【”セイギ”】の手先

あがつま ゆい

第1話 クソオス狩り

 とある靴下製造会社の社長宅。そこで家の主と女が対峙していた。

 社長である男は還暦を10年も前に過ぎたのもあって頭髪は薄く、残った毛も白い。年相応に身体は衰えていたが社長業は難なくこなせていた。

 女はボサボサの髪をした中年でメリハリの無い、正確に言えばスリーサイズのウエストが一番数字の大きい身体で、顔もお世辞にも美少女や美女とは言えない物だった。




 仕事を終えて一人家でくつろいでいたところ、突如女が乱入してきた。それも「鉄筋コンクリートで出来た外壁をぶち破って」という異様な事をして、だ。

 呆然としている社長の頭をつかんで彼女はにらみつける。


「お前だな? お前がストッキングをわざと破れやすくして金儲けしているクソオス社長は?」

「ストッキング……? !! あの情報を本気で信じ込んだのか!? 安全面から言って今以上に強度を上げるのは無理なんだよ! 無理な物は無理なんだ!」




 今朝、SNSに「ストッキングをわざと破れやすくして何度も買わせて金儲けをしているクソオス会社!」と

 あるフェミニストが破れたストッキングの写真と共に書き込みをしたのをきっかけに炎上が発生した。

 事態を聞いて会社の社長が「今の技術や素材では強度は限界で今以上に頑丈な物は作れない」と説明したが、女たちの怒りはヒートアップする一方。

 ついに「超人」である「佐野さの 有栖ありす」が動いたのだ。彼女は低く威嚇するような声で社長を見下す。




「お前は血を吐いたり血尿が出たりしたか?」


 女……「佐野さの 有栖ありす」は社長にそう問う。相手は何を言っているのか? その意味が分からずポカンとしていた。女の話が続く。


「私は『無理』とか『出来ない』っていう言葉が大嫌いなの。血を吐くまで、血尿が出るまでかじりつかないで何が『無理』とか『出来ない』なのよ?

 血を吐いたり血尿が出るまでやればなんとかなるでしょ? なのに何なのよその態度。だからクソオスはクソオスなんだよ」




 彼女は相手の左肩にパンチを入れた。肩の骨や関節が粉砕され、肉とシェイクされた物体に変わった。

 激痛の波、破損個所からあふれ出る甚大な痛みの信号が彼を襲う。

 激痛に思わず声を上げて悶える彼を、有栖ありすは「豚のエサ」を見るかのような視線で射抜く。明確な敵意があった。




「口を開けば言い訳ばかり! 何で『ごめんなさい』の一言が出て来ねえんだよクソオス! 騒ぐんじゃねえ! 謝れ!」


 有栖ありすにとって、社長のセリフは全て「言い訳」や「減らず口」でしかなかった。

 客観的な視点からしたら、彼女はどんなもめ事でも「従うか死ぬか」の二者択一だったのだが、それを当然の事として受け止めていた。

「全ての男は女に無条件で従え」というのが不動の真理なのだ。それを不動の真理にしても問題ない程の周りを屈服させる力が彼女にはある。




「わ、私は謝ならくてはいけない事だなんて……」

「してるだろ!! テメェが破れないストッキングを作れば全部解決するじゃねえか! 何でそれが出来ねえんだよクソオスが!」


 キレた彼女は相手のみぞおちに拳を叩き込んだ。胴体に腕の太さにもなる風穴があいた。

 腕を引き抜くと鮮血がドバッ! とあふれ、腸がだらだらと流れてくる。誰が見ても治療の施しようがない致命傷だ。


 女は「人を殺した」という罪悪感が「これっぽちも無い」まま、現場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る