キューピッドは穴あき靴下

烏川 ハル

キューピッドは穴あき靴下

   

「柳原くん、そんな格好で寒くないの?」

 ひとつ先輩の吉川さんが、くすくす笑いながら声をかけてきた。

 サークルの練習が終わり、帰ろうと出口へ向かっていた時の出来事だ。


 吉川さんは、茶色いロングコートにベージュのニット帽、灰色のマフラーに赤い手袋という服装。まだ11月だというのに、既に真冬みたいな防寒ファッションだった。

 対して、俺が羽織っているコートは、秋物だからそれほど厚手ではない。とはいえ、コートの下にはタートルネックのセーターも着込んでいるから、吉川さんほどではないけれど、十分あたたかいよそおいだった。


「ええ、大丈夫ですよ。むしろ11月にしては着込み過ぎてるかな、って思うくらいで……」

 自らの胸元に、右手の親指をグッと向ける。コートとセーターを指し示したつもりだったが……。

 吉川さんの視線は俺の上半身ではなく、もっと下の方へ向けられていた。

 ふと気づけば、吉川さんの背後に隠れるように立ちながら、田辺さんも同じように俺を見ている。

 ただし目の色は吉川さんとは異なり、いたずらっぽい視線というより、なんだかあつっぽい眼差まなざしに感じられた。


 田辺さんは、俺と同じ2年生。

 セミロングの髪型がよく似合う顔立ちで、くりっとした瞳とふっくらした頬が可愛らしい。恋愛ごとにはうとい俺から見ても、なかなか魅力的な女の子だった。

 そんな田辺さんから、こんな目で見られると、ちょっとドキッとしてしまう。

「な、何ですか? 二人して……」


 動揺する俺の様子が、さらなる笑いを誘ったのか。

 吉川さんは、あからさまにニヤニヤしながら、俺の足元を指さした。

「コートやセーターじゃなくて……。ほら、それ!」

 俺は一瞬、吉川さんの指が向けられた先を、サークルの部室ボックスに敷かれた青いカーペットだと誤解する。

 しかしすぐに、自分の間違いに気がついた。

 釣られて俺も視線を落とせば、視界に入ってきたのは自分の足。黒いソックスに包まれた両足だったが、右の方はつま先に穴がいていて、親指が露出し、さらに人差し指まで顔を出していたのだ。

「あっ……!」


「ようやくわかったみたいね。足先が冷えると、体全体ぜんたいが寒くなると思うんだけど……。柳原くんは、そんなことないの? 鈍感なのかな?」

 冗談っぽく微笑ほほえみながら、吉川さんは去っていく。

 その後ろについていくような格好で、田辺さんも帰っていくのだが……。

 最後にちらりと振り返り、再び俺に意味ありげな視線を向ける田辺さん。

 そんな彼女の様子が、妙に気になるのだった。


――――――――――――


「柳原くん、私と付き合ってください!」

 田辺さんから告白されたのは、それから約1ヶ月後。クリスマスの少し前の出来事だった。


 俺も元々、彼女のことは魅力的な女の子だと思っていたくらいだ。断る理由などなく、その日から俺たちは恋人同士になった。

 ただ、彼女が俺のどこに惹かれたのかわからなくて、つい問いただしてしまったが……。

 すると彼女は、はにかみながら一言。

「うん、ひとめぼれだったの」


 俺たち二人がサークルで知り合ってから、既に1年どころか1年半以上も経過している。

 ひとめぼれならば、もっと早くに告白してきてもよかっただろうに……。

 不思議に思いながらも、それ以上は追求しなかった。

 まあ、こういうことは、口に出して尋ねるべきではないのだろう。

 実際わざわざ聞き出す必要はなく、その後、自然に答えを知る機会も生まれたのだから。


 田辺さんの言っていた「ひとめぼれ」の意味をようやく俺が理解したのは、付き合い始めてしばらく経ち、初めて深い関係になった時のこと。

 彼女には、男の体の一部を特別このんで愛撫する癖があったのだ。

 実は田辺さんは、極度のつま先フェチであり、俺のその部位に「ひとめぼれ」したらしい。




(「キューピッドは穴あき靴下」完)

   

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