第4話 5月-1
平和だった。俺は星ナビを読んで宇宙に思いを馳せていたし、ニックも電子工作の雑誌を読んでニヤニヤしている。スモモは部室で漫画を描いていて、タッキーはそれにアドバイスをしている。
穏やかな時間が流れていた。いつまでも続くと思っていた。あの時までは……。
「スモモ、そういえばコハルはどうしたんだ?」
「あれ、連絡なかったすか? なんか用事があって遅れるって言ってたっすよ」
こんな部活だ。部室には来たいときに来ればいいし、別に来なくてもいい。だけどもコハルはこんな自堕落な俺らに呆れつつも毎回のように部室に来るし、来ないときは理由つきの連絡を送ってくる。
だけども今日はなんにも来ていない。珍しいこともあるものだ。まあ、女の子の用事だ。深くは聞くまい、それで先輩ウザいとか言われたら嫌だし。
「それにスモモは久しぶりだな」
「最近漫研の部室にずっと行ってましたすからね」
「文化部祭か?」
「そうっす!」
文化部祭、それは文化部がこれまでの成果を発表する我が校独自のお祭りだ。なんでも、運動部に対して自分達の活躍の場がないと演劇部がごねたことにより始まったものらしい。
強制参加ではなく、出たい文化部だけ出ればいいため、天文部は毎回不参加だ。こんな辺境の部室に誰が来るって話だ。ちなみに囲碁部も毎回不参加らしい。シンパシー感じるな。
そうは言っても、なんだかんだ発表の機会があるのは嬉しい部活も多いみたいで。漫研もその中の一つなのだろう。スモモはその原稿に追われている。
「タッキー先輩のアドバイスはためになるっす」
「いやいや、俺なんて全然だよ。ちょっと齧っているくらいだから」
ちょっと所ではない、ガッツリ齧っている。夏と冬の祭典に参加するくらいには。俺たちも色々手伝わされたものだ。原稿に消しゴムかけたり、売り子をしたり。
「タッキーは漫画描くの上手いからな」
俺が何気なく呟くと、スモモとタッキーは音が出る勢いで首をこちらに回した。
「……倉田先輩が素直に褒めるってことは相当上手いんすね!」
「いや、俺も倉田に褒められて正直少しビビってる」
……後輩や同級生にどんな風に思われているのだろうか。俺だって良いものは良いと言う。失礼なやつらめ。
タッキーにしろスモモにしろ、ニックだってそうだ。自分の打ち込めるものを持っているやつらは尊敬する。ちょっとだけ羨ましい。
それならば、俺は天文部の部長らしく、星ナビでも読んだ知識を蓄えておくかな。上には上がいるとしても、これだけはここにいる誰にも負けたくなかった。
しかし、木星の最新画像はグロいな。月にしたって肉眼で見てる分には綺麗だけども、望遠鏡で見ると少しグロかったりすら。星と女の子は遠目で見るに限るな。
そんな感じで宇宙に思いを馳せていたが、教室のドアが開く音によって思考は中断させられた。
「遅れてすみません。お疲れ様です」
律儀にも遅れたことを詫びてから入ってくる。こういう所がコハルらしくて好感が持てる。
いそいそとポットに移動するコハルを見て、ここぞとばかりに頼む。
「お疲れ、コーヒー淹れるなら俺の分も淹れてくれる? ナシナシで」
「お疲れ様……。俺の分も頼む……」
「もう、先輩たちは人使いが荒いですね」
文句を言いつつも俺とニックのマグカップを回収して淹れていれる。いい子だ。
「先輩とはそういうものなんだよ」
「同意……」
思い出されるのは去年の出来事。俺らも先輩に手足のようにこき使われたな。悪しき風習だと思うが別に変えるつもりもない。
コハルは自分と分と俺たちの分、それから来客用、ほぼ茂木さん専用となっている、紙コップの四つにコーヒーを淹れる。
あれ、茂木さん来てたのか。それにしては部室が静かだな。
「お姉ちゃんはナシナシでいいかな」
不意に聞こえてきた不穏な単語に、部室内での緊張感が高まる。開きっぱなしになったドアに目を向けると春日さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます