紙一重の愚か者
醍醐兎乙
紙一重の愚か者
発明家の男は、静かな昼寝を楽しむために、風鈴型の雑音収集機を開発した。
この風鈴を窓辺に吊るしておけば、外からの雑音を風鈴に溜め込み、代わりに風鈴の涼やかな音色で室内を癒やしてくれる。
ただし、風鈴に雑音を溜めすぎると風鈴の音色が濁ってしまうので、定期的に風鈴にこびり付いた粉状の雑音を、専用の手袋を使って掃除する必要があった。
粉雑音は密封していれば保存も可能で、男は粉雑音を瓶に貯め、収集していた。
男は発明に没頭し、疲れれば風鈴を使って昼寝をし、暇ができれば集めた粉雑音をイタズラに使う日々を過ごしていた。
ある日。
いつものように男が粉雑音を使ったイタズラを仕掛けていると、それを見ていた女に声をかけられた。
その女は舞台監督をしており、男の持つ粉雑音に興味があると言う。
男は不思議に思いながらも、雑音収集風鈴と粉雑音について女監督に説明した。
ある程度説明が終わると、次に粉雑音を使ったイタズラについて教えてほしいと頼まれた。
これまで自身のイタズラに興味を持たれたことのなかった男はわずかに興奮し、今までの説明より流暢にイタズラ武勇伝を語りだす。
専用手袋を使えば、ある程度粉雑音を加工できることを活かして、男はイタズラをしていた。
会話中の同僚研究者を相手に、粉雑音を握り固め、重く痛みのある雑音を投げつけ、会話に入れない鬱憤を晴らしたり。
見知らぬ通行人を相手に、粉雑音をさらに細かくすり潰し、風上からばらまくことで、わずかにしか聞こえない雑音を耳にこびり付かせ、心霊スポットを作り出せないか試したり。
嫌いな相手の食事に粉雑音を混ぜて食べさせ、口を開くたび雑音を吐き出し続ける雑音スピーカに仕立て上げる嫌がらせをしたり。
その他の様々なイタズラを聞いた女監督は目の色を変え、男に詰め寄る。
「その風鈴を売ってくれませんか!」
こうして女監督は観客席と舞台上で粉雑音の大きさを使い分け、立体感のある奥深い演出を成功させた。
粉雑音を初めて舞台に導入した舞台は、今までにない表現方法だと注目を浴び、女監督は様々なインタビューで『風鈴』についての熱い思いを語った。
女監督の熱意に負け『風鈴』を売ってしまってから、男の日常は一気に崩れた。
殺到する『風鈴』の注文。
男の所属する研究所は研究費の確保のため、それらの注文をすべて受け入れ、男に『風鈴』の作り方を共有することを求めた。
もともと、研究所で開発された製品の権利や製造方法は研究所が持つ契約になっている。
しかし人付き合いが悪く、それでいて性格も悪い男は、一人で開発していた。
そして誰にも気づかれることなく、密かに研究所の設備や資金を使い、自分だけの発明にのめり込んでいた。
今回の『風鈴』もその一つ。
そのことが明るみになり、男は研究所から厳しい取り調べを受けた。
その厳しい取り調べは男に耐えられるものでなく、すぐに研究所との契約違反を白状し、『風鈴』についての資料をすべて提出した。
そして男はクビを宣告され、研究所を追放された。
ただ男が『風鈴』の制作方法を素直に研究所に提出したことが考慮され、研究所から契約違反に対する罰則は免除された。
寒空の下、男は持ち出しを許可された僅かな荷物だけを手に持ち、研究所を見上げる。
(必ず研究所の奴らを見返し、日常を取り戻す!)
自分勝手な決意を胸に抱いた男は、こそこそと自宅へ逃げ帰った。
その後『風鈴』は研究所が始まって以来の人気商品となって売上を伸ばす。
その理由は『風鈴』が生み出す粉雑音。
音の物理加工が可能で、自然な臨場感のある効果音として人気が爆発。
それでいてジョークグッズとしても話題になり、バラエティー番組でも引っ張りだことなっていった。
さらに『風鈴』に雑音と判定されながらも耳心地の良い音を作り出す、専属雑音師も登場。
美しい雑音は美雑音と呼ばれ、雑音を必要とする様々な媒体で重宝された。
研究所を追放され、世間と離れて生活している男は、今の風鈴需要に戸惑っていた。
しかしそれならばと、男は再起をかけて世間が求めているものを作り出し、復権の足がかりにすることにした。
翌日、好きな音を録音できる、風鈴型の録音機を完成させた。
だが男は新たな『風鈴』を手に持ち、首を傾げる。
「それにしても……音の出る風鈴が人気なんて、変な世の中だ」
何も理解できない男は、何度も首をひねりながら『風鈴』を眺めた。
紙一重の愚か者 醍醐兎乙 @daigo7682
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