#8
長い旅を同行したが、絵師とは途中で別れた。
かぐを両親の元へ送り届けねばならないから。岐路では、誰よりもかぐが名残惜しそうにしていて笑った。すっかり彼に懐いてしまったようだ。
町での住まいをどうしようかと悩む彼に、ゆみは自身の住まう長屋を紹介しておいた。年寄りが多いから、隠密にはちょうどいいかと思って。
ゆみにとっても、絵師との旅路は良い縁だった。お蔭で我が子のために物語を創ってやることができた。絵師は挿画の束を綴って、旅の記念だとゆみにくれた。家へ帰ったら、紡いだ物語をゆっくりと余白に書き込もう。あの子を思いながら。ふっ、まるで写経のようだわ。ゆみは絵草子を大切に懐にしまった。
山里の実家に辿り着くと、両親が出迎えてくれた。
「おかえり。帰りが遅いから心配したじゃない」
「陸路でゆっくり帰ってきたからねえ」
「もう、危ないわね。かぐを連れて行ってよかったでしょ」
母に言われて、苦笑しながら視線を下ろすと、小犬は自信満々に舌を出した笑顔でしっぽを振っている。早くご褒美をくれ、と。
「そうね、この子がいてくれてよかったわ」
そう返事する。
実際、かぐがいてくれてよかった。本当の一人旅だと、途中で何もかも投げ出して出奔してしまったかもしれない。けれど、両親が溺愛するこの子を家まで返さねばならないという一心で、ちゃんと帰ってきた。
土産物を広げる。
「いいのに」と言いながらも、父も母も嬉しそうだ。絵師が荷物持ちをしてくれたから、思わず買いすぎてしまったが、よかった。
「おい、今度夫婦で湯治にでも行くか」と父が言う。「そうねえ」と母。娘たちの旅に刺激を受けたらしい。近場であっても、出掛ける元気があるのは良いことだ。
ゆみは、次の物語を考えている。
子を喪って、離縁して、ついこの間まで自分の人生にはもう行く末がないと悲観していたのに。大丈夫、私はまだ未来に生きていける。老親でさえ先の楽しみを語っているのだ。彼らより先に、娘が人生を放り出すわけにはいかぬではないか。その悲しみは自分が一番よく知っているのだから。
「旅は楽しかったねえ」
隣に座るかぐの背中を撫でると、顔を向けてぺろりとゆみの掌を舐めた。
生温かい舌。
ゆみの掌はそれより熱い。
「心の温かい人は手が冷たいっていいますから、その逆もまた然りとちゃいますか」
いつぞや姑が言っていた。確かに、あっさりと婚家を出て行った自分は薄情な人間かもしれない。けれど、この手の熱さはまさに生きている証である。
生きなきゃいけない。
いろんな世界を見なきゃいけない。
物語の世界であの子を存分に遊ばせてやるために。
創作の旅路がどれほど遥かなものかも知らず、ゆみは一歩を踏み出したのだった。
幻の宝を求めし月の姫 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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