後編 早すぎた人生

『メリー・クタバレマス』が昼波高校から疾走を開始して…早数時間。


「ねーね。次この店いこーよ。」


「いいよ。何か人通りも少な…がはぁぁ!?!?」


「きゃぁぁぁぁーー!!!あーしの彼ピが!?」


既に昼波市の市長である花形はながた 寺都てとにより、表向きでは昼波市史上最大の大雪が観測された事を理由に、外出禁止令が発令された頃。


「ま、マイクです。電源入ってます!!」


「…よし。」


吹雪の中、昼波高校の校庭に生徒会に所属している生徒達が皆、制服姿で集められた。壇上に立つ黒髪で水色の瞳の男が、渡されたマイクを手に取る。


「…年末で生憎の悪天候の中、こうして集まった事にまずは深く感謝する。」


「知っての通り、寺都市長…校長からの要請により、生徒会に出動要請が出た。生徒鎮圧用の武装の使用も許可されている。」


「制圧対象は演劇部の広報部長である森 深右衛門と、その後輩である井上 陽翠。既に人力車の様な何かで既に路上を歩いていたカップル20組を以上も負傷させている。すぐに事に対処しなければ、犠牲者は増える一方だ。」


男は周囲を見渡し、息を大きく吸った。


「とにかく、死者が出る前に奴らを止めろ。諸君らの奮闘に期待する。」


マイクの電源を切り、生徒達が各々速やかに行動するのを見ながら壇上に降りて、彼女にマイクを返却した。


「そ、その、生徒会長…この件は、演劇部部長を連れてきた方が…えっと、良かったのではないでしょうか?」


花形 羅佳奈らかな……いや。


「駄目だ。俺には分かる…アレがいると全ての状況が奴の色に染まり、確実に事態が悪化すると。」


「あっ……ご、ごめんなさい…出過ぎた真似でしたよね。」


申し訳なさそうに深々と頭を下げる彼女の肩にポンと手を置いた。


「…そんな事はない。幸町さちまち、臨時本部の設営は出来ているか?」


「え……は、はい!!理科室に既に用意しています。」


「なら行くぞ…時間が惜しい。」


アイツの手を借りなくても、解決できると…証明してやる。


……


昼波市の路上。


「っ、視界が悪い…目に雪が入りそうだ。」


「大丈夫です。無力な堅牢けんろうくんの代わりに私が目になりますから。」


吹雪でよく見えないが、俺から見て右隣にいるチェーンソーを片手に持つ茶髪の三つ編みの少女…咲が話しかけてくる。


さき……いや、俺は無力ではないぞ!?」


「あーマジ寒っ…でもこんな視界じゃ、なーんも見えないしぃ、いくら生徒会の主力であるあーし達でもさ、フツーに無力なんじゃね?蓮ちゃんもそう思うっしょ?」


「そらぁ…そう。」


左隣にいるモーニングスターを持った金髪ポニテールの少女…須藤すどう 明日香あすかと刀を持つ黒髪ロングの少女…はす くれないが口々にそう言うのが聞こえて、俺は怒りに燃えた。


須藤すどう 明日香あすか!!それとはす くれない!!!そういう事は言ってはならない…我々は誇り高き、風紀委員なのだぞ!?」


「堅牢くんの言う通りですよ、明日香ちゃん、紅ちゃん。私達は…しまっ!?」


「咲…?どうした、返事をしろ!!」


ガラガラガラガラ……


耳をすませば、吹雪の音とは違う…車輪が回る音が聞こえる。


「これマズッ…蓮ちゃん!!」


「う〜ん、分かって……あぅ!?」


また…轢かれる音が聞こえた。


「チッ…堅牢はここから逃げて。」


「須藤 明日香…しかし。俺は、風紀委員長として、正々堂々と…」


「こんな時にバカ言わないで!!!咲っちも蓮ちゃんも、もうやられたんだよ!!!!今は誰かが生徒会本部に連絡しないといけない時でしょ!?」


「…っ!!」


鎖の音が聞こえる中、俺は全力でその場から逃げ出す事を決めて、駆け出した。


「く、クソ…どうしてだ。正義は勝つんじゃないのかよ!!!」


ガラガラガラガラ……


いつしか鎖の音は聞こえなくなって…車輪の音だけが耳を打つ。


「どうして、年末にこんな……」


俺はいつしか足を止めてしまっていた。


俺も…ここまでなのか。生徒会の風紀委員長として…奴らを捕まえなければいけないのに。


——堅牢くん。


その声で俺は後ろを振り返った。


「さ、咲…無事だったのか。」


「はい。私は泣き虫な堅牢くんより、強いですから。心配しなくても、手や足を負傷した明日香ちゃんや、蓮ちゃんは近くのコンビニに誘導しておきましたよ。」


「は?心配なんてしてないし、俺は泣いてない…泣いてなんかないぞ。」


「寂しがり屋さんですからね。でも頑張り屋さんでもあるって、私……知ってますから。」


そう言って咲は微笑むと、俺を横に蹴飛ばした。


「は…?」


「だから堅牢くん…後は任せます。」


俺は訳も分からずに、雪を食いながら地面を転がり、蹴られた痛みで横っ腹を手で抑えて……


「…ぁ。」


姿形はよく見えないが、咲が何かに刎ねられて空を舞う姿だけは、俺の目でも鮮明に映った。


……


「は…はは!!素晴らしい…生徒会の『鎮圧部隊』と呼ばれる風紀委員会ですらこのザマか。流石は『メリー・クタバレマス』…対リア充殲滅拷問車両の名は伊達じゃないらしい。井上…まだ行けそうか?」


「はぁ…はぁ……はい!!まだまだ走れますよ!!!」


「そうか。私としては、もっと勢いよく轢いて欲しいのだが…」


「それだと死んじゃうでしょ!?森先輩は兎も角、おれは犯罪者にはなりたくないです。」


「負傷させてる以上、もはや、犯罪者の様な気もするが…よし。次のターゲットを確認した。そのままいけ!!!」


2人用の椅子の下に備え付けてたらしい、特殊な暗視ゴーグルをつけた森先輩が、次の指示をおれに出した。


……


私は冬が…特に雪が苦手です。だって、昼波市の様な都市部だと、交通機関が麻痺してしまいますから。


「…山崎やまざきくん。こんな所で何をしてるのですか?」


「普通に日課のジョギングだ。もみじさんこそ、こんな日に何してるんだ?外出禁止令出てるだろ??」


外出禁止令…あぁ。確か行く時に、やまねがそんな事を言っていた気がします。


「平気です。近くのスーパーでおせち料理の材料を買いに行くだけですから。」


「あー楓さんが良ければ…ついて行こうか?暇だし、荷物持ちくらいはやってやるぜ。」


心臓がドキッとした気がしますが、いつもの不整脈でしょうか…こういう時は冷静に。心を沈めましょう。


「ええ…なら、お言葉に甘えさせて貰います。」


「よっし、なら決まりだな。」


雪まみれの山崎くんが寒そうに見えたので、私は傘に入れてあげました。


「あ、ありがとな楓さん。でも…俺の方が身長高いから、傘が頭に…」


「……あっ。」


私はすぐに、傘を山崎くんに手渡しました。


「ごめんなさい。そこまで考えが及ばず…こうして、外で山崎くんと2人きりですと、なんだか…調子が狂って。」


「それちょっと分かるぜ。やまねの家とか道場の中だと、全然そういうのないんだけどな…何なんだろうなこれ。」


「…まだまだ鍛錬不足という事かもしれません。」


「いやこれ以上強くなったら、俺が勝てねえし、楓さんも体壊すだけだから、やめとけって……楓さん?」


気配…この町に、悪意に満ちた何かが……私は嫌々ながらも、持っていた手提げを山崎くんに渡しました。


「買い物リストも渡しておきます。お金はこの手提げに入れてますので、先にスーパーに行ってて下さい…詳しい説明は後でします。」


「ちょ、楓さん…傘は!!」


雪も冬も寒いのも苦手ですが、見知らぬ誰かに物事を邪魔されるのは…非常に不愉快です。


(折角、山崎くんといい雰囲気だったのに。)


あれ…私は何を考えているのでしょうか?


……


ラブホテル内にて。私はロビーの爆発跡を視て…事件の全てを把握した。


この『連続ラブホ爆散事件』


犯人は、ホテルオーナーである平塚ひらつか さとし36歳…と見せかけてはいるが真の黒幕は、昼波高校3年生の座間ざま みのる。年齢は19歳。


幼少期から、特定の条件に見合った女性の情報を全て網羅した上でその女性に対する熱が冷めるまで、執拗にストーカー行為をし続ける男。


巧みな情報操作や証拠隠滅で、幾たびも証拠不十分で逮捕出来なかった警察にとっては怨敵にして大捕物…もし私が捕まえられたら少なくとも、1000万は警察からぶん取れるだろう。


そうすれば、私が経営している孤児院の借金返済に、半歩は近づける。


「しかし、まさか事件の調査中に昼波市で大雪とはね。遅延行為に他ならないよ。全く…」


「…お嬢様。私達が外に出て、犯人を捕まえましょうか?」


「捕まえるー?」


「まあ待ってくれ。」


つけていたアイマスクを少しずらして、一瞬だけ外を視た私は、今起きている状況を瞬時に理解しアイマスクを元の位置に戻してから、こっそりと外に出ようとする、メイド服の2人…ドレとミファに声をかけた。


「今はやめておいた方がいい。どうやら、外で暴走車が走ってるみたいだ。」


「「……?」」


正確に言えば…対リア充殲滅拷問車両『メリー・クタバレマス』…か。大学のサークルからまるで変わっていないふざけたネーミングセンスに空いた口も塞がらない。


「けど…うん。すぐにそれは解決するか。」


佐藤 楓…高校生の頃、特別支援学級での私の同級生。虚弱なのに強靭という矛盾の化物のあの子が既に動いている以上…私が結末を視るまでもなくそれは即座に解決するだろう。何なら…


「あれ…雪が止んだよー。もっと、もっと、降ればいいのに。」


「ミファ…いい大人なのですから、雪如きで残念がらないで下さい。」


「…うー。」


——ほら。もう、雪も止んだだろう。


……



あれから、何人かのリア充を轢いていると、視界が唐突に晴れた。


「っ、雪が止んだのか。これで『迷彩機能』が使えなくなったな。」


そんな機能ついてたのか…この車両。


「あ…森先輩。ここって…」


「…風紀委員会と戦った場所だな。止まれ、井上。」


おれは森先輩の指示で、足を止めた。


「武器が落ちてるな…ちょっと回収してくる。そこで待ってろ。」


「は、はい。」


森先輩は車両から飛び降りて、落ちているチェーンソーやモーニングスターを回収している。


(流石に、もう走り疲れたなぁ…)


本当に今更だが…その場の勢いだったとはいえ森先輩に加担し、皆に迷惑をかけてしまった罪悪感が疲労感と共に湧いていた時に、不意に横から声をかけられた。


「…えっ?」


誰だろうと、見る暇すら与えられずに…左脇腹に強い電撃が走って…おれはそのまま意識を失った。


……


私は2つの重い武器を両脇に抱えて、『メリー・クタバレマス』に戻ろうとしたが…そこにはもう既に先客がいた。


「風紀委員長…無事だったのか。井上は…」


「スタンガンで気絶させた。ダガーで斬りつけても良かったが…首謀者はどう考えても、お前だろ。」


風紀委員長は気絶した井上を『メリー・クタバレマス』の椅子に寝かせた後、私を見た。


「こうなった以上、人力車はもう使えない。咲を轢いた恨み…ここで晴らしてやる。」


「正義を信奉する事で有名な天下の風紀委員長様が生徒に対して、悪意に満ちた恨み言を言っていいのか?」


最早、何も言わずに右手にダガー、左手にスタンガンで、こちらに走って来た。


私はすぐにモーニングスターを落とし、チェーンソーを両手で持ってスイッチを押して、起動させようとするが…間に合わない。


「ぐっ……」


「所詮は拷問フェチ野郎…俺みたく、戦う事なんて出来っこないんだよ。」


間に合わないからこそ、咄嗟にそのダガーの突きを何とかチェーンソーを盾にして防いだが…この均衡はすぐに破られるだろう。でも…その時間さえあればいい。


ガラガラガラガラ……


「は、はは…はははははははは!!!!!!!!!!!!!!」


「何を笑っている?お前はもう詰んで…」


ドシャッ…


計算通り、私の笑い声に気を取られた風紀委員会は、1人でに動いた『メリー・クタバレマス』によって轢かれて、武器を手放しながら大きく吹っ飛んだ。


「ぐぇ…ど、どうして……」


「残念だったな。風紀委員長…この『メリー・クタバレマス』には発電機能が搭載されててな。井上が走った分の運動エネルギーが蓄積されて、尚且つ俺の脳波に反応してその運動エネルギーを消費して、遠隔で動かせるんだ…って聞いてねえか。」


私は持ってたチェーンソーを捨てて、仰向けに倒れている風紀委員長から少し離れた場所に落ちていたスタンガンやダガーを拾った。


「こっちの方が使いやすそうだ。さて…もうひと暴れ…ん?」


風紀委員長が倒れている方向から、見るからに病弱そうな白髪で長髪の成人っぽい女が呑気に歩いて来た。


「あの、すいません…あなたは私の『敵』ですか?」


「…は?」


見た感じ…彼氏がいる気配はなさそうだが、何故だろう……明らかに弱そうなのに、何でか足の震えが止まらない。


「別に、敵ではないな。」


「そうですか…でも、あなたは…私の敵でなくとも、昼波市を脅かした『悪』ですよね?」


「…さて。どうかな…」


ここで長々と問答をしている場合じゃない…雪が止んだ以上、すぐにここから離れなければ。


(普通に離れても問題なさそうだが……いや。)


私はどこからか湧いて出た謎の危機感に従い、『メリー・クタバレマス』を起動させて、白髪の女へと消しかけた。


「…分かりました。」


白髪の女は、さも靴紐を結ぶかのような手つきで前屈みになったと思ったら、初めからそこにある事を知っていたかのように雪で埋もれていた刀を素早く拾い上げていて、迫る『メリー・クタバレマス』に乗っていた井上を斬らないように、軽々と一刀両断していた。


……それも、たったの2秒で。


「えっ…は?あり得ない…『メリー・クタバレマス』は超硬合金製だぞ?そんな刀如きで…どんな小細工をしやがった!?」


「?…小細工も何も、ぶつかりそうでしたので寸前で斬っただけですよ。それがどうかしたんですか?」


自然と持ってた武器が手から溢れ落ち、井上を小脇に抱えて、小首を傾げる白髪の女の後ろで爆発する『メリー・クタバレマス』の姿を…私は呆然と眺める事しか出来なかった。


……



報告。


2023年 12月29日 18:00丁度。風紀委員の生徒からの通信によって駆けつけた生徒会の生徒達によって『メリー・クタバレマス』を操っていた生徒は捕縛された。


今回の黒幕である森 深右衛門は終始、青ざめた表情で、執行室で傷だらけの風紀委員達に囲まれながら、こう語っていたという。


「…白髪の女。怖い……超怖い。」


……


スーパーの前で左肩に手提げを背負った山崎くんを見つけて、私は立ち止まりました。


「お…お待たせしました。」


「おいおい楓さん、今まで何やってたんだよ。丁度もう買い物リストの奴…全部買い終えた所だぜ?」


「…ええと。ちょっとした運動を。」


山崎くんは少し羨ましそうに、僅かに頬を膨らませた。


「なあ、このまま荷物持ってってやるから、道場で勝負しないか?今日こそ、楓さんに一撃入れてやるからな。」


「…ふふ。いいですよ。ついでに、今日の晩御飯も一緒に…なんて。」


つい本音が出てしまい、思わず口を噤みました。


「いいぜ。あいに連絡しなきゃな…って、スマホ忘れた。ま。やまねの家の黒電話使うか。それでいいか?」


「は、はい……え。本当に、いいのですか?」


「おう。やまねにも会いてえし、クリスマスじゃ出来なかったが、零士のジジイに、俺のスパルタ親父の文句話…聞かせてやりたいしな。」


喜びとは何処か違う…この変な気持ちで心がキュッとなった所為なのか、私は山崎くんの右手を握っていた。


「おっ…」


「っ、すいません…ちょっと手が冷たくて。こうしてると、何故か体中がポカポカするから…その。」


「ポカポカって…まっ、俺もなんか体が熱くなってきたぜ。不思議だな!!」


「はい…不思議です。雪も案外、悪くないかもしれません。」


手を繋いで談笑しながら私と山崎くんは、家へと向かう。こんなありふれた日々が、ずっと続けば良かったのに。


(…でも。)


私の年末はこれが最後。来年の7月下旬…やまねの誕生日に死んでしまうって、産まれた時から完璧だった私は知っている。


けれど…あぁ。夢でも走馬灯でもいいから、死ぬ前にこの光景をもう一度、見たいものです。


——それがたとえ、夢幻であっても。


ブツッ。


【映像が終了しました。】


目を開けて、流れていた一筋の涙を手で拭いた私は心を切り替えて、この世界を救うべく、下にある雪を見ないように前を向いて歩き出す。


やっぱり私1人だけだと、雪は苦手みたいです。


                   了





























































































































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