つま先で語る
先崎 咲
つま先で語る
彼女のつま先はいつも楽しそうに踊っている。舞台の上で、彼女は輝いている。
やわらかそうなロマンティックチュチュは、彼女が回るたび広がる。バレエシューズに包まれた足は、人体の可動域の限界を感じさせないくらいに高く掲げられる。白いスポットライトは、彼女の肌をより白く見せる。
彼女はまさに、舞台の上の芸術だった。彼女に見とれているうちに、公演はあっという間に終わってしまった。
彼女からもらったチケットは、まさに異世界への招待状だった。
◇◇◇◇◇
家に帰ってきてしばらくして、玄関のチャイムが鳴った。鍵が回る音、扉が開く音。リビングに、舞台で見た彼女が姿を現した。彼女は僕の恋人だった。
「つ~か~れ~た~」
「はいはい」
帰ってきて早々、ソファーにうつぶせになって彼女は倒れこんだ。その光景を見て、思わず笑ってしまう。クッションに顔を埋め、足をバタバタさせる彼女は、舞台の上とはまた違った人間らしさがある。
「足のマッサージでもしようか?」
「う~ん……」
彼女の倒れたソファーの足の方に腰かけて尋ねる。彼女は、クッションに顔をぐりぐりと押し付けながら悩ましそうに声を出した。
ぐるりと、仰向けになる彼女。彼女の瞳と目が合った。その瞬間、彼女がチェシャ猫のようにニンマリと笑った。僕は、彼女が何をしたいのかがはっきり分かった。
「背中、貸して」
「はいはい」
僕は彼女に背を向ける。彼女は何が楽しいのか、鼻歌を歌っている。
「何を、書いたかク~イズ!」
彼女の足が背中をバシバシと叩いた。彼女は僕の背中に足を使って何か言葉を書き、僕が彼女の書いた言葉を当てる。これは、そういうゲームだ。彼女はこのゲームがお気に入りらしく、よくこのゲームを提案する。
彼女は漢検の準一級を持っているので、たまに知らない漢字を出されてからかわれることもある。でも、その時の彼女の表情も僕は好きだった。
「第一問~」
彼女のつま先が僕の背中を這いだした。肩甲骨のあたりに沿って、右上に。途中で折れ曲がり、右下に向かった。彼女のつま先が止まり、離れた。
脇腹のあたりにつま先がついた。少し横に動いたかと思うと、Uの字を書いて少し横に線を引いた後に彼女の指先が離れた。そして、離れた場所のそばを跳ねるように二度、彼女の足が叩いた。
「わかった?」
彼女が楽しそうに聞いた。僕は、自信をもって答えた。
「へび」
「せいか~い! 今年はへび年だからね」
彼女はうれしそうに言った。
「じゃあ次! 第二問~」
彼女のつま先が背中についた。少し横に線を書いて足を離した。その線の少し上からまっすぐに下ろし、くるりと大回りしてつま先が離れる。ちょっと上を足が叩いた。そして少し離れたところから、右下に短めの線が書かれる。すぐさまその足は離され、横にしたUの字がささっと書かれる。そして、その下にいかにもUの字というか、「し」の字が書かれたことで、見当がついたので答えた。
「おとしだま」
「正解! はやかったねぇ~」
どうやら、今日はひらがなの日らしい。なんなら、お正月スペシャルの気分なのかもしれない。
「第三問~、これが最終問題ね~。……当ててね?」
彼女のつま先が背中についた。先ほどと同じように、少し横に線を書いて足を離した。しかし、その線の少し上からまっすぐに下ろしたきりで大回りはしなかった。しかし、足を離して次の角になるとぐるり、と大回りをした。これは、「あ」、か?
次の字は分かりやすかった。足が二回横並びに叩かれた。これはおそらく、「い」だろう。
その次の字はUの字の上がったところですぐに離れた。これは、もしかして……?
思わず、顔が緩んでしまう。彼女に最後まで書いてほしくて、あえて終わるまで黙っていることにした。もしも、間違っていたら恥ずかしいというところもあるが。
そうして、彼女が書き終わった。
「わかった?」
「ああ」
自信と気持ちを込めて、僕は言った。少しだけ、気恥ずかしかった。
「あいしてる」
「ピンポーン! 大正解! そして、私もあいしてる!」
彼女は満面の笑みで、後ろから勢いよく僕に抱き着いた。彼女のつま先が、ハートをえがいた。
つま先で語る 先崎 咲 @saki_03
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます