本日の天気は。
夕藤さわな
第1話
『え、ショータって泉区のいずみ中央なの、最寄り駅!?』
『え、サクラも!? なにそれ、すっげー偶然!』
スマホのアプリゲームで仲良くなったショータと自宅の最寄り駅の話になったのは偶然……ではたぶん、きっと、ない。
ちょっと会ってみたいな、と思ってた。たぶん、きっと、ショータの方も思ってくれていた。だから、何才なのかとか、どのあたりに住んでるのかとか、ちょこちょこ探りを入れていて……ふとした拍子に聞き慣れた単語が飛び出してきたのだ
『え、本当に? 泉中央? 泉中央駅? うっそだろ! マジかよ! もしかして、これ、すれ違ってる?』
『学校行くのに毎日使ってるもん。絶対、すれ違ってるって! 知らないうちにすれ違ってるって!』
私もショータも高校二年生で電車通学してる。わー、すげー! と意味のないメッセージでチャット欄を埋め尽くした後、ふと間ができた。
次になんて言おうか――と、いうよりはどういう風に話を持っていこうか。私が考えているあいだにショータからのメッセージが表示された。
『なあ、今度のクリスマスイベント。協力してやった方が効率良さそうだったよな』
〝うなずく〟アイコンを表示する。
『次、これやるからあのアイテム用意しといてーとか。このスキル使うから直後にこのスキル使ってーとかさ』
〝うなずく〟アイコンをもいっちょ表示する。
『ひざを突き合わせてやった方が絶対、効率良いやつだよな、あれ』
〝うなずく〟アイコンを連発する。
そして、私とショータは同じタイミングで同じようなメッセージを送った。
『いずみ中央に集合しちゃうか!』
『泉中央でいっしょにやろうぜ!』
***
そんなこんなでクリスマスイベントの当日。イベント開始時間である昼の十二時よりも三十分早い十一時半に、駅の改札前で私とショータは待ち合わせた。
改札に向かう前にトイレの鏡で冷たい風で乱れた髪を直す。メイクも服も気合い入ってない感じにしてきた。悩みに悩み、迷いに迷ってそういう感じにしてきた。だって、ほら、ゲームのイベントのためだから。今日がクリスマス当日って言うだけでショータと会うのはゲームのイベントのためだから。
なんて心の中でいいわけを呟きながら――。
『着いたよ。今、改札の前』
いずみ中央駅の改札前に着いた私はゲームを立ち上げてメッセージを送った。
『こっちも着いたよ! 改札の前!』
あたりを見まわしてみると高校生っぽい男子が一人いる。スマホを見てるしそれっぽい気がする。時々、顔をあげてあたりを見まわして人を探してるっぽいところもそれっぽい。
それっぽいんだけど――なにせ、めっちゃ気合入った格好してるし、想像していたよりずっとカッコイイ。学校にいたら絶対に先輩後輩問わず告白されまくってそうなくらいに顔面がイイ。
ゲームのイベントのためだしーといいわけして気合い入ってない感じにしてきたことをちょっとだけ後悔しつつ。このまま帰っちゃおうかなーなんてこともちょっと思いつつ。声をかけようと一歩、踏み出そうとした私は――。
「遅くなってごめん!」
「大丈夫、大丈夫。ちょうど次の電車が来るところだし、ほら、急ごう!」
アキレス腱を軽く伸ばして元のポジションへ。やってきたアイドル顔の女子とともに改札を通り抜けていくアイドル顔の男子を横目に見送りつつ、自分的には超絶自然な流れでスマホに目をやる。
はい、別に声をかけようとしたわけじゃないですよー。人と待ち合わせてるんだけどちょっと立ちっぱなしがきつくなってストレッチしただけですよー。
てか、あっぶね! 赤の他人のイケメンリア充に〝スカファのショータ? わたし、わたしー。ナイトのサクラー〟とかヲタク全開で話しかけるところだったわ! あっっっ
ぶねーーー!
なんて心の中で羞恥心に身もだえていた私のスマホにメッセージが届いた。
『サクラだと思って声かけたら人違いだしナンパ扱いされるし!!!』
〝あっぶねーーー〟を通り越してやらかしちゃったのがいたよ。指さして笑うよりも同情よりも共感性羞恥で死にそー。
『お前、本当に改札前にいる!? 地下じゃなく!?』
地下ってなんだよ、と思いながら〝首を横に振る〟アイコンを送る。
『一階の改札にいるって!』
『バスロータリーに近いとこ?』
『そうだよ、そう!』
ていうか改札なんて一か所しかないじゃん、と思いながらあたりをきょろきょろと見まわす。いつもなら通勤通学時間でもなければ大して人なんていないのに今日はクリスマスということもあってか。改札を出入りする人たちが引っ切り無しにいるし、買い物に来たのだろう人たちもうろうろしてる。
『柱の影に隠れてたり?』
『実はネカマとかないよな?』
『女だよ、リアルでも女だよ。女に見えるかどうかはともかく女だよ』
しばしの沈黙。
『男にしか見えないけど実は女なサクラさんですか? って声かけたら人違いだし男にしか見えない女の人だったよ! どうしてくれるんだよ!』
『もうお前、人に話しかけんな!』
共感性羞恥で私が死ぬわ! 話しかけて人違いだったショータにも、男にしか見えない女の人にも共感して羞恥で死ぬわ! これ以上はやめてくれ!
とかなんとか心の中とゲームアプリ内で叫びに叫び、だけど、ぱっと見はスーンとした顔でスマホを操作しているうちにあっという間にゲームのイベント開始五分前になってしまった。
『まずい。このままだとイベントが始まっちゃう。とりあえず店に入るよ! モッスンに入るよ!』
目の前のファーストフード店の看板をチラ見しながらメッセージを送る。
『遠いだろ、モッスン!』
『マジでどこにいんの!?』
『走っても間に合わないし! そもそも昨日の雪が残ってて地味に解けて凍ってて最悪な状態になってて走ったらすべる自信しかないし! てか、また降ってきてるしーーー!』
『何が!?』
『雪だよ!』
『雪!?』
あわててバスロータリーまで出て空を見上げる。雪が降っているどころか青空が出てる。冬らしい、色の薄い青空。足元も濡れてない。雪なんて影も形もないんだから解けてもいないし凍ってもいないし最悪な状態にもなってない。
『雪ってどういうこと?』
『降ってるだろ、雪! 残ってるだろ、雪!』
『降ってないよ、雪! 残ってないどころかそもそも昨日も一昨日も降ってないよ、雪! 本当にいずみ中央駅にいる!?』
しばしの沈黙。嫌な予感がしてきた。
『変換ミスってるんだと思って気にしてなかったんだけどさ、〝いずみ〟ってひらがななの、なんで?』
『いや、だって普通にひらがなだし。駅の看板とかもそうなってるし』
しばしの沈黙。嫌な予感がますます強くなる。
『こちら、宮城県仙台市泉区の泉中央駅です』
『こちら、神奈川県横浜市泉区のいずみ中央駅です』
嫌な予感が確信に変わった。
『いずみちゅうおう違いーーー!!!』
『いずみちゅうおう違いーーー!!!』
同時にゲームアプリ内で絶叫する。心の中では髪をかきむしり、ぱっと見はスーンとした顔でスマホを操作しながら時間を確認。
『イベント開始まであと二分! とりあえず一番近い店に入れ!』
『おーけー! 着席したら連絡する!』
目の前のモッスンのレジにダッシュだ。なんでもいいから注文して席に着かねば! イベントが始まるまでに席に着かねば!
走りながらチラッとスマホを見る。
『絶対、いつかいずみ中央駅行くわ! そのツラ、おがみに行くわ!』
送られてきたショータからのメッセージにニヤリと笑う。レジで注文しておつりが返ってくるまでのあいだにこっちもメッセージを送る。
『こっちも絶対にいつか泉中央駅行くわ! んで、紛らわしいわ、ボケって叫ぶわ!』
***
大きく息を吸い込んで――。
「紛らわしいわ、ボーーーケッ!」
握りしめた拳を突き上げてそう叫ぶ私の隣でショータがゲラゲラと笑う。
「十年近く前のことを根に持ってるとか粘着ー。というわけで、ついにやってきましたね、サクラさん。こちら、泉中央駅になります」
「そうですね、ついにやってきちゃいましたね。こちらが泉中央駅ですか。……って、地下鉄だったんかい!」
二十代も半ばになった私とショータは地下一階にある泉中央駅のホームに降り立った。宮城県仙台市泉区の泉中央駅だ。
〝いずみちゅうおう〟違いで結局、会えなかったクリスマスから二年後。地元である神奈川の大学に入学した私と東京の大学に入学したショータは二年越しのリベンジを果たし、神奈川県横浜市泉区のいずみ中央駅にあるファーストフード店なモッスンですっかりクリスマス恒例となったゲームイベントをひざを突き合わせて協力プレイした。
いずみ中央駅について、私と合流して、あたりを見まわして言ったショータの一言が――。
「そのツラ、おがみに来たぞ! いずみ中央駅が!」
だったんだからお互い様だと思う。
粘着ー。
それからは毎年のようにクリスマス恒例イベントをひざを突き合わせてプレイし、それ以外のイベントもひざを突き合わせてプレイし、アプリゲームがサービス終了になった日には社会人の権利である有休を二人そろって行使して強制シャットダウンさせられるその瞬間までプレイし、泣く泣く別のアプリゲームを始めてまたもやひざを突き合わせてプレイし――。
「最終的にお互いの家族とひざを突き合わせることになるとは」
というわけである。二人そろってガチガチに緊張しながら一階にある南改札を出てタクシー乗り場に向かおうと東口を出たところで私とショータはそろって空を見あげた。
「お、雪だ」
「あ、雪だ」
灰色の雲から白い雪が落ちてくる。昨日も降ったのだろうか。道のすみには雪が残っている。ショータが言っていた。泉中央駅はいずみ中央駅よりは降るけど、関東圏の人間が想像する東北ほどは降らない、と。
「降ってるなー、雪」
十年近く前は降ってないよ! と否定したけど今日は同意できる。
「降ってるねー、雪」
くすりと笑い合って私とショータはタクシーを待つ列に並んだ。
「いつも通り、協力して効率よくイベント消化してこうぜー。家族への結婚報告という名のイベントを」
「まずはイベント前半、ショータ家のご家族にご挨拶ですねー」
「後半のが怖い」
「私からしたら前半のが不安だわ。今まさに不安だわ」
なんて、ふざけたことを言いながら。
本日の天気は。 夕藤さわな @sawana
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