恋はいつもつま先立ち

丸子稔

第1話 つま先立ちはバレエの基本

 現在中学二年生の如月友恵は、幼少の頃、親に連れていってもらったバレエの公演に感動し、それ以来バレリーナになることを夢見て、日々練習に励んでいる。

 しかし、生まれつき体の硬い友恵は、バレエの基礎であるつま先立ちがうまくできず、他の練習生たちと大きく差をつけられていた。


「つま先立ちもまともにできなくて、バレリーナになれるわけないでしょ」

「そんなに体が硬くちゃ、一生無理ね」

「ていうか、もうバレエやめれば?」


 そんな友恵に、彼女のことを快く思っていない練習生の女子三人組が容赦ない言葉を浴びせる。

 友恵は言い返したい気持ちをグッとこらえ、「そうね。私みたいなのが、プロのバレエダンサーになれるわけないもんね」と、自虐的に振る舞った。


「分かってるんなら、さっさとやめれば?」

「あんたがいると、こっちの士気が下がるんだよね」

「ていうか、プロ目指してたんだ」


 口撃の手を緩めない三人組に、近くで観ていた練習生の松田浩二が怒りの目を向ける。

 

「お前ら、そんなに人の弱点を責めて楽しいか? お前らにだって、苦手なものはあるだろ」


 優秀な練習生として講師の池田真美に一目置かれている浩二の言葉に、三人組は何も返すことができず、そのまま静かに去っていった。


「助けてくれて、ありがとう。けど、こんなことしたら、今度は松田君が標的にされちゃうかもしれないよ」


「別に構わないよ。もしなんか言ってきたら、倍にして返してやるからさ。それより、さっきあいつらが言ってたことなんだけど……」


 言い淀む浩二に、友恵が「あの子たちが言ってたことって?」と、先を促すと、やがて彼は観念したように喋り始めた。

 

「あいつら、如月がつま先立ちが苦手なことを攻撃してだだろ? そのことで、ちょっとアドバイスしようかなと思ってさ」


 そう言うと、浩二はポケットからスーパーボールを取り出し、友恵の足元に置いた。


「まずは、それを足の指で掴んでくれ。その時になるべく指を曲げないようにな」


 友恵は怪訝な顔をしながらも、言われる通り、足の指でスーパーボールを掴んだ。


「こんな感じ?」


「ちょっと指を曲げすぎかな。もう少し伸ばせないか?」


「うん、分かった」


 浩二に言われるまま指を伸ばすと、ボールがこぼれ落ち、練習場の隅に転がっていった。


「それだと伸ばしすぎだ。今のを踏まえて、もう一度やってみてくれ」


 友恵は足先に神経を集中し、ボールを掴もうとしたが、変に意識するあまり、なかなか掴むことができない。


「これ、意外と難しいね」


「まあな。俺も最初の頃は苦労したよ」


「ところで、これって、何の練習なの?」


「これは足先の筋肉を柔らかくする効果があるんだ。この練習をやっていれば、つま先立ちも簡単にできるようになるよ」


「本当! じゃあ私、これから毎日やるわ!」


「ああ、そうしてくれ」


「けど、なんで私に教えてくれたの?」


「……本当は教えたくなかったんだ。如月は同じプロを目指すライバルだからな。でもよく考えたら、俺たち性別も違うし、プロになるのに支障をきたすことはないと思ってさ」


 どこか歯切れの悪い浩二に、友恵は「ふーん。なんか、よく分からないけど、ありがとね」と、不思議そうな顔をしながらも、ちゃんと感謝の意を伝えた。



 友恵はその後、自宅で練習に励み、一ヶ月が経過した頃には、つま先を伸ばしたままボールを掴めるようになっていた。


「如月さん、最近、見違えるほど上手くなったわね」


「ありがとうございます!」


 練習中、講師の池田に褒められて有頂天の友恵だったが、こうなると面白くないのは他の練習生たちだ。

 特に、今まで友恵のことを見下していた女子三人組は、そんな彼女を鬼のような目で見ていた。



 そんなある日、練習前に友恵がロッカーでシューズに履き替えようした瞬間、右足に痛みが走った。見ると、シューズの中に画びょうが入っている。


(うそ。この令和の時代に、まさかこんな古典的な嫌がらせをする人がいるなんて……)

 

 そんなことを思いながら、周りに目をやると、皆何食わぬ顔で着替えていて、誰がやったかまるで見当がつかなかった。

 友恵は嫌な気持ちを抱えながらも、痛みに耐えながら、なんとか最後まで練習をやり切った。

 そんな彼女に、浩二が怪訝な顔を向ける。


「今日、なんか動きが変だったな。まさか、足をケガしてるんじゃないだろうな」


「さすが松田君、よく分かったね」


「さすがじゃねえよ! ケガをした時は無理せず、ちゃんと休めよ!」


「…………」


 浩二のあまりの剣幕ぶりに、友恵はすっかり気後れし、何も返すことができなかった。そんな彼女に、浩二は更に続ける。


「このまま無理をしてると、どんどんケガがひどくなって、もうバレエができなくなるかもしれないぞ。それでもいいのか?」


「……分かった。じゃあ、ケガが治るまで、練習は休むよ」


「分かればいいんだよ。ところで、なんでケガしたんだ?」


 浩二の迫力に押されるように、友恵はシューズに画びょうが入っていたことを、正直に打ち明けた。


「なに! そんな卑劣なことをするのは、あいつらしかいない!」


 浩二はそう言うと、練習場から出て行こうとしていた女子三人組を呼び止めた。















 





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