでしょ? もっと背伸びして頑張りなよ!」と日向子は言った。

分からない。

好きだったら、頑張らないといけないの?

背伸びしないと、駄目なもの?


寿鈴は顔が熱くなるのを感じる。


……したいよ。

キス、したい。


でも、恥ずかしくて、強張って、ぎこちなくなってしまう。

だいちゃんの顔が近付くと、いつもより真剣な瞳が見えて、胸が苦しくなって、どうしよう……って、なってしまうの。

気が付いたら、俯いてしまう。

だって、ドキドキして、そのままじっとして目を閉じてなんて居られないの。


……私、変なの?

こんな私じゃ、だいちゃんはいつか呆れて嫌いになっちゃうのかな……。



寿鈴が冷たい手をギュッと握りしめた時、ガコンと音がした。

大樹が自動販売機で、ココアを買ったのだ。


「温かいよ」


取り出し口から缶を取り、振り向いてそう言って笑ってくれた大樹の顔は、寿鈴にとって安心出来て、堪らなく好きな表情で。


さっきからずっとキュッとなっている胸が、痛いくらいになって、寿鈴は思わず、ココアを受け取ろうとしていた手で大樹のダウンジャケットの袖を引き、つま先立ちして顔を寄せていた。


袖を引かれた大樹の上半身が、ほんの少しだけ傾いだ。

それでも、小柄な寿鈴の背伸びでは届かなくて、唇は大樹の顎辺りに触れた。


驚いて目を見開いた大樹の顔が見えた。


でも次の瞬間、大樹が俯いて、唇が触れ合って、寿鈴はごく自然に目を閉じていた。



踵はゆっくりと下ろされたが、二人の唇は、しばらく離れなかった。

まだドキドキとして苦しいのに、寿鈴は不思議と満たされて、胸の痛みは身体中にジンジンと、冷えた身体を温める熱のように広がっていく。


そうか。

『つい』って、こういうことなんだ。

考えるより先に、動いちゃうんだ。

大好きだと、つい、近寄ってしまうんだ。



私、だいちゃんが、とても好き……。



唇がようやく離れると、寿鈴はやっぱり恥ずかしくて、大樹の顔を見られなくて俯いてしまった。


「寿鈴」


頭上から掛けられた声はとても優しくて、寿鈴はそっと視線を上げる。

少しも変わらない大好きな笑顔がそこにあって、ホッとした。


「好きだよ」


冷たい手を取られ、ココア缶が握らされた。

指先から伝わる熱は、じわりと幸せな気持ちをくれる。




きっとこんな風に、ゆっくりでも、ちゃんと進んでいける。

だいちゃんは背伸びなんて出来ない私のことを、こうやって、ずっと大事にしてくれたから。


『今年もだいちゃんと一緒にいられますように』

神様に願ったことは、きっと叶う。

寿鈴はありのままの気持ちで、大樹に笑顔を返した。




《 終 》

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