片想い相手は
@Nokasa12
第1話
高校二年の夏休みが始まる少し前、わたし——「
一年前の春、同じクラスに初めてなったときから、わたしの視線はいつも彼を追いかけている。もともと人見知りで、目立ったところのないわたしとは正反対に、隼人は明るくていつでもクラスの中心。
文化祭の実行委員に立候補したり、放課後はサッカー部の助っ人をやったり、とにかく頼れる存在だ。そんな彼に憧れるのは自然なことだった。だけど、一年間ずっと想いを伝えられずに来てしまった。
それでも——今年こそは。二年生になってクラス替えがあっても、偶然また同じクラスになれたことだし。これはきっと運命に違いない。そう信じて、何度も何度もタイミングをはかってきた。
教室でふたりきりになれたとき、放課後の昇降口でばったり鉢合わせしたとき。結局、いつも何でもない世間話をして終わってしまう。気持ちを言葉にする瞬間が見つからなかった。けれど、そろそろ踏み出さないと。そう決意していた矢先だった。
ある放課後、部活もバイトもない日はめずらしいから、と一度だけ勇気を出して隼人を呼び止めた。廊下を歩く背中を、手を伸ばして軽くつかむ。
「あの、今日、時間ある?」なんとか声を振り絞ると、隼人は振り返っていつもの笑顔でうなずいた。
ここまでは、わたしが望んでいたとおりだったのに。
その日の夕方、わたしは学校の近くにある小さな公園のベンチで隼人を待っていた。空が茜色に染まり、わたしの影が長く伸びるころ、さわやかな風に乗って隼人がやってきた。心臓がぎゅっとなる。いまこそ伝えるときだ、と心の中で自分を奮い立たせた。だけど先に口を開いたのは隼人だった。
「ごめん、突然だけど、話があるんだ」
胸の奥で何かがざわついた。恋人がいるとか、あるいは転校してしまうとか――いろんな不安が一気に押し寄せる。でも、わたしは静かに隼人の言葉を待った。
「実は……オレ、世界を救うために来たんだ」
……何を言っているのだろう。わたしは思わず聞き返した。すると隼人はまっすぐわたしの目を見つめ、困ったように微笑んで言った。「うまく信じてもらえないかもしれない。でも、本当なんだ。オレは、未来から来た人間なんだよ」
心臓の鼓動が一瞬止まったような気がした。だって、いつも一緒にホームルームを受けて、一緒に課題がきついと嘆いていた、あの隼人が……未来人? 冗談にしても突拍子もなさすぎる。しかし、彼の表情は真剣そのものだった。
「……えっと、それはつまり……どういうこと?」
「今から数十年後の未来で、ある研究が失敗して、世界は危機に瀕しているんだ。タイムトラベル技術で過去に戻って原因を断ち切る計画があって、オレはその一員として選ばれた。自分の力で何とか変えたいんだよ」
わけがわからない。そんな物語は漫画や映画の中だけのものだ。自分が好きになったのは、ごく普通の17歳の男の子のはず。だけど、隼人はさらに続ける。
「それで……あかりが鍵になるんだ」
まるで夢を見ているようだった。隼人が差し出してきた小さな端末を恐る恐る受け取る。そこには、見たこともない光が散らばっていて、文字のようなものが浮かび上がっていた。
彼いわく、それは未来の情報端末らしい。開発に携わった研究チームが未来の破滅を回避するために送り込んだとか……。どこまでが現実で、どこからが夢なのか。わたしは混乱しながら、ただ頷くしかできなかった。
こうして、わたしが隼人に抱いていた淡い恋心は一気にかき乱されることになる。恋のもどかしさと、聞いたこともない大事件のはざまで、心は揺れるばかり。それでも、隼人を信じてみたいと思った。
自分がいつの間にか惹かれ続けていた相手だから。彼が真剣に語る未来を信じたい。もし本当に危機が迫っているなら、何とかしたい。
翌日から、隼人は授業の合間にこっそりとわたしに話しかけ、未来の状況や、わたしが「鍵」だと言われる理由を説明し始めた。どうやら、わたしの家系に大きなヒントがあるらしい。
ひいおじいちゃんがかつて重要な発明をしたことが遠因で、未来ではその発明が誤った方向に利用されてしまったというのだ。
とてもにわかには信じがたい話だけれど、隼人が一生懸命に説明してくれる姿を見ていると、「本当に彼は未来から来たのかもしれない」という気持ちになってくる。
そして、突然の非日常に巻き込まれながらも、わたしは隼人の新たな一面を知っていく。実験的なスーツを身につけ、夜中に誰もいないグラウンドで何かをテストしている姿。
うまくいかずに項垂れている姿。いつもクラスのみんなの前で見せる笑顔とは違う、弱くて必死な表情。そんな彼を見ていると、わたしはますます心を奪われてしまうのだ。
しかし、未来を変えるための手がかりはそう簡単には見つからなかった。わたしの家系図もいくら探しても手がかりは不十分で、焦りだけが募る。
隼人のタイムリミットが近づいているらしい。未来へと戻らなければならない期限が迫っている、そう言われたとき、わたしの心は大きく揺れた。片想いだと思っていた相手が、本当はとんでもない秘密を抱えた“未来人”だった。
そして、時間が来れば彼は去ってしまうかもしれない——。
ちっぽけだけれど、大好きなクラスメイトとの当たり前の放課後はいつの間にか消え去っていた。代わりに、わたしは隼人と一緒に未来を救うための作業に打ち込み、感情をかき乱され続けた。
これは本当にわたしの人生なんだろうか……と何度も思った。けれど、隼人のまっすぐな瞳を見るたびに、「こんな波乱万丈でも構わない」と思えるから不思議だ。
どんなに忙しくても、ふたりでわずかに息をつける時間があった。そんなとき、隼人は微笑んで言う。「もしオレが未来を変えられたら……またここに戻ってくるよ。そのときは改めて、ちゃんと伝えたいことがあるんだ」
その瞬間、胸の奥にあたたかな痛みが広がった。告白するのはわたしのほうだと思っていたのに、いつの間にか隼人のほうも真剣な気持ちを抱いてくれているのかもしれない——そんな期待が芽生える。胸が高鳴って、涙が出そうになるのをこらえた。
そしてある日、ようやくわたしの家系に隠されていた鍵となる資料を発見した。ひいおじいちゃんの研究メモに、事件を回避するヒントがあったのだ。その夜、隼人は端末を使って未来の仲間に連絡を取る。
わたしの胸のうちは複雑だった。これで世界は救えるかもしれない。だけど、その分隼人が未来に戻るときも近づいている。もう、わたしはあの笑顔を見られなくなるかもしれない。
大切な言葉を聴けなくなるかもしれない。涙がこぼれそうになったとき、隼人がそっとわたしの肩に手を置いた。
「……ありがとう。あかりが協力してくれなかったら、この計画は成功しなかった。それと……いつか戻ってきたら、ちゃんと伝えるよ」
わたしは声にならない想いを抱えながら、ただ必死にうなずく。自分も言いたいことはたくさんあるのに、喉が詰まってしまった。
夜明け前、空が少しずつ白み始めるころ、わたしは隼人と校庭に立っていた。そこに、見たこともない光の円が広がる。
これが未来へと通じるゲートだという。風が強まり、わたしの髪が大きく揺れる。いつもと同じ制服姿の隼人が、遠いどこかへ消えていくなんて未だに信じられなかった。
「行ってくるよ」
そう言うと、隼人はわたしをぎゅっと抱きしめた。顔が熱くなるけれど、やさしくて、あたたかくて、ずっとこのまま時間が止まってほしかった。けれど、光は一瞬で眩しさを増し、隼人の姿を連れ去っていった。
まるで、これまでの出来事が幻だったかのように、校庭にはわたしひとりだけが残されていた。
世界を救う——そんな突拍子もない非日常の中で、生まれかけた恋心はあっという間に引き裂かれた。でも、わたしは不思議と、絶望よりも希望を感じていた。いつか、また隼人が戻ってきてくれる。
そのときこそ、わたしもちゃんと気持ちを伝えるのだ。それまでは、普通の17歳の女の子として、ここで笑って、泣いて、毎日を過ごしながら待とう。
そう、わたしの初恋はまだ終わっていない。むしろ、ここからが本当のはじまりなのかもしれない。
校門の前に立ち尽くすわたしの胸は、変に軽く、そして熱く高鳴っていた。彼が戻ってくる未来を信じながら——。
完
片想い相手は @Nokasa12
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