アスターの熱い冬

藤瀬京祥

アスターの熱い冬

 アスター王国は広大な国土を持つ穏やかな農業大国である。

 春には国民総出で畑を耕して種をまき、夏には国民総出で畑の世話をする。

 秋になったら国民総出で収穫をする。

 そして冬になったら国民総出で雪合戦をするのである。

 え? 雪合戦っ?! ……と驚かれるだろう。

 実際に近隣の国々からは驚かれるのだが、アスター王国では冬になると雪合戦が行なわれるのである。


 そう雪合戦である。


 種まきや収穫など、主な農作業は国王によって開始の号令が出されるのだが、生憎と雪合戦は町長や村長が号令役となる。

 開戦日や開戦時間が違うからだが、それでもなにかしらの役をしたいと国王がだだをこねたため、雪合戦開幕宣言を行なっている。

 ただシーズンの到来を報せるだけのものだが、それでも国王がやりたいということで毎年開幕宣言を行なっている。


 国王自身が田畑に出るわけではないので種まきや収穫などの号令も同じようなものではあるけれど、そこはやはり農業大国。

 主権が国王にあることを示すためにもシーズン到来を宣言し、国民を鼓舞するのである。

 そして雪合戦のシーズン到来も国王が自己満足をするために宣言を行ない、国民を鼓舞する。

 アスター王国はそんなのどかな農業国家である。


 少し王が我が儘な気もするが……しかも歴代王がそれを望んできたというから、国民から血筋を疑われそうなものだが、その程度のことで満足して国をちゃんと治めてくれるのなら全然問題はない。

 それが大半の国民の意見というから、本当にのどかで温厚な国民性である。

 そんなアスター王国が唯一血湧き肉躍る季節、それが冬。


 それが雪合戦である。


 周辺諸国から、そんな子どものお遊びになにをムキになっているのか? ……と冷ややかな目を向けられようと、この日ばかりは老若男女を問わず闘士を滾らせて立ち上がるのである。

 ヴェーレも参戦すべく立ち上がったアスター王国国民の一人だが、去年は開戦から十分ほどで倒れた。

 文字通り倒れたのである。


 そんな去年の雪辱を晴らすべく、今年は種まき前の耕運からしっかりやって体を鍛えてきた。

 なんなら隣の畑にも、その隣の畑にも乱入して耕運を手伝った。

 雨季には、三つ隣の村近くで川が決壊しそうだと聞けば土嚢を積みに行き、暑い夏場も早朝から畑や水路を巡回し、畦の補修や追肥にも余念がない。

 そして収穫期になれば、これまた三つ四つ隣の畑にも乱入して収穫を手伝うなど、筋肉作りはもちろん、体力作りにも余年なくこの一年を過ごしたのである。


「今年こそはやってやる!!」


 そんな気勢を上げて逸る気持ちで合戦開戦の日を待ちわびていたが、残念無念また来年。

 今年も開戦数十分でヴェーレは雪に沈むことになった。

 文字通り、無念を来年に持ち越すことになったのである。


「く……そー!!」

「お、起きた」

「生きてる、生きてる」


 目を覚したベッドの上で悔しがるヴェーレを見て、様子を見に来ていた友人のリデックとエビーは苦笑いを浮かべて冷やかす。

 ついでに雪と泥にまみれた服を着替えようとしていた二人は、半裸の状態でヴェーレを見ている。

 つまり二人もすでに戦線を離脱しているのだが、ヴェーレほど早かったわけではない。

 村の青少年の中ではそれなりに善戦していたのだが、やはり歴戦の強者には叶わず。

 戦線を離脱することになったのである。


「あのクソ親父ども、今年もまだやってるのかよ?」


 窓の外に、現在進行形で激戦を繰り広げている強者どもの姿を見て悪態を吐くヴェーレに、二人の友人は肩をすくめてみせる。


「親父たちには勝てないし」

「やっぱ踏んできた場数が違いすぎるっしょ」

「だいたいお前も懲りないっていうか」

「お前んち今年も麻も羊毛も余裕だし、もういいんじゃね?」


 麻や羊毛というのはもちろん賞品である。

 その内容は町や村で違うが、だいたいは冬のあいだの手仕事である機織りなどの材料である。

 春、暑くなる前に刈った羊の毛は夏のあいだに乾かし、家から出られなくなる冬のあいだにフェルト生地に加工する。

 これはそのまま毛布として使ったり、靴や防寒用の上着に加工したり。

 また麻や絹糸は織って生地にし、春になったら町の市に売りに出す。

 町や村によっては、高価な絹織物という超豪華な賞品もある。


 だがヴェーレの目的は賞品ではない。

 実際にヴェーレの家は、この冬ごもりのあいだ退屈せずにすみそうなほどの手仕事が待ち受けている。

 なんなら春までに片付けられるかどうか、わからないほどの量が待ち受けている。

 それを、今も合戦に血潮を滾らせている強者たちの一人である父親と片付けることになるのだが、畑仕事同様に機織りはヴェーレ父子の得意とするところ。

 羊毛フェルトの加工技術は、このあたりの村では一番の腕前でもある。

 そう、アスター王国では、糸を紡いだり刺繍を刺したりレースを編んだりと細かい作業は女の仕事だが、機を織るのは男の仕事である。

 だから合戦が終わった今夜から、ヴェーレは父親と一緒に機織りに取りかかるのが恒例である。


 そう、だからヴェーレの目的は合戦の勝利ではない。

 あくまでも去年の雪辱を晴らすことである。

 なぜなら……


「それにしても、犯人は誰だよっ?

 合戦の雪玉に石を入れるのは反則だぞ!」


 ベッドに上半身を起こしてすわるヴェーレは、去年に引き続き、今年も石入りの雪玉が頭にヒットして早々にリタイア。

 気絶するほど痛烈な一撃を頭部に食らい、雪の上に倒れ込んだのである。

 その悔しさを吐き出すヴェーレに、一足先引き替えを終えたリデックは近くにあった椅子に掛けながら苦笑いを浮かべる。


「当てた奴、すげぇコントロールだよな。

 ほぼ去年と同じ場所じゃね?」


 俺の記憶が正しければ……と続けるリデックに、ヴェーレは 「クソっ」 と悪態を吐く。

 その頭部には包帯が巻かれているが、ずいぶん不格好なのはご愛敬。

 手当をしてくれた誰かが不器用だったのかもしれない。


「反則っちゃ反則だけど、この雪の中から石ころ探すのだって大変だと思うんだけど」


 それこそ当てた犯人もかなりの執念で、深い雪下にある石ころを探したに違いない。

 どれだけヴェーレに恨みがあるのかと笑うエビーも、着替えを終えて別の椅子に腰掛ける。

 そんな二人の友人が挙げる容疑者は、まず二人。

 ラーレイとクオルの二人だが、なぜこの二人がヴェーレを石で狙うのかといえば、ラーレイはトーヤが。

 そしてクオルはサミが好きなのだが、トーヤもサミもヴェーレに気があるらしい。

 いわゆる嫉妬である。


「……恋敵を石玉で狙うとか、すげぇ嫉妬だな」

「まぁあの二人ならやりそうだけど、同じ理由でトーヤとサミもヤバいけどな」

「なんで?」

「いや、ヴェーレが倒れてすぐに二人がやってきて手当てしてたじゃん」


 アスター王国の雪合戦には老若男女が参加する。

 だからトーヤとサミも当然のように参加していた。

 そして自分たちでヴェーレを倒して我先にと介抱に現われたのではないか。

 しかもリデックの記憶が正しければ、去年もヴェーレの介抱をしたのはその二人だという。

 少し前まで二人はヴェーレのそばにいたが、リデックとエビーがここで着替えるからと言って追い出したのである。

 そんなリデックの推測をきいてエビーも、ヴェーレの不格好な包帯をしみじみと眺めて既視感を覚えたらしい。


「そういや去年もこんな感じだったっけ?」

「こんな感じだったな」


 続いたリデックは結論づけるように言う。


「とりあえず早いとこ犯人を捕まえないと、お前、そのうち○されるぞ」

                                 ー了ー

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アスターの熱い冬 藤瀬京祥 @syo-getu

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