後編

 時刻は夕方を迎えて薄暗くなってきた。僕はカンテラを下げて、その頼りなげなあかりにすがりながら、吹雪の町を練り歩いた。


 横殴りに降る雪の、頬を打ち叩く冷たさに肌の感覚を失ってしまい、顔面の筋肉はやがて動かなくなってしまった。それでも僕は道の上に足跡はないかと、血眼になって地面を這うように進む。


 雪上に足跡を幾つか発見。が、町はずれの古い公園まで来たとき、僕はハタと気が付いた。


 ギジャおばさんに、町の住人とトゥピーバの足跡の違いを教えてもらっていなかったのだ。


 「僕は馬鹿だ!情報集めのために酒場まで経営して、こうして情報不足に苦しんでいるとは!」


 僕は一度、酒場に戻ろうと振り返った。


 と、僕の歩いて来た道程に、黒い人影が見えた。吹雪ではっきりとしないが、屈んで地面を見つめながら歩く姿、異様ではあるが確かに人間である。


 僕が立ち止まって見つめていると、向こうでも気が付いたらしい。すっくと背を伸ばして、こちらをじっと見返してくる。フード付きの毛皮コートで全身を包み、手には僕のよりも高価そうなカンテラ。


 ざっざっざ……と分厚いブーツで積もる雪を踏みしめる音。奴が近づいてくる。


 そして、黒い人影の姿が判明した。


 「……リュイ!」


 「あ、あんた……!」


 リュイ、とうとう見つけた!


 だが、彼女は僕を見るなり、腰が引けたように倒れ込んだ。そして、


 「……どうして、どうしてこんなところに!」


 僕から目を離さず、ゆっくりと雪の絨毯の上を後退していく。


 「リュイ、どうして離れるの?三年ぶりの再会だってのに」


 「た、たすけてぇ!」


 リュイはくるりと背を向けて、降り積もる雪をものともせず、ダッシュで逃げ出した。


 「どうして、どうして逃げるんだ!?」


 「あんたが貧乏神だからよ!不幸をもたらす悪神!都会に置いてきたと思ったら、こんなところまで付いてくるなんて!」


 ああ、彼女は気付いていたのか……!


 「そ、そんなこと言うなよ。辛い時、ずっと一緒にいたじゃないか」


 「辛かったのは、あんたが傍にいたからでしょ!」


 彼女は素早い。駝鳥だちょうかリュイか、都会でそんな文言が流行ったほどだ。しかし、彼女の健脚けんきゃくもこの吹雪には勝てず、雪に足を取られて大いに転げた。


 「好機チャンス到来!リュイ、会いたかったよぉ」


 「やめて、来ないで!宝くじを百八枚買ってあるの!」


 「そんなもの、僕らの前では紙切れだよぉ——」


 その時、リュイの持つカンテラがピカリと光った。

 リュイの奴、あろうことかカンテラに火の精を仕込んでいたのだ!


 「やあっ!」と光が元気よく飛び出してきて、僕の顔に射し込んできた。僕はあまりの眩しさに思わずひるんでしまった。


 「じゃあね!」

 耳元でリュイの叫び声。そして彼女はバタバタと走り去っていった。




 * * *




 視力がようやく回復すると、僕は真っ白な吹雪の中にポツンと一人。


 「さ……さ、む、い」


 冷え固まった顔はまったく動く気配が無い。僕が神のたぐいでなかったら、死んでいたところだ。


 ところで、ここは何処だろう?

 町はずれの公園まで来たことは覚えているが、吹雪が強まったために、方向感覚まで狂ってしまった。


 僕はカンテラの火の温かみを抱きしめて、靴に引っ付いた雪の重みにうんざりしながら進んだ。


 吹雪が、新しい雪の絨毯を敷いた。

 もはや、先ほどリュイと争った形跡すら見当たらない。


 僕は何処にいるんだろ。何処へ向かうんだろ……。


 ゆっくりとゆっくりと、雪に埋もれながら進んでいく。


 だが、もうだめかもしれない。ああ、リュイ……————


 ——その時だった。


 エヘエヘエヘ……エヘエヘエヘ……


 遠くの方で、赤子の笑い声が聞こえてきた。


 僕はすがる思いで、声のする方に進んだ。




 * * *




 「おお。よくぞ参ったな」


 僕は鳥居の前に立っていた。その場所は温かく、身体中の冷気が去って行くように感じた。

 そして、その鳥居の柱に背をもたせ掛ける老人が一人。


 腕に何かを抱きかかえている。茶色い赤子、ギジャ畑のマンドラゴラであった。


 老人は、おーよちよち、とあやしながら、

 「ここの場所が分かるならば、お主も神に違いない。さあ、そこの鳥居をくぐり、泉の恩恵を受けるがいい」


 「ここに……ここに、泉が!?」


 「左様。神々が訪れる、あり難き泉よ」


 「あんたも、神なのか?」


 「ああ、かつてある都会に暮らしておったが、人が多すぎて疲れてもうてな。それに信者たちの祈りの声も、都会疲れで濁っておったので……」


 なんてことだ!こんなところに、リュイの探し求めていた神が!


 「あんた!都会を離れるなら、一言あっても良かったんじゃないか?信者の一人が三年間も探し回ったんだぞ!」


 「うへぇ怖い怖い……これだから都会っ子は。ねー、マンちゃん」


 エヘエヘエヘ……


 ぐぬぬ……!こんな奴がリュイの探し人とは!

 しかし、リュイがまだ近くにいるならば連れてきてやらねば。


 僕は鳥居に背を向けた。すると、


 「馬鹿者、振り向いちゃいかん!」


 背後で老人の声が響いた。


 「へ?」

 

 慌てて老人の方を向く。が、そこにはすでに、鳥居も老人の姿も無かった。




 * * *




 辺り一面、真っ白な銀世界。


 「おおい!何処だ老人、何処へ行った?」


 びゅう……えふんえふんっ!


 吹雪に紛れて、風が現れた。そして最後の挨拶。


 「友よ。あんたもとことん不幸だな」


 「……貧乏神だから?」


 「いや、もうそうじゃない。あんたは道に迷ったんだ——」


 こうして僕は、新たにトゥピーバを襲名した。トゥピーバは襲名制の神、とのこと。


 そして前回のトゥピーバとは、吹雪に迷い込んだリュイのことだったらしい。


 これからは僕が、吹雪の中をさ迷い歩く新生活ニューライフを開始するわけだ。


 僕は「はぁ……」と青息吐息。


 というのも、リュイには僕という追っかけがいた。だから彼女はトゥピーバを抜け出すことができたのだ。だが、貧乏神だった僕を追っかける奴なんて、何処の世界に存在するだろう?


 ま、どの世界にも物好きは存在する。僕はとりあえず伝統に則り、足跡だけは残しておこうと思う。


  


 

 

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雪の上のトゥピーバ ファラドゥンガ @faraDunga4

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