お稲荷さんちのアライグマ 〜恋しいもふもふ〜

右中桂示

アライグマと末端冷え

 年の瀬も近い稲荷神社。寒風が吹く鎮守の森は物寂しいが、神社の内側は初詣に備える為に慌ただしかった。


 薄墨は神社の前、狛狐の傍でしゃがみ込んでいた。掃除を任せられたのだがまるで進んでいない。

 グレーのふわふわした髪、ベージュのセーター。オレンジのマフラー。髪と同じ色をした縞模様の尻尾も震える。


 彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。


「冷たいぃぃ〜」


 服やマフラーは確かにポカポカして寒風から守ってくれる。

 しかし爪先が冷えた。厚い靴下やブーツはしっかり履いているのに、爪先が氷のように冷たかった。

 ブーツの中で足の指をもぞもぞと動かして抵抗するも効果は薄い。早く室内に入りたくて仕方がなかった。


「前はこんなじゃなかったのにぃ」


 アライグマとして冬を何度も体験したが、こうも辛くはなかったはず。自然と眠る時間が増えていた気もするがそのおかげか。冬でも元気に暴れていられたのだ。


「人間は弱いよぉ」

「気持ちは分かります。しかし文句を言わずに仕事をしてください」

「無理だよぉ」


 聞き慣れた厳しい声に答えつつも、薄墨はブーツを脱いで爪先を手で擦った。まず触った手まで冷たい。それでも少しはマシになってきただろうか。


「いつまで経っても終わりませんよ」

「温かくなってからでいいじゃん」


 薄墨は爪先を温めながらムスッと顔をしかめ、抗議しようと横を見た。

 

 声をかけたのは、稲荷神社の神使たるキツネ。神社を荒したアライグマに薄墨と名を付けて人の姿に変えた張本人だ。

 初詣の準備で忙しいはずだが、進まない掃除を見かねて来たようだ。

 そして、普段は整った顔立ちで神職の服装を着た男性の姿なのだが、今は神使本来の姿であるキツネだった。黄色い毛並みは輝くように綺麗でフカフカだ。


「あ、ズルい!」

「いえいえ。この姿なら暖かいという訳でもありません。あなたもそうだったでしょう? 暖かい服を着られる人間の方が暖かいんですよ」

「じゃあなんでキツネはキツネなの!」

「はははは」


 笑って誤魔化す神使。やっぱり毛皮がフカフカして暖かそうだ。


 薄墨は自分の尻尾を前に出して触る。もふもふと手触りが良くて自慢の尻尾。

 この暖かくて可愛いマフラーにも負けていない。改めて確信した。


 なので頬を膨らませて訴える。


「あたしも戻してよ!」

「私自身はともかく、あなたまで簡単に姿を変えられる程神力に余裕はありません。それに元の手足で仕事ができますか?」


 神使は器用に狐の前足で狛狐についた苔を落としていた。どうやって道具を持っているのか、薄墨にも分からない。


「むむぅ……」

「まあ、我慢してください。終わった後は熱々の食べ物を用意してありますから。コタツで食べましょう」

「え、なにがあるの?」

「肉まんと鯛焼きです」

「よし、頑張る!」


 ブーツを履き直して狛狐に向き合う薄墨。全くなかったやる気が満ちていた。

 食べ物に簡単につられる単純さに呆れつつ、神使は優しい笑みを浮かべた。


「相変わらずですねえ」

「ホラ喋ってないで早くして!」

「あなたも頑張るんですよ?」


 尻尾のある薄墨とキツネの神使、二人並んで掃除する姿は微笑ましい絵面。和やかな空気が流れていた。



 その後コタツで肉まんと鯛焼きをハフハフと頬張るのは正に至福の時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お稲荷さんちのアライグマ 〜恋しいもふもふ〜 右中桂示 @miginaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画