【短編】つま先で、トントントン。

藍銅 紅(らんどう こう)

【短編】つま先で、トントントン。

 つま先で、トントントン。

 ステップ踏んで、蹴り飛ばす。



          ☆★☆



 異世界転生なんかしなくても、アタシが生まれ育った港町は異次元だ。


 ……というのはちょっと語弊があるか。


 年末年始の夜に限っては、異次元に迷い込んだような街並みになる。


 光り輝く夜景。光が海に映る。

 波打ち際のウッドデッキに現れる巨大なクジラ。音楽に合わせてゆったりと光を放ちながら泳ぐ。

 人の動きに反応して、光り方が変わるツリー型の光のアート。芝生の地面の上に赤や黄色や緑、様々な光の模様を描いていく。

 屋内のフロアの床や壁に、クマノミやエンゼルフィッシュなどの小魚たち、マグロ、シイラ、カジキなどの魚群が泳いでいく。

 ビルもタワーも観覧車も、ライトアップされてキラキラ光る。


 高度なプログラミング映像技術を用いられた映像表現。

 光と音楽の融合による幻想的なイルミネーションイベント。

 インタラクティブ・デジタルアート。

 プロジェクションマッピングと言ったほうがわかりやすい?


 そんな感じで街全体が、光と音で彩られ、あちらこちらでスペクタクルショーが繰り広げられる。


 異次元というか、SF空間?

 すごくきれいで異世界的。


 そんな夜の街を、アタシは歩く。

 海風に髪をなびかせながら。

 ひとりで。


 本当は、ふたりで歩く予定だった。

 十年も一緒にいた、恋人っていうか婚約者。

 でも……。


 どこからともかく聞こえてくる音楽。男の子たちが光を追いかけて走り、笑う。

 バタバタバタ。


 軽い足音。

 バタ。

 男の子のひとりが、転んで泣いた。


 うわああああん。

 タンタタンタン。


 痛いよー。

 トン、トトン。


 泣き声すらどこか音楽的で。

 アタシは泣き声に合わせてステップを踏む。

 そうして、泣いている男の子の前にしゃがみ込む。


「見て」


 小さな円筒形の紙容器……つまりは単なるクラッカー。

 シールをはがして紐を引く。火薬が発火して「パン」と音が鳴って、紙テープが飛び出していく。


「わあ……」


 びっくりした顔の子どもに、別のクラッカーを差し出した。


「これ持って、この紐をひっぱって」


 せーので一緒に鳴らすクラッカー。


 泣いた子どもは笑顔になった。


「これ、もらっていーい?」


 男の子が言った。


「いーよ」


 答えて笑顔でバイバイをする。


 男の子はクラッカーを持って、お母さんのほうへと走っていく。


「おかーさーん、これ、おねーちゃんにもらったー」


 びっくりした顔のお母さんが、遠くからわたしに向かって頭を下げる。


「ばいばーい、ありがとー」

「バイバーイ。よい夜をー」


 男の子とお母さんに手を振って、アタシは歩きだす。


 本当は、アイツと一緒に鳴らすつもりだった。

 たくさんクラッカーを鳴らそう。

 新しい年を一緒に祝おう。

 一晩中楽しもう。


 今日は、その予定だった。


 なのに。


 クリスマス・イブも一緒に過ごした後の、新年直前の別れってどういうこと?


 詰め寄るアタシにアイツは言った。


「やっぱりオマエより、コイツのほうが『運命の恋』って感じがしてさ」


 悪びれないで、笑顔で。

 コイツと呼ばれたかわいい女の子と腕を組んで。


 ああ、そうですか。


 苛立つ気持ちを抑えようと、ブーツの先で地面を叩く。

 トントントン。

 叩いても、苛立ちは止まらない。


「まあ、あれだ。今年の恋は、今年のうちに。来年はお互い新しい恋に生きようぜ」


 トントントン。

 トントン。

 トン。


 リズムを止めて、一歩踏み出す。

 右足を振り上げて、思いっきり蹴り飛ばす。


「ぐっ!」


 当たり所が良かったのか悪かったのか。

 アイツは股間を抑えて沈み込んだ。


「その顔、二度と見せるな、バーカっ!」


 左手の薬指から指輪を抜いて、投げつける。

 アイツの額にぶつかって、スコーンと間抜けな音を立てた。


 大股で、ドスドス歩く。


 十年も付き合ったのに、馬鹿々々しくて、涙すら出てこない。


 歩いていたら大桟橋に着いた。

 ウッドデッキの階段に七色の光が走る。まるで虹みたい。その虹が広がって、七色の絨毯になり……、光が消える。

 けれど、すぐに青い光に変わる。滝のように流れる色。その色の中を、光のクジラが悠々と泳ぐ。


 光を追いかける子どもたち。スマホで撮影する大人たち。


 音と光に合わせて、アタシはステップを踏んでみた。

 手を伸ばし、ターンをして。

 踊る。


 しばらく無心で踊っていたら、パフォーマーの人と間違われたみたい。アタシの周りにぐるっと人だかりができていた。


 わあっ!


 ……えーと、どうしよう。


 観覧車の時計表示を見たら、あともう数分で新年だった。


「えーと、皆さん」


 大きな声を出しながら、ポケットや斜め掛けにした鞄の中からクラッカーを取り出した。


「まもなく新年。汽笛が鳴るのと同時に、クラッカーを鳴らしましょうっ!」


 大量に持っていたクラッカーを、周りの人たちに配る。


 まもなく新年。

 汽笛が鳴る。


 ボーっという低い音にかぶせるように、クラッカーが音を立てる。


「新年おめでとう!」

「ハッピーニューイヤーっ!」


 見知らぬ人たちと言いあって。

 クラッカーを空に掲げて。

 持っていない人とはハイ・タッチ。


 過ぎた年にサヨウナラ。不実な婚約者との記憶も、海に捨てる。


 ああ、楽しかったね。

 サヨウナラ。


 新しい年が良い年でありますように。







 終わり



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