雪の上のトゥピーバ
ファラドゥンガ
前編
「おお、今日はまた一段と冷えるねぇ」
扉をカランコロンと鳴らして、ギジャおばさんが入ってきた。その背後から物凄い風と雪。
ギジャおばさんは急いで扉を閉めて、ふうと一息つくと、頭巾を外して体についた雪をバタバタと
僕は窓から外を眺めた。一面真っ白だ。普段はこの窓から見える広場の大きな噴水も時計台も認めることは不可能だった。
「こんな日によく来たね、ギジャさん」
僕はカウンターから頭を上げて、
「ま、暖炉の火にでも当たってください」
おばさんはニコリと笑い、
「ダメだと言われてもそうするさ」と赤々と燃える暖炉の前に吸い寄せられて行く。
「今日くらいは家でゆっくりしたら良かったのに」
なぁに、とおばさん。
「わたしゃ、ここのホット
おばさんはそう言って、今一度身震いをした。体の中に溜まった冷気を追い出しているような具合だ。
* * *
僕は住み慣れた都市を離れて辺鄙な田舎町に酒場を構えている。理由は二つある。
一つは、これまで住んでいた都市から神が消え去ったことだった。
神の恩恵を受けない都市というものに、僕はちょっとした偏見を持っている。例えば、神の去った町の交差点で四人の
(神頼みは退歩だと言うのかい?もちろん、そういう考えもありだ)
もう一つは、恋人のリュイが消えた神を追っかけて
僕は風の便りで、三年前にこの地でリュイらしき人物を見た、と聞いてやって来たのだ。
「こんなレンガの隙間からトカゲが顔を出すようなシャバい町角に、リュイが?」と風に聞き返す。
風は告げた。
「友よ、答えは……えふんえふんっ!」
風邪を引いた風によると、どうやらこの辺には神々の憩いの泉があるという。都会の神が慰安旅行でもしているとしたら、泉に立ち寄ってもおかしくない。リュイもまたそう判断して泉を訪れた可能性はある、と風。
しかし、肝心の泉がどこにあるのか分からなかった。神々以外には……。
* * *
「……それで、なんで酒場を構えたんだい?」とギジャおばさん。
暖炉の熱とホット
「よくぞ聞いてくれました。そこにも理由ありです」
自分自身であちこち探し回るより、泉を求めて歩き回る巡礼者たちの憩いの場を作った方が、効率よく情報を集めることができると踏んだのである。それに、リュイがひょっこりと顔を出すかもしれない。
「泉をヒントにした、というわけですよ」
「なかなかのやり手だね、費用の問題を除けば」
うひひ……と笑いながら、おばさんが続けて言うには、
「でも、そのリュイって娘はあんたより神様を選んだのだろう?もしも再会したところで、喜ぶもんかね?」
「も、もちろんそうですよ!彼女が悲しい時にはいつも、僕が傍にいたんです!彼女を癒せるのは僕しか——」
「はいはい、ごめんなさいよ。ちょっとからかっただけさ……」
ちなみにギジャおばさんはご近所さんである。畑でマンドラゴラっぽいものを作っている変わり者だ。
この植物、引っこ抜いた瞬間から「エヘエヘエヘ……」と赤ちゃんみたいに笑うばかりで、叫ばないのだ。その可愛らしさが都会の神々を虜にしているとか。
品種改良万歳である。だが、僕は「おぎゃあああ!」と叫んでこそのマンドラゴラだと思っている。これも偏見だろうか?
「そういえば、あんた……」
顔を赤くしたギジャおばさんが突然に声を低くして、
「こんな吹雪の日は、あれが出るねぇ」
「あれ?あれとはなんです?」
「ああ、あんたがこの町に来て、こんな猛吹雪は初めてだもんねぇ。いいかえ、吹雪の夜にはトゥピーバって精霊が徘徊するのよ。可哀そうな奴でね、雪の精に恋をして、追いかけているうちに迷ったのさ。その姿を、もう何百年も誰も見ていない。しかし吹雪が去った後、雪の上にその足跡だけは残っていたんだ……」
ギジャおばさんはそこで、きらりと目を光らせて、
「トゥピーバも神様みたいなもんさ。泉の在りかを知っているかもしれないね。ひょっとしたら、そのリュイって娘はトゥピーバを探しに吹雪の中を……あらっ!?」
おばさんは素っ頓狂な声を上げた。僕がカウンターを抜け出して、カンテラを手に外へと飛び出したからだ。
久しぶりにリュイに関する情報をゲットできた。彼女の居場所は、そのトゥピーバが鍵を握っているに違いない。
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