雪見茶

金森 怜香

第1話

 これは二年前のこと。

生まれて初めて、岡山の某所で一人暮らしをしていた時のことである。

寮から仕事に向かおうとすると、曇天から、ふわふわと白い雪が舞っていた。

職場のホテルに着いてしばらくすると、風がどんどん強く吹き、雪は大粒になっていく。

あっという間に、外は一面銀世界へと姿を変えてしまった。

「パンプスで寮まで帰るの、怖いな」

以前、工場で働いていた時に口を酸っぱくして言われたことがある。

『職場まで往復する際もケガをしたら労災になります』と。

「パンプスで来たの? 運動靴あるならここまで履いてきていいよ。ケガしたら大変だから」

上司の一声があったので、翌日からはその言葉に甘えることにした。

結局、仕事終わりにはひざ下近くまで雪が積もっており、後輩と二人、パンプスで道を作りながら帰ることとなった。


 翌朝。

温かいお茶を飲みたいから電子ケトルでお湯を沸かしつつ、少しでもタオルが干せないだろうか、と思って窓を開けると、ギョッとした。

 昨日の夜には膝下程度積もっていた雪が、ひざ上程度まで降り積もっている。

「あ、おはようございます。雪、60㎝くらい積もってるって」

見ず知らずの、寮の正面に住んでいた少年が笑顔で教えてくれた。

「おはようございます。そんなに積もったの」

私は慌ててニュースを見る。

確かに、60㎝程度積もっているのは事実のようだ。

実家の方では見たことないような大雪だ。

ちょうど電気ケトルが沸き上がった。

私はタオルを干すのは断念して、実家から持参した紅茶を淹れる。

朝だから、有名な紅茶店のブレックファストブレンドを淹れた。

ラグ代わりに敷いていたブランケットの上に座って、窓の外を見ながらお茶を飲む。

外はまだ雪がちらちらと舞っている。

お湯で温めたカップの余熱で熱い紅茶で、体はじんわり温まった。

「しかし良く降るなぁ」

私は感心半分、驚き半分で言う。

実家の方など、雪が30㎝でも降り積もれば交通網がズタズタになってしまうのである。

「さて、この後は気になっているカフェでも行きますかね」

私は熱い紅茶を飲み干して、着替えをする。

その直後、仕事先のホテルから電話があった。

『豪雪によるキャンセルが多発して出勤停止です』と……。

生活費にも支障が出るが、私は苦笑いで受け入れる他なかった。

ちゃんとそう言ったリスクを調べなかった自分の落ち度だからだ。


 とりあえず、買い物をしなければ夕飯にもありつけない。

数日前に購入したおしゃれ着用のブーツを履いて、徒歩数分のカフェへと歩いた。

道中の雪の塊へ、ボスボスと新雪を踏みつけるのが妙に楽しく思えたが、故郷ではできないことだからこそ楽しいと思った。


 お目当てのカフェは、雪で閉まっていた。

スタッフの人命を考えたらそれは当然だと納得はした。

しかし、少し残念な気持ちだった。

次の晴れた日、店が開くのなら行ってみよう。

私はそう思って、スーパーへと歩き出した。

夕飯の材料費が異常に高かったことは、今でも忘れられない。


……なお、カフェへの来訪が叶ったのは。それから二週間後だった。

故郷に帰る直前である。

ふわふわのワッフルにベリーが添えられおり、ブラックコーヒーと共にいただいた。

初めてスイーツを求めて外食したが、とても美味しくて幸せに思ったものである。

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雪見茶 金森 怜香 @asutai1119

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