メロスは王に激怒した。俺はつま先を庇いながらゲームの運営とタンスに激怒した。

❄️風宮 翠霞❄️

メロスと俺の違いはつま先。

 俺––––妻崎つまさき世和音よわおは、つま先を庇いながら激怒した。


 必ず、この邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの運営陣を除かなければならないと……あと、いつも自身のつま先に痛みを与えるタンスを壊さなければいけないと。


 俺は、つま先の絶望的な痛みに悶絶しつつゴロゴロと床を転がることでタンスから距離を取り、埃に塗れたパーカーでタンスとスマホを睨んでそう決意した。


「運営……あと、タンスっ……許すまじぃ……」


 俺には政治がわからない。

 なんなら、つま先をタンスにぶつけないようにする歩き方もわからない。


 俺は、自宅警備員である。

 実家を警備し、画面の向こうの世界を勇者として救い、そして部屋のドアやタンスの角に幾度となくつま先をぶつけて悶絶しながら暮らして来た。


 つま先とタンスの距離に鈍感な俺だったが、けれども長年遊んでいるスマホゲーム『NTR天国!!』のガチャ乱数に対しては、人一倍に敏感であった。


 きょう未明、俺はイベントガチャへの課金を始め……俺の嫁と言って可愛がる推しの女の子キャラが出ないことに不満を覚えた。

 そのため、自宅の警備を中断して近くのコンビニに行き……ATM経由で父の口座から、限度額いっぱいの金を引き落としてガチャに注ぎ込んだのだ。


 俺には父も母もまだ健在だ。

 おかげで、自宅を警備するという生活が出来ている。


 だが……人間として最低限必要であろう罪悪感は、幼稚園児の頃片思いをした女の子をNTRし寝取った時から存在しなかった。


 また、「お前友達いねぇだろ」というような奴もいなければ友人もいない。

 なお、上記の言葉を言われたら(親の)金で殴る。

 小銭は大量に準備すれば凶器にもなるんだ覚えとけ。


 俺は単純な男だった。


「つま先をタンスにぶつけて痛みを感じるならタンスを無くしてしまえばいい!!」


 と叫びながらタンスを破壊してNTR五回分の快感を覚え、その後すぐに父に正座で怒られてつま先の感覚を破壊されたくらいには、とても単純な男であった。


 そのため、俺はイベントガチャに七十万注ぎ込んでも推しが出ないことを確認した瞬間、考えなしに運営に鬼電した。


「はい、こち––––」

「嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない」


「はい、こ––––」

「嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない嫁が出ない」


「は––––」

「嫁嫁嫁嫁嫁嫁嫁嫁嫁嫁……俺の、嫁が、出ない!!」


 たちまち彼は運営のコールセンターから『キモオタ認定&危険人物認定』されて、ゲームのアカウントをBANされた。


 同時に、無断で口座から五十万引き落とされたことに気付いた父とタンスに貯めていたヘソクリが全額……二十万円分無くなっていることに気付いた母に怒られた。


 更に、自分が呪術師の家系であることを思い出した母によって、一生つま先をタンスにぶつけ続ける呪いをかけられて実際にぶつけ、悶絶していた。


 踏んだり蹴ったりである。


 王と友人になったメロスとは違い、俺には既にゲームの運営陣と和解する機会など用意されていなかった。

 だが、まだもう一つの標的とは和解の機会が残されている。


 俺のつま先を長年苦しめてきた、部屋の影の支配者にして残虐な王……タンスだ。


 何度壊しても、次の日には何故か父の憫笑びんしょうと共に元に戻っている魔王タンス。

 俺は、コイツだけは絶対に俺の人生から除かねばならないと決心した。


「覚悟しろっ」

 タンス「……」


「覚悟、しろよっ……」

 タンス「……」


「くっ、俺の、負けだ……認める。お前は、強い……」

 タンス「……」


 ……が、長年自宅警備員をしている俺の豆腐並の精神力では魔王に敵わなかった。


 いや、俺の現実リアルはパソコンの画面の向こうなので、フィクションでいかに負けようが微塵もダメージを負わないが。


「ひくっ……えぐっ……ひっく……」

「息子よ……俺は既に成人している息子がそんな風に泣くところなど、絶対に見たくなかったぞ……」


 ……負わ、ないがっ!!


「いぃっっっっっ!!」


 俺は涙……奮闘したことで出た汗を拭って父を追い出し、その時にドアでつま先を強打してまた悶絶する。


 そして、俺はなんとか立ち上がって磔にされているようなポーズでタンスを避けて部屋の端を歩き、目的のモノをゲットした次の瞬間……屈辱にまみれた表情でタンスに向かって土下座した。


 中学校を中退した結果、最終学歴が小学校卒となっている俺には……無機物は言葉を介さないという常識を知らない。


 そう、俺は単純な男だと説明があったはずだ。

 それくらいの常識がなくても何の矛盾もない。


 なので、至極真面目に布面積が限りなく狭くて肌面積が限りなく広い嫁(水着フィギュア)をタンスに捧げた俺は、頭を床に擦り付けながらとてもとても丁寧な日本語を使ってをした。


「ここに俺の嫁(フィギュア)がいます。これを大変嫌々ながらもお前の上に置いてやろうと思いますので、これ以上角を俺のつま先に当ててくるな下さい。母が俺に『一生タンスにつま先をぶつけ続ける呪い』をかけましたが、俺は回避する気がないのでそっちで回避しやがれ下さい」


 タンスにとてもとても丁寧な日本語でお願いし終わった俺は、安心してタンスの横を通った。

 ……つま先をぶつけた。




 メロスは王と友人となり、民を救った。

 俺はつま先と同盟を結び、一緒にゲームの運営陣とタンスを恨んだ。


めでたくなし。めでたくなし。

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メロスは王に激怒した。俺はつま先を庇いながらゲームの運営とタンスに激怒した。 ❄️風宮 翠霞❄️ @7320

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