第5話 5月-2

「ナシナシってなに?」

「ああ、ごめんね。この部活に慣れすぎちゃった。お姉ちゃんはお砂糖とミルクは入れる?」

「ミルクだけ入れて欲しいな」


雑誌の影から二度見したがやっぱり春日さんがいる。おい、誰か反応しろよ。

ニックは俺と同じく雑誌で顔を隠しているし、タッキーは真剣にスモモにアドバイスをしている。いや、厳密に言えば真剣にアドバイスをしているふりをしている。流石に口数増えて不自然だぞ。


「あ、コハルちゃんのお姉さんっすか!はじめまして」

「スモモちゃんよね。いつも妹がお世話になってます!」


最初に反応したのは他でもなくスモモだった。コミュニケーション能力高いな。

それにより逃げられなくなった男が一人、タッキーだ。いくら真剣にアドバイスをしていてもスモモが聞いていないんじゃ仕方ない。


「あれ、春日さん来てたんだ。歓迎するよ」

「来ちゃった」


なにが「来てたんだ」だ。タッキー、いくらなんでも不自然すぎるぞ。少しはスモモを見習え、コミュニケーション能力の低さが垣間見える。それになに歓迎しているんだ、追い返せ。

春日さんも春日さんで来ちゃったはないだろ。お帰りください、なんて言えないけど。

ここまで心の中でツッコミを入れる。あくまで表面上は星ナビに夢中になっているふりをしているがな。

思わぬ乱入者により、俺たちの平穏は音を立てて崩れ去った。ここからはこの部室内が戦場だ。


「話には聞いてたけど、スモモちゃんは小さくて可愛いのね」

「小さい……。そうっすよね、私は小さいっすよね……」

「あ! お姉ちゃん、スモモに小さいは禁句だよ!」


これでもスモモは小さいと言われることを気にしているらしい。実際に小さいけどな。


「えっと……、いいじゃない! 小さい女の子は可愛いのよ。ねえ、岡本くん」

「え、ああ。そうだね。ザ小動物みたいな可愛さがあると思うよ」


焦る春日さんと、話を振られて更に焦るタッキー。端から見てる分には面白いな。キョドりまくってるタッキー、ザ陰キャみたいな。


「ほら、褒められてるよ。スモモも元気だして!」

「小動物すか。そういえば前に倉田先輩にもハムスターみたいって言われたっす……」


思わぬ角度からの一撃で俺も会話に入らざるをえない状況になってしまった。いや、あだ名を付けるときに言った覚えもあるけどさ。スモモはよく覚えてたな。


「女の子の気にしてること言うなんて、倉田くん最低ね」


ジロリと音が鳴りそうな強さで俺を睨み付けてくる。多分春日さんを無視していたことも入っているのだろうな。こうなりゃ蛇に睨まれた蛙だ。あくまでビビってるのを表に出さず、渋々といった感じで返事をする。


「それは春日さんも言ってただろ。男女差別許さないが我が部のモットーなので」

「それ、初めて聞いたな」


おい、タッキー。余計なことを言うんじゃない。俺もタッキーを睨み付けたが、春日さんの眼力には全く及ばない。どこ吹く風といった様子だ。

最低攻撃。それは女子が多用する戦法で、喰らった男子はタジタジになってしまう。本当は数の暴力で攻めるが、今回は春日さん一人だったため俺の心は致命傷で済んだ。

しかし、俺も会話に加えられると一人素知らぬ顔をしているニックが憎くなってくる。どうにかして巻き込んでやろう。仲間はずれをよしとしない。それもこの部のモットーだ。俺が決めた、今決めた。


「それで、春日さんは今日はどんなご用件で?」

「天文部の部室に興味あったんだ。それに葵の言ってたことも気になるし」


後半、小声で怖いことを言ってきた。断じてなにもないからな。

漫画みたいな部室だとスモモも言ってたけど、この部室はなんて噂されているんだ、気になる。


「例えばさ、入ったときから気になっているのだけれど、あそこにある触れるなって書いてある箱はなんなの?」


よし、一人孤独感を感じているであろうニックを会話に引き込むチャンスだ。


「あれはニックの発明品が入っている箱だけど、危ないものも多いから封印してる。ニック、ちょっと見てもいいか?」

「ああ……、気を付けろよ……」


会話を振られて、恨めしそうな顔でこっちを見てくる。そんな顔するなよ。俺はただ許可を取っただけじゃないか。


「どれどれ、案外普通そうなものばかりじゃない。これとかただのボールペンだし」

「あ……! それは不味い……」

「いっだい!」


ニックの静止も虚しく、春日さんの汚い悲鳴が部室に響いた。どんな声だしているんだよ。


「なによこれ! 電流が走ったわ! まだ腕が痺れてる……」

「それは護身ペンだ……。小型マイク……、小型カメラ……、GPS……、おまけにいざというときのスタンガン機能も付いている…… 」


ガチで危ないものが出てきた。今さらだが開けてはならないパンドラの匣を開けてしまったようだな。俺は怖いから触らないでおこう。

ニックは結構過激なもの作りたがるからな。


「これはなんですか?」

「それは小型スタンガンだ……。昇圧回路の練習のために作った……。それを応用したテーザーガンもある」


それから出るわ出るわ、凶器の数々。ニックが悪の道に堕ちてなくて本当によかったと思う。すでに片足突っ込んでいる気もするが。これ、そのまま外に出したらなんかの法に触れないよな。


「この手形みたいなのが付いている装置はなんすか?」

「それは……、嘘発見機だ……。それに掌をかざして嘘をとブザーがなる…… 」


ああ、懐かしい、去年使ったな。確か俺の秘密を明かそうと作ってたな。あの時は酷い目にあった。男には秘密の一つや二つや百つぐらいあるものだ。


「ビリビリはするんすか?」

「オプションで切ることも出来る……」

「ビリビリは標準搭載なんですね」


呆れた顔をしている女子三人。対する俺らは慣れているのでなにも言うことはない。


「それは必要だったからだ……。タッキー……、電撃は切るから嘘をついてみてくれ……」

「僕は嘘なんてついたことないからな、出来るかな。実は、ボクは女の子なの」


息をするように嘘をつくタッキー。わざわざしなを作ってアピールまでする。やめろ気持ち悪い。

しかし、嘘発見器は全く反応しない。


「ちょっと、壊れてるんじゃないの?」

「いや……、正常だ……。緊張による脈拍の増加と手汗をを感知するが……、こいつらはなにも変化させることなく嘘をつける……。だからこそ……、電撃による心理的圧力をかける必要がある……」


失礼な。俺はそこまで嘘をつくのが得意ではない、タッキーだけだ。

そういえば先輩はプレッシャーをかけられても平然と機械を騙せてたな。嘘つきばっかの部活だな。


「あとは……、趣味だ……」


結局趣味なんかい。まあビリビリするのかっこいいよね、わかるよ。男の子だから。


「本当に必要なのはわかったわ。これは使えそうね」


再度怖いことを呟く春日さん。目線がこっち向いてませんか? 脈拍が上がって、嘘をつかなくても機械が反応しそう。


「私たちも試してみるっす! コハルちゃん、なんか嘘つくっす」

「急に言われても思い付かないな。あ、私は天体に興味がありません」

「おお、本当にブザーが鳴ったっす!」


微笑ましいな。見ていると浄化される気分だ。いっそこのまま終わりでよくない? 下手に疑心暗鬼になるのよくないよ。


「次はスモモね。……この前、私のお菓子食べたよね?」

「な、なんのことっすか?」


ブザーが大きな音を立ててスモモの嘘を暴いた。コハルこっわ。急に声の温度が下がるじゃん。春日さんといい、姉妹かよ。 ……姉妹だった


「私楽しみにしてたんだ。なのにいつの間にかなくなっててさ」

「ごめんなさい! なんでもしますから許してっす!」

「うん、じゃあ今度一緒にパフェでも食べに行こうね」


言葉だけなら微笑ましいのに、どこまでも恐怖を感じさせる。食べ物の恨みは恐ろしいな。

スモモ、元気に生きろよ、生き延びたらな。


「次は倉田くんもやってみない? 杉野くん、お願いね」

「承知した……」


ついにこのときが来た。ニックは電撃の強度を最大にしている。やめてくれよ……。

俺は自慢じゃないが冬場の静電気で涙目になる男だぞ。それくらい苦手だ。

いや、しかしだ。嘘をつかなければいいのだ。俺は元より正直者だ。


「倉田くん、この前の天体観測の日に葵となにかあった?」

「お姉ちゃん、なにもなかったってば!」

「ああ、なにもなかったぞ」


当然のように嘘発見器は反応しなかった。だってなにもなかったのだから。

ふう、これで解放されるな。やれやれ。コーヒーでも飲もうかな。

肩を大きく回しながら立ち上がると、春日さんに制服の裾を捕まれる。


「まだ終わってないよ。座って」


ドキドキするようなシチュエーションなのかもしれない。だけど、俺の心臓は別の意味でドキドキしていた。これからなにをされちゃうの?

いかん、このままだと問答無用で電撃を浴びせられる。大きく深呼吸をして再び嘘発見器に手をかざした。


「倉田くんは葵のことはどう思ってる?」

「勉強熱心で関心な後輩」

「スモモちゃんのことはどう思ってる?」

「献身的で気が利く後輩、あと小さい」


少し間が空いて、春日さんは上目遣いで最後の質問を投げ掛けてくる。


「あたしのことは……、どう思ってる?」

「怖い」


嘘発見器にはなんの変化も起きない。起きようがない。

チッ、と舌打ちが聞こえたような気がした。やっぱり怖いじゃん。


「つまんない、つまんないつまんない! 倉田くんつまんない」

「なにを期待してたんだよ」

「そりゃもう、恋バナみたいなやつ! せっかく根掘り葉掘り聞き出せると思ったのに」


そもそもコハルと俺がなんにもないことを確認しに来たのではなかったか?

恋バナなんて、そんなもの俺に期待する方が間違っている。陰キャオブ陰キャだぞ。陰キャ界の帝王だぞ。

周りを見渡してみると、コハルもスモモもつまんなそうな顔をしている。本当に女子って恋バナが好きなんだな。


「期待はしてなかったけだ。倉田先輩はなにかないのですか?」

「折角の嘘発見器なんすから、漫画みたいな展開になって欲しいっす」

「いや、なにかあったのなら自分たちが当事者になるけどいいのか」

「必要経費です」


なんかすごい傷つく。もし俺が変なことを言い出したらどうするつもりだったんだよ。ネタにして、からかうつもりか?


「そういうことなら、面白い話があるよ」


タッキーがニヤニヤとしながら、不吉なことを言い出す。

不味い、俺はすぐさま逃げ出そうとしたが、ニックによって体を拘束される。なんてコンビネーションなんだ。無駄なことに使うんじゃねえよ。


「倉田、今まで何人の女の子と付き合ったことある?」


思い出されるのは去年の記憶。こいつらの前でポロリと溢してしまったのが、なによりも間違いだった。

前に使われたのも、この話題のときだった。元カノがいると言ってしまったばかりに……。

ここはなんて答えるべきだろうか。いないと言ったら電撃の餌食になる上に、いたことが証明されてしまう。かと言って、正直に話すのもこいつら、飢えたライオンどもにに餌を与えるだけだ。

それならば正解はふざけた数字だ。三十人とでも言っておけばなあなあに出来る。

よし、回答は決まった、覚悟も決まった。


「一人です……」


電撃は流れなかった。

ムリムリムリ、静電気で無理なんだぞ。ニックが本気で作ったものを喰らえば、それこそ死んでしまう。

キャーキャーと声をあげるスモモとコハル。くそう、これから羞恥プレイが始まるのか。

春日さんは、なぜか虚ろな目で俺を見ていた。


「さて、そろそろ終わりにするか」

「ダメっす」

「先輩、色々お話ししましょうね」


どうにかして逃げ出そうとしたところを、今度はスモモとコハルに拘束される。

仲良きことな素晴らしきかな。でも、どうせなら今発揮してくれなくてもよかったのに。


「それよりも、お前らはどうなんだよ」

「いたことないですよ」

「同じくっす!」


どうにかしても矛先を変えたい。しかし、こいつらはいなかったのか、可愛いのに意外だな。


「春日さんは?」

「も、勿論いたことあるよ」

「え、お姉ちゃんいたことあるの? 今まで聞いたことなかったのに」


挙動不審な春日さん。コハルが驚いて気が動転しているうちに拘束を解き、こっそり嘘発見器を春日さんの手元に持っていく。


「あたしだって彼氏の一人や二人くらい……い゛っ゛た゛い゛!」


おー、ちゃんと反応した。俺は喰らわないように立ち振る舞ってたから、もしかしたら壊れているんじゃないかと思い始めてたところだ。


「だって……、倉田くんにいて……、あたしにいないなんて……、恥ずかしいじゃない……」


涙声なのは痛いからなのか、それとも羞恥心からなのか。春日さんにもいないのはもっと意外だったな。陽キャって気軽に恋人ぐらい作ってるイメージだったのに。

それと結構失礼なことを言われている気がする。まあ、俺だってまぐれみたいなものだったしな。もしくは、中学生の頃の若さゆえか。


「確かに倉田先輩に負けてると思うと悔しいっすよね……」

「おいスモモ、俺をなんだと思ってる」

「だって、いつも恋人作りなんて興味ないみたいな顔してるっす。なのに裏切られた気分っす!」

「まあ、こいつに彼女がいたなんて未だに信じられないよな」

「同意……」


タッキーとニックが好き勝手いいやがる。自分はいたことないから僻みか。

こうなると優越感で気持ちよくなってくる。いや、やめておこう。前はそれでベラベラと喋りすぎたから。


「ちなみに、こいつの元カノはこの学校にいるよ。2-Cの松雪さん」

「嘘! あの子なの?」

「お姉ちゃん知ってるの?」

「ええ、綺麗でクールな子として有名よ」

「あいつのどこがクールなんだよ」


実際話してみるとクールさの欠片もないぞ。顔面詐欺ってやつだな。


「なんか先輩元カレムーヴっすね」

「実際に元カレだからな」


調子に乗ってる感じもするが、悪くない。あいつと付き合ってたことは汚点でもなく、むしろ俺の人生における数少ない美点だからな。あいつはどう思っているのか知らないけど。

でもまあ、久々に連絡を取るぐらいしてもいいかな。そのくらいなら許されるだろう。友達だしな。少し話がしたくなった。


「はえー、先輩の知らない一面を見た気がするっす」

「男には秘密の一つや二つや百つぐらいあるものなんだよ」

「百つは多すぎる気がします……。でも、先輩もそうなんだ……」


コハルは一人なにかに納得したようだ、なにかはわからないけど。深堀りする気もない。女にも秘密の一つや二つや百つくらいあるんだろ。

結局取り調べに似た質問大会はこの後も続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋櫻高校天文部活動日誌 池峰奏 @AAM_GGA_206

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画