第2話 まさかのカミングアウト
「おい! お前ら、ちょっと待て!」
いきなり呼び止められ、きょとんとする三人組に、浩二は「お前ら、卑怯な真似するんじゃねえよ!」と言い放った。
「はあ? あんた、いきなり卑怯者扱いして、何様のつもり?」
「あんた、ちょっと先生に気に入られているからって、いい気になってるんじゃないわよ」
「ていうか、まったく身に覚えがないんだけど」
「とぼけるな! お前ら以外に、こんなことする奴なんていないんだよ!」
「私たちが何したって言うのよ」
「そうよ。早く言いなさいよ」
「ていうか、全然とぼけてないんだけど」
「お前ら、如月のシューズに画びょうを入れただろ? バレエをする者にとって一番大事な足を傷つけようとするとは、どういう了見だ? お前らにバレエをする資格なんてねえよ!」
浩二の痛烈な言葉に気圧されるように、黙り込む三人組。
そんな中、彼らのやり取りを傍でみていた練習生の看護師が友恵に訊ねた。
「如月さん、ロッカーに鍵はかけていなかったの?」
「いえ。ちゃんとかけていました」
「じゃあ、犯人はどうやってシューズに画びょうを入れたのかしら?」
「…………」
黙り込んでしまった友恵の代わりに、浩二が答える。
「それは如月が着替えている時に、こいつらの中の誰かが話しかけて、その隙に他のやつが入れたに決まってる」
「如月さん、そうなの?」
「……いえ。今日は誰にも話しかけられませんでした」
友恵のまさかの言葉に、浩二は目を丸くする。
「そんな馬鹿な……じゃあ一体、誰が入れたんだ」
周りが重い空気に包まれる中、練習生の女子大生が誰ともなく言った。
「ロッカーのマスターキーって、誰が管理してるのかしら?」
「それはたしか、このビルのオーナーだったと思うけど」
女子大生の問いかけに、いつの間にか輪に加わっていた講師の池田が逸早く答えた。
「じゃあ犯人は、オーナーってこと?」
「いや、それはないだろ。第一、そんなことする理由がない」
「それもそうね。じゃあ犯人は誰なのかしら?」
外野があれこれと推測する中、池田が「もう犯人捜しはやめて、そろそろ帰りましょう」と促した。
それを聞いて、三人組のうちの一人が疑問の声を上げる。
「なぜですか? ここではっきりしておかないと、気持ち悪いですよ」
「でも、このままじゃ埒が明かないでしょ」
「そういえば、先生って、オーナーと親しかったですよね? 私、二人で話してるところ、何回か見ましたよ」
「えっ! ……それはこの教室のことで、いろいろ話し合ってたのよ」
「何をそんなに焦ってるんですか? まさか、先生がオーナーに頼んで、マスターキーを使ったんじゃないでしょうね」
「な、何を馬鹿なこと言ってるの! 私がそんなことするわけないでしょ!」
明らかに動揺をしている池田に、練習生の女子高生がとどめを刺す。
「そういえば先生、今日一番に来てましたよね? 私が来た時に、先生以外の人はまだ来ていませんでしたから。もしかしてそれは、如月さんのシューズに画びょうを入れるためだったんじゃないですか?」
「…………」
沈黙する池田。すなわちそれは、自分が犯人と認めるということだった。
「なんで先生が……私、先生のこと尊敬してたのに……」
信頼していた池田に裏切られ、友恵は大粒の涙を流した。
「ふん。才能もないくせに、あんたが松田君とベタベタするのが許せなかったのよ。松田君は私のものなんだからね!」
そう言うと、池田は練習場を飛び出していった。
池田のまさかのカミングアウトに、練習生たちはショックのあまり、誰も口を開こうとはしなかった。
その後、生徒が大量にやめたため、バレエ教室は経営が立ち行かなくなった。
浩二と友恵はネットで検索した結果、学校から近い場所にあるバレエ教室に行くことになり、二人は初レッスンを受けに、そこへ向かっていた。
「松田君ごめんね。私のせいで、こんなことになって」
「気にするなよ。先生が勝手に嫉妬しただけなんだからさ」
「でも、私がベタベタしなかったら、先生もあんなことしなかったのに……」
「だから、もういいって。それより、今度行くところは男性の講師だから、もう今回のようなことは起こらないよ。だから……」
「だから?」
「……安心して、ベタベタしていいぞ」
「えっ、今、何て言ったの? 聞こえなかったから、もう一回言って」
「なんでもねえよ! じゃあ行くぞ!」
頬を真っ赤に染めながら、逃げるように駆けて行く浩二を、友恵は「ちょっと待ってよ!」と言いながら、懸命に追いかけていった。
了
恋はいつもつま先立ち 丸子稔 @kyuukomu
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