第2話 煙草吸いてぇ

2024年 11月末


 親の顔より見た入院病棟。

 すまん、それは言い過ぎだ。


 某病院の三階が俺のホームだ。

 相変わらず空気がピリついるし、臭いがこもっていてやべぇ。


「おいげんさーん、こちらのベッドをご利用ください」

「はーい。あざーす」


 入院ビギナーの諸君に言おう。

 きちんと同じ四人病室の人に贈り物は用意したかな?


『入院時は同室の患者に手土産を渡す』

『必ず羊かんか、果物とする』

『担当の看護師さんにも同様のものを渡す』


 これは大人のマナーで、基本中の基本だ。忘れたらだめだぞ。


 嘘だぞ。


 俺は鼻毛を抜きながら、静かに身の回りの道具を所定の位置へ。

 早速スマホを電源に突っ込んで、レッツ盗電。


「おいげんさーん、入院時の確認を―—」


 一息つくのはもうちょい先だ。

 最初は担当さんや薬剤師さんに自分のステータスを全て開陳し、手持ちの薬を渡すところから始まる。


「おいげんさん、たくさんお飲みになられてますね……」

「口頭では言い切れないので、手帳をお預けします」

「あ、助かりますぅ」


 うるさいですぅ。

 なんてことは言ってはいけない。めんどくさい手続きでイラっとする気持ちはわかる。けれど相手も仕事で面倒を見てくれているのだ。

 小難しいお客にならんよう、こちらも笑顔で接するのを忘れてはいけない。


「それじゃああとで栄養士が参りますので」

「わかりました。よろしくお願いします」


 こう、アニメのオープニングかな? って思うほどに色々な人が来る。

 最後にやや時間を空けてノリちゃんが来た。


「やーどうもどうも」

「あ、どもっす。また戻ってきてしまいましたよ」

「そっすねー。まあゆっくり休んで、しっかりと治しましょう」

「…………」


 ゆっくりしたくねぇ。

 既にもう喫煙衝動がマックスになってる。

 偏頭痛もじわじわ来てるしな。


「ところでおいげんさん。『血』出ました?」

「……うぐ」

「出ましたね?」

「……はい」


 まあ隠しても意味はないし、却ってマイナスにしかならんのでゲロっておく。

 

「そうですかー。ちょっとそれは困りましたね」

「……どう、困るのですか?」

「具体的に述べると、点滴24時間コースになります」


 あ、ノリちゃんの口調が重くなってきた。これはホンマモンやわ。

 

「ま、そういうことで覚悟はしておいてくださーい」

「あ、はい。またあの機械を?」

「そっすねー」

「そっすかー」


 微妙に年がわからない笑顔を見せ、ノリちゃんは颯爽と立ち去っていく。

 やれやれ、これで安眠はまったく保証されなくなったわけか。

 

 この24時間点滴。これがガチで鬼門なんよな。

 

 まずもって、俺は態度に反比例して血管が細い。

 んじゃあどうなるかっていうと、手の甲にぶっとい点滴針刺すんだわ。

 これがクッソいてぇ。


「はーい、おいげんさーん。点滴しますねー」


 ブチュッ。


「あだだだだだだ、ちょ、むり。いててててて!」

「そうですねー痛いですよねー」

「わかってんならやめろゴルァ! あだだだだだ」


 っていう未来が待っている。

 無論大人なので悪態はつかないが、顔がピカソの絵画のように歪むほどの痛みがあるのは容易に想像できるだろう。


 まだ終わりじゃねえぞ。安心するな。


 点滴管理用の変なマシーンをつけられるわけだが、こいつがマジでクソ。

 控えめに言ってトップオブウンコ。

 堆くそびえたつクソだ。


 こいつは点滴が何かの拍子に落ちなくなると、けたたましいアラームを鳴らして来る。朝でも、昼でも。そして深夜でも。


 あのさぁ、俺睡眠障害持ってんのよ。

 んだから、夜は薬でスヤスヤしないと次の日から激烈に体調を崩すわけ。

 でもこいつはお構いなく、深夜に『ピー! ピー! ピー!』っと鳴る。

 てめーは江頭か。


「しょうがない……昼間にうとうとできればいいか。それしかないよな」


 そうつぶやいた俺の耳に、轟音が響く。

 場所は三か所。


 そう。今回の四人部屋、全員がキチゲェのようにイビキがうるせえ。

 まあ俺もイビキはかく派だから人の事責められねえが、まあうるせーのなんの。

 

 俺うとうと。

 村人A「ゴッガァァァァアアアア!!」


 俺イライラしながらもウトウト。

 村人B「フゴッ、フゴゴゴゴゴゴッ、ンゴゴゴゴ!」


 俺血管が切れそうになりながらもウトウト。

 村人C「ホギョッ、ウンドゥルグオオオァァァ!」


 寝れるかボケ!!

 貴様ら寝言で会議でもしてんのか!?

 お前ら全員顔に濡れタオルでも置いてやろうか!


 つーわけで、俺はこの入院期間、安眠不可という強烈なハンデを背負ったわけだ。

 ウンコしながらトイレでカクンと落ちそうになることもあった。

 健康になるために入院したのに、なんで以前より悪化してるんですかねぇ……。


 もうスマホを触る気力もありゃしない。

 分かってると思うが、これまだ序盤だからな。

 こんなん血圧上がって死ぬわ。


 上記の事を涙ながらにノリちゃんに訴えたが、帰って来た言葉は非情だった。


「大腸検査の日に手術入っちゃいまして。少し延長してもいいですか?」

「えぇ……」


 ぐぬ、まあ、致し方ない。

 幾分余裕がある俺よりも、手術を要する患者さんが優先だ。命のトリアージは現場レベルで絶えず入れ替わっている。


「わかりました。いやー、タバコ吸いたいっすね」

「は?」


 ノリちゃんの表情が消える。

 目のハイライトも消えた気がした。


「いや、いつも思うってだけで」

「持ってきてませんよね?」

「無いです。調べます?」

「信用にかかわるので、そこは嘘つかないでくださいね」


 こえぇ。

 ちなみにマジで持ってきてない。

 身体検査されてもシロだ。

 

 ここで諸兄に教訓だ。

 入院中でも何でもいいが、お医者さんに冗談は通じない。

 彼らは日々タイトで忙しないスケジュールで動いている。そこで笑えないネタをぶちこむと、質疑応答からブチャラティ並みの拷問になるだろう。


 そして迎える大腸検査の日。


 俺は―—

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病弱黙示録おいげん 魔の闘病記 おいげん @ewgen

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