第5話 正義は無いのか?

「へ……? も、もう終わり?」


 自衛隊員が余りにもあっけなさ過ぎる終わりに声を漏らす。

 首のねじれ具合、具体的に言えば首の向きが180度回ってるのを見るに、誰もが致命傷で死んだと思ってしまう光景だったが……。

 突如ひかるの両腕が動き出し、両手で頭をつかみ、ねじれた方向と逆向きに首を回す。



 ボギボギボギィ!!



 という骨が折れるような音と共に頭の向きが正しい方向に戻った後、何事もなかったかのように立ち上がった。


「……ふぅ」


 普段厳しい訓練を積んでいる自衛隊員ですら、口をあんぐりと開けて呆然としてしまう光景だ。

 どう考えたって死んだとしか思えないのに、生きているだと?




「いやぁビックリしたよ。こんな事出来るなんてお前ただの人間じゃないな? オレと同じ超人かい?」

「まぁな。それにしてもお前、自分がどれだけ酷い事をやったか分かってるのか? 財務省の役人を殺して満足か?」

「相手は悪い事をしたんだぞ!? 財務省は増税で民を苦しめ! 薬価を下げさせ製薬会社を苦しめたんだぞ!? 悪を滅ぼして何が悪いんだ!?」

「その理論だと『お前も殺人鬼という悪だから』殺してもいい。って事になるんだが?」

「いやいやいや、オレは正義だぞ? オレは国民のために正しい事をしたんだぞ? 悪い奴なわけが無いだろうが」

「……100人以上人を殺しておいて言うセリフがそれか? もういい。観念しろ!」




 まもるは右の拳を相手の顔面目がけて放つ。これはクリーンヒットで、顔面の骨が折れる感触が拳から伝わり、同時に骨が折れる音が辺りに響く。

 だが相手が殴られた箇所に左手を当てると、ほんの2秒かそこらで元に戻った。


 ひかるが反撃で右ストレートを放つ。が、それをまもるは左手を当てて難なく回避する。と同時に右手を相手のヒジの関節に当てて、力をくわえて一気に曲げる。


 ボギボギィ!


 という音と共に、ひかるの右ヒジが通常ではあり得ない方向に曲がった。

 何者も、それこそ超人ですら関節だけは鍛えて強度を上げることは出来ない。それゆえまもるは特に多く関節をめる技を学んでいたのだ。




「こ、コイツ……!」


 ひかるは右腕をブン! と振るう。ただそれだけで、関節を破壊された右腕は元通りに治ってしまった。


 まもる曰く、超人には可視化や数値化こそ出来ないが「再生力」とでも言える力を持っており、それがあるうちはあらゆる傷……それこそ骨折も身体の欠損も神経の断裂でさえ瞬時に治るらしい。

 逆に言えば、その「再生できる力」が無くなれば超人と言えど傷は治せなくなる。つまりは超人同士の戦いは「相手が傷を再生できなくなるまで殴り続ける」タフなレースとなる。

 ちなみにその「再生力」は休憩や睡眠、特に睡眠をとる事で回復するらしい。




「ハァーッ……ハァーッ……」


 戦闘開始から5分。佐竹さたけ ひかるは荒い息をしながらなんとか戦っていた……スタミナ切れである。

 その一方、羽下はした まもるは息の乱れ一つない。その差は明確だ。




 軍隊式格闘術というのは「いかに効率よく無駄のない動きで敵を殺すか?」を追求するものだ。

 それを身に付けたまもるはスタミナを温存しつつ戦う一方、ひかるは素人丸出しで無駄の多い動きで体力を浪費している。

 プロボクシングは最大12ラウンドなのに対し、アマチュアボクシングは3ラウンドというのも理由があるのだ。




(ヤベェ……)


 佐竹さたけ ひかるは「再生力」が底をついたのを感じていた。これ以上はまずい、そう思ったのか彼は逃げ出そうとした。


「させるか!」


 そこで自衛隊員が奮起する。携行していた小銃とは別の銃を構え、撃つ。網が飛び出しひかるを拘束する。

 撃ったのはネットランチャー。不審者撃退用の護身具で網を発射し相手を捕らえるものだ。


「クソッ!」


 ひかるは網を破って脱出するが、時間稼ぎには十分役に立った。まもるが追い付いて首をロックする。




「や、辞めろ! オレが死んだら国民はどうなる!? 誰が財務省の横暴を止められると思ってるんだ!?」

「財務省の役人よりもお前の方が桁違いに悪だろ。何人殺したと思ってるんだ?」

「この世に、正義は無いのか!?」

「少なくとも力なき民の命を奪っているお前は正義ではない。悪の手先ならぬ【”セイギ”】の手先って奴だ」


 まもるは首をめる。腕を離すとドサリ、と言う音と共にひかるは倒れた。自衛隊員が首筋に指を当てると、脈は止まっていた。

 念のため瞳を開けてみると、瞳孔は開いていた。完全に死んだのだろう。




「……終わりました」

「お疲れ様。撤収しよう」


 初めて人を殺したまもるは、比較的冷静だった。相手が「コイツなら殺されても仕方あるまい」と思えるような悪人だったのも大きかった。

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