カ。タオモイ、

苺猫

第1話 わたしと先生そのいち

 きっと世界はわたしのことが大好きなんだと思う。そうでなくちゃ、こんなに都合のいいことになる訳がないもの。

 そしてわたしも、そんな世界が大好き。


「ねぇ先生、知ってた?“けっこん”って、好きな人同士がするものなんだって、ふつう」


 学級会での犯人探しはいつもドキドキするけど、先生もドキドキしてたんだろうなぁ、今のわたしみたいに。

 そんな渾身のまめ知識を先生に披露しつつ、わたしはちゅっとストローを吸った。うえぇ、まずい。わたしにはトマトジュースのおいしさがわからない、と顔をしかめてみる。

 すると、まるでそれが合図だったみたいに、窓の外の空もどんより曇り始めた。

「そりゃーそうだろうよ。結婚って特別なものだからね」

 今まで何だと思っていたんだい、と先生は肩をすくめてコップのトマトジュースを飲み干した。

 

 

 先生は、わたしの家庭教師だ。毎週土曜日にうちに来て、わたしに勉強を教えて帰っていく。今日は新学期にむけての特別レッスンで、算数のひっ算の復習をしていた。

 わたしは先生が大好きだ、先生がいい先生だから。勉強もそれ以外のことも、先生はなんでも知っていて、わたしになんだって教えてくれる。

 ときどきしったかぶりをすることもある。でも、そんなのだいたいはくだらないことだし、わたしはそのしったかぶりを見抜けるから、問題なんてないのだ。

 そして、今もわたしは知っている。 先生はきっと、“けっこん”のまめ知識を知らなかったのだ。



「じゃあ、どうしてママは先生のことが好きなわけ?」

 その時のわたしにとって、これは会心の一撃だった。

 先生はこれに答えられない。そしていつもみたいにへらへら笑いながら、知らなかったから教えてよ、と言うはずだったのだ。

 でも、わたしの計画はあえなく崩れることになる。

「先生がとんでもないイケメンだから?」

 なんのためらいもないみたいだった。でもわたしは、その語尾についたはてなマークを見逃すことなく攻撃を続けた。

「ママがふつうじゃないって言いたいわけ?」

「あんまり強い言葉でお話しちゃだめだよ」

 先生はわたしを叱ってから、ダイニングテーブルの木目をなぞるようにゆるゆると指を動かした。

「ママがふつうじゃないってことなの」

 言い直したわたしをいじらしそうに見つめる先生は、悪い人にはとても見えなかった。

「先生はママのこと好きなの」

 その後に頷いた先生も。今日のおひる何だろうね、と腕を伸ばす先生も。

 よかった、みんなの言うことは間違っていた。所詮小学生のうわさ話、知識自慢だったんだ。

 きっと、ママも先生も、悪い人なんかじゃないのだ。

「先生が来る日はママ張り切るからなぁ。きっとおいしいやつだと思うよ」


 その日のわたしにはわからなかったのだ。わたしのカタオモイだということが。

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