概要
伊達政宗の背後には比類なき知恵者の存在が見えてくる。
伊達政宗、「独眼竜」として大河ドラマなどにも取り上げられている。如何にも勇猛そうな呼び名は江戸時代後期の儒学者・頼山陽の漢詩から引用されたもの。しかし、実際に政宗が戦に強かったなどという話はあまり聞かない。
1590年、政宗は秀吉の小田原攻めに遅参した。通説では、弟を溺愛する母に毒を盛られたためとされている。政宗は弟を誅殺し、母・義姫を実家の最上に追放した。これで何とか秀吉のお咎めを逃れることができたというわけだ。しかし近年に発掘された資料によれば弟は寺に預けられ、母とはその後も親密な書状をやり取りしていた形跡が残されている。
遡れば政宗が家督を相続した時、拉致された父もろとも敵を殲滅している。いくら父が「儂もろとも撃て」と言ったとしても・・・、ここは裏から見た方が腑に落ちる。
若き政宗が秀
1590年、政宗は秀吉の小田原攻めに遅参した。通説では、弟を溺愛する母に毒を盛られたためとされている。政宗は弟を誅殺し、母・義姫を実家の最上に追放した。これで何とか秀吉のお咎めを逃れることができたというわけだ。しかし近年に発掘された資料によれば弟は寺に預けられ、母とはその後も親密な書状をやり取りしていた形跡が残されている。
遡れば政宗が家督を相続した時、拉致された父もろとも敵を殲滅している。いくら父が「儂もろとも撃て」と言ったとしても・・・、ここは裏から見た方が腑に落ちる。
若き政宗が秀
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