夜の寛大さ

ご飯のにこごり

夜の寛大さ

小窓にかかる月を見ている。

掴もうと手を伸ばして、夜の輪郭すらつかめずコウモリがキイキイ鳴くのを聞いている。テレビももう虹色のカラーパレットのようなものを映すだけで有意義な番組は何一つやっていない。チャンネルを回してもテレビショッピング、外からは雨が降り出したのか雨どいを水が走り、アスファルトに雨が叩きつける音がする。

私はそとにでてそのどこかアクリルっぽい土臭い匂いを鼻いっぱいに吸い込みながら雨をあびる。一人で自分を叱りつけて喧嘩している。

「どうしてもっとはやく、いやどうしようもないか、どうすればよかったんだよ。わかんねぇよなんにも、もっとはやくぜんぶおわりにしとけばよかったんだよ。それなのにこんなに生きて、生きて、生きやがって。生きる目的も無いのに。死んでしまえ、生きる目的が無いなら死んでしまえ。フリでもいいからしてみたか?してないだろ逃げ回ってるだけで止まってずっとそこにある月すら掴めない」

と、わけわからないことを口走りながら雨の足音と一緒に走った。濡れていくのが罰を受けている気がして気持ちが良かった。突然、走り回ってアドレナリンが出たのか破壊衝動に襲われる。軒先に並んでいる植木鉢が憎たらしくなって壊して回る。また自分が嫌になって橋を探す、増水した川に飛び込みでもすれば許されるような、そんなわけないのにそんな気がした。

電信柱、シャッター、電気の消えて寝静まった住宅街、やたら明るい商店街。そのどれもに私の居場所はなくて、なんだか涙より先に笑いが込み上げできて。よく響く商店街で赤ちゃんみたいに響く自分の声にまた笑って。商店街の屋根が途切れて雨を浴びて、スッと冷静になった。酒で痛む頭にガンガン優しく音楽が入り込む、何やってんだろうと雨に隠れて泣いている。してやったりって顔の古い看板の子供が憎たらしくてたまらない。この場から逃げないと、雨がプラスチックの屋根に当たる音で思う。

夜で雨だと猫もハトも人もいない。

歩いて、歩いて、歩いても朝になるまでどこにも着けない。夜は場所から賑やかさを閉じて隠してしまうのだから、昼間賑やかな場所こそとびきり寂しくなる。

一人きりの商店街なんてのはショッピングモールと並んでその代表だ。

寂しくなって独り言が出る。

「寒いんだよ。なんでこんなに人も来ないのにシャッターがカラフルなんだよ。」シャッターを叩いて回る。カラーコーンは蹴っ飛ばす。石があればガラスに投げて、夜の寛大さはその暴れん坊の既成事実を隠し通してしまう。

ゲリラ豪雨はやっと上がったのか小雨になりつつある。そうすると植木の影から白い猫が現れる。「にゃあ」と鳴いておねだりをする。まあるい目は光って星か月みたい。じゃないにしても何かの惑星か宝石みたい。白い猫は青い目をしていた。抱き上げるとにゃあにゃあの頻度が上がり、降ろすとテクテク、フンと鼻を鳴らして明るい商店街に消えていく。私もう帰らないといけない。

帰らないといけない理由など無いが、帰りたく無い理由もなくなってしまったのだから帰るしか無い。猫に気づかされるなんて、野生の帰巣本能には神秘的なものがある。だけどこれは人間でいう所の熟練のレジ店員がレジ前に立つとスイッチが入りレジの一部、仕事ロボットに変わること同じことなのだろうと思う。

夜の輪郭は捕まえることができた。次に捕まえるのは月とクワガタムシとカブトムシ、それぞれ手に入ればもう何も怖くは無い。


朝の気だるさ、腹痛に目を覚ます。いつ寝たのかも覚えていないが帰ってきている。靴は濡れているのだから昨日の夜は嘘では無い。夢でも無いなら不思議でも無い。なんだと職質を受ければ夜の寛大さの残り香で警官を殴りつけてしまうかもしれない。だがこうやって帰ってきているのだから誰も殴りつけていないし、何か壊したにしろバレてはいない。

だから私は安心して二度寝に身を落とす。ドプンと夢に浸る。すぐに恐ろしくて目を覚ます。夢は見ないのに恐ろしさだけが先にある。下着を確認してとりあえず落ち着くとまた眠る。飛び起きて、眠って、その繰り返し。疲れて目は濁りクマができる。

「ああ、こんなつもりじゃなかったのにな。」ため息と共にこぼす。眠り目をパシパシしながら朝日を見ると煩わしくなって布団をかぶってまた眠る。眠りの渦だけが唯一の私の居場所だったのに最近は胸が苦しくなる夢ばかりでそんなささやかな権利も失われようとしている。私に残されているのはあと、永遠の眠りしか無いのかもしれない。するとその時窓の外で白い猫がにゃあと鳴いた。

ここは2階なのだからまだ夢を見ているか、海猫か羽の生えた猫なんだろうと目を擦る。

擦りつつペンとノートを持って机に向かう。これはいいネタになると、頭が冴えていくのがよくわかって「朝っていいものだ」と誰に言うでもなく呟いた。

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