第2話
結井ありす_こんなことはじめて
「一球だけでいいから・・・・バドミントン、したいです」
凄く真剣にお願いされてしまった。
赤い眼でまっすぐに・・・、私をみる。
バトミントンをしたいがために。見ず知らずの人に。
目線を逃がしながら、できるかどうかを考えてみる。
確かに道具はそろっている。周囲は少しせまいかもだけど、試合をするわけじゃない、シャトルのやりとりくらいなら問題ないだろう。
「うん、いいですよ。やりましょう」
私は頷いて答えた。
バッグやら何やらを片づけて端に寄せる。
いつもの習慣で、ポケットからゴムを出して、髪を2つ結ぶ。
ついでに名前をきいた。
「私は、結井ありすです。名前をきいてもいいですか?」
「えぇーと・・・あたしは、ゆうこです」
なぜだが、自信なさげにだけど、そう教えてくれた。とりあえず、彼女でよかったらしい。
二人思い思いに準備運動をする。
太ももや膝裏を適度にストレッチしておく。
それから彼女は腰にある、野暮ったいポシェットを、心持ち苦労しながらはずしていた。
それから、花壇前のスペースで、真ん中あたりをネットと見立てて、距離を取った。
ゆうこさんは最初から握りしめていたラケットを使うようだ。大切に扱ってくれるなら、問題ない。
さぁ、はじめよう。
私は呼吸一つおき、構えつつ相手をみた。
ゆうこさんの構えをみてわかった。やっぱり経験者さんだ。
ラケットの面の向き。腰の落とし方。目線の動き方。コートで戦っている人のそれだ。
でも、これは試合じゃない。だから相手の頭上にふわりとサーブを放った。
彼女はゆったりとしたフォームで優しく打ち返してきた。
私も同じく相手の頭上に打ち返す。
1球だけといっていた。だからって、数回で終わらせるつもりはなかった。あんなこらえるような、ひどく苦しいような顔。あれは本当の本気のお願いだった。
だから私から落とすつもりは、まったくない。
なんとなくクリアを何度も打ち合った。
クリアの軌道はコートの奥に、高く遠くに飛ばす。
基礎打ちなら、まずはこれ。
きっと、ゆうこさんは私より高プレイヤーだ。
遊びだから、ゆったりとした所作で打ち返してくれる。それでもみえてくるものもある。
シャトルの下に身体をいれる挙動、ラケットのスイングと身体の体重移動が描くラインがすごく自然だ。比べれば、私はどこかギッコバッタンしてる気がする。
私より背丈の小さい子が、私よりうまい。どうにもアンニュイになる。けど、そんな気持ちはすぐに引っ込んだ。
なんというか、体を確かめるみたいな。久しぶりのバドミントンを味わうみたいな。そんな印象を受ける。インパクトのちょっと前だけ、間ができるからだ。いずれにせよ彼女の技量ならば、この速度で打ち損じはないだろう。
現にクリアラリーを10分以上は続けている。
私がミスらなければ、ずっと続きそうな感覚はある。
私から終わらせたくないな。
あんな泣きそうで楽しそうな顔されては。
心を引き締める。バドミントン、惰性でやっていたのに。最近では一番に集中できそうな気がした。
慣れてきたのか、彼女から要望がきた。
「ドライブいい?」
バドミントンは、返球の種類ごとに名前がついている。ざっくりいうと、相手コートの奥まで高高度で放るのをクリア。角度と速度をつけて、相手コートにシャトルを斜めに打ち出すのがスマッシュ。ドライブとは、ネットの少し上の高さで平行に飛ぶように返球すること。
「バドミントン経験者さん、なんですね」
「うん、そうなんだ。あたしは・・・ゆうこはバドミントンをすごくたくさんやってた」
会話はこれだけ。あとはひたすらに 無心に羽を追った。
スパンッ スパンッ
それがとてつもなく気持ちよかった。
羽を打ち合うだけ。
基礎練みたいに、型どおりの打ち方を一通りしたら、あとはフリー打撃。
多分1時間以上は経ってると思う。その間、一度も地面に落とさなかった。途中でぼろぼろになったシャトルを、ハイクリアで打ち上げてる間に、別のシャトルに入れ替えるくらいは数回したけども。
あーだこーだとうだうだしていたもやもやは、汗とともにどっかにいってしまったみたいだった。
肩で息をしながら、脚をなでる。頑張ってくれてありがとう。
心地よい疲労感の中、心は炬燵にいるみたい。バッグを探していたときの、胸の痛みはもうない。
バドミントン、楽しい。
結局のところ、こんなもので驚く。
あれあれってなっている。
流石に薄暗くなってくるととどうしようもなく、どちらからともなくラリーをとめた。
これがもし体育館だったら、もっと続いたのだろうか。いや、そこだったらネットもあったはずだから、それはないかなと思い直した。
ゆうこさんと名乗る女性は、泣き笑いのような表情をしながら、こちらに握手を求めてきた。
握手の手が少し低いことに笑ってしまった。
試合後、ネットの下から手を伸ばしてする握手みたいだったから。
「ありがとうございました」
自然と感謝を口にしていた。
握手に応じようとした私の手は、空を切った。
「え?」
「あれ?」
この不思議な状況を説明することが難しい。だって、私もよくわかっていない。ただ。ありのままを述べるならば。
ドサリと、黒い髪の子が地面に倒れていた。
私の目の前には、さっきと全然違う顔の、半透明の女性が、困惑しながら、私の手にスカスカと自身の手を重ねていた。
「えー、と?」
どうしよう?そんな悩ましい時間は、足下からのうめき声で中断された。
「・・・くらくらする・・・」
わけのわからない状況だけど。
きっと、これが私たちの物語の始まりだったのだ。
アリスの翼 モトキトモキ @motoyotomoyo
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