Already Over Christmas
蠱毒 暦
前編 遅すぎたサンタクロース
「ゲヘヘ…我はこの世界の魔王ヘカロ、ぼぉあ!?」
今日も私は『魔王』を自称する異常者を駆逐し、世界を救った。
私に襲いかかってきた『原初の魔王』さんを殺して、砂漠みたいな場所で花形さんと対話してから…早くも数年は経過しているのに、体の老化や成長は、あの頃のままで止まっている。
【『異世界カルババ』の救済完了。次の異世界に向かいます。】
脳内に直接に響く嫌な機械音が流れる度に、別の世界に移動されられて、そこでまた戦闘、救済、戦闘、救済と、ずっと繰り返しているけれど……私の心は折れる事はない。
いずれ来たる日に…また、私の愛しい弟であるやまねや、山崎くんに会えると、そう確信していたから。
ある時。一面が雪に覆われた世界飛ばされた私は、ふと地面に積もっていた雪を見て、不覚にも思い出さないようにしていた、生前の日々を思い出して…
【承認しました…過去の映像を再生します。】
その機械音と共に、私の意識は暗転した。
雪が降り、静まり返った昼波高校の校舎裏。おれは傘をつけて他の先輩達から届いたであろう封筒を持って、1人やって来ていた。
「来たか…井上。」
「……。」
そこには、大きな青色のビニールシートに被されている『何か』を見て愉悦に浸る、黒色の四角い眼鏡をかけた制服姿の男。つい1ヶ月ほど失踪していた、演劇部の広報担当部長である…森先輩が、傘もつけずに空を見上げていた。
「「………」」
沈黙という名の圧力の中、降り続ける雪が地面を白色に染める。ふと森先輩は右手につけた腕時計で時刻を確認して…やっと声を発した。
「…井上だけだが、もう定刻だ。これより、イチャイチャとやかましい連中を…『これ』を使って血祭りに上がる。」
森先輩は特に勿体つけずに、ビニールシートをめくった。おれが知る知識の中で1番近いのは…
「造形的にソリ…ですか?サンタクロースが乗ってるような。にしては車輪も2つあるし…京都にあるような人力車に…見えなくもないような…屋根ないけど。」
「違うな井上。これは対リア充殲滅拷問車両『メリー・クタバレマス』だ。誤解しないで欲しいが、名付けたのは制作中に偶然通りかかり、資材といった面で協力してくれた『谷口の妹』を名乗る少女がつけた。」
高校に入学してからずっと、同じクラスだけど谷口って、妹がいたのか。全く知らなかった。
「2人用の座る椅子から何までなんと、全て超硬合金で出来ている。タイヤは無論、冬用…正に
この雪が降る日にぴったりだ。轢いたリア充の後処理も、適当に人気のない所に置いておけば、勝手に雪が埋めてくれるし、警察の足もつかない。だから私は雪が大好きだ。井上もそうだろう?」
「は、はぁ…」
おれはその悍ましすぎる計画や、その車両の見た目に圧倒されていると、森先輩は自慢げに笑った。
「当初は、ちゃんとエンジンもつけて、この特注のワイヤーでリア充を後ろに縛り、この町中を引きずり回す予定だったが、車の免許が取れなかったから没になってしまった。代わりに各種機能や使えそうな道具をつけたのだがな。バキボキとへし折れるリア充共の骨の音や、壮絶な悲鳴が聞けずに残念でならない。だろう?」
あーだから、ここ1ヶ月、学校に来なかったのか……この先輩は。
「ふむ。まずは、この車両の動力として、校内にいる何人かのリア充をハンティングする所からだな…どうした井上。怖気付いたのか…やる気。出されてやろうか?」
「っ!?いえ、森先輩に渡すものが…」
「……?」
おれは、懐から5枚の手紙が入った封筒を取り出した。
「それは…?」
「はい…先輩達から、森先輩宛の。」
「なら井上が読め。手紙が雪で滲んでしまっては、部員達に申し訳ないだろう?」
……………………………………………えっ。
「何だか嫌そうだな。」
「え、は、はは…何を言ってるんですか。森先輩。もー仕方ないですねえ、読みますよ!読めばいいんでしょ!?」
「ああ…手早く頼む。」
あの常識を何処かに捨てて来た様な先輩達の書いた手紙…ぶっちゃけ、読みたくない…とてもじゃないけど。でも……くっ。
おれは、やけくそで5枚の中から何故か、赤みがかった1枚の封筒を開けた。
拝啓。
まずは、この様な形になってしまった事。深くお詫び申し上げます。【血痕】は森先輩の掲げた『鮮血のリア充撲滅パーティ』に、参加出来そうにありません。【血痕】が読んでいる頃には、僕は、家族と一緒に実家に帰省しているからです。もし、もっと早くに【血痕】いたら、【血痕】【血痕】【血痕】【血痕】……
この場に来れなかった責任は…冬休みが明けた初日の登校日に、僕の醜い命で清算します。それでも足りなければ、その後【血痕】の死体を出来るだけ惨く、残虐に辱めてくれて構いません。【血痕】ごときが言うのは烏滸がましいかもしれませんが、森先輩の悲願が達成される事。心からお祈りします。
【血痕】…
「ま……巻牧先輩。」
「地獄で見ていろ…巻牧。必ず、成功させてやるからな。」
「いや、まだ死んでないですよ!?」
「次を読め。」
おれは巻牧先輩の手紙を封筒に戻してから、懐に入れて…4枚の内、適当に手紙が入った封筒を開けた。
森部長へ
悪いが参加できねえ。これを読んでいる頃、俺は麗しい少女達しかいない楽園にいるからだ。公民館でやるクリスマス会。これに参加しないだなんて『少女絶対博愛主義』である俺のアイデンティティに関わる。ここ数日間の地道な努力の成果もあってか、運営スタッフとしての立場を獲得した俺は、数年前から思考に思考を重ねていた、ミニゲームで手に入るプレゼントや沢山の選りすぐりのお菓子達で、少女達の可憐な笑顔をこのクリスマスという日に、見事に咲かせてみせる。だから応援しててくれよな!!
おれは侘錆先輩の手紙を粉々に千切って、放り投げた。
「…次、行きましょうか。」
「そうだな。クリスマスの真の意味を履き違えている奴の名など、どうでもいい。」
それを聞いたおれは、背筋が凍り…戦慄した。
「え…あ…あの。森先輩…クリスマスって、もう…」
「早く次を読め。」
「はっ、はい。」
おれは困惑しながらも、3枚の中からまた1枚の封筒を開けて手紙を取り出した。
森広報部長殿
拙者、厨二患者の演劇部部長の誕生日プレゼント選びという面倒くせえ用事をどっかに行きやがった森広報部長の代わりに、絶賛やっているでござる。まあ適当に最近完成した『佐藤やまねの隠し撮りコレクション3』にしようと思うのだが、それでよろしいか?返信がなければ、それで確定するでござる。
クリスマスにリア充をぶち殺したいという気持ちも分かるでござるが、拙者はパーティには参加しないでござるよ。いらぬ迷惑をかけるつもりはない故、広報担当ではなく、1人の漢として。単独でこの町の周囲のラブホというラブホをぶっ壊しに行く用事がある故。
では、良いリア充撲滅な、血湧き肉躍るクリスマスを。
友人の
「あの『連続ラブホ爆散事件』って…座間先輩の仕業だったのか…」
「ふ…座間め。私も負けていられないな。その手紙、私にくれないか。」
「あ、はい。」
おれは呆れながらも、座間先輩の手紙を封筒に入れてから、森先輩に渡すと、大事そうに胸ポケットに仕舞った。
「待っていろ…クリスマスを楽しむリア充共。」
「あのですね森先輩。クリスマスは…とっくに…」
「次だ。後2枚だろう…すぐに読め。」
まるでおれの話を聞かない森先輩に若干の苛つきを覚えながらも、2枚の内の1枚の封筒を開けて手紙を取り出して内容をチラリと確認してから…そっと封筒に手紙を戻した。
「どうした井上?」
「あ…えーと。これ…
「そうか………よし、読め。」
非情すぎる森先輩の脅しで、泣く泣く…おれは読むことになった。
森 深右衛門様へ
ごきげんよう。これを読んでいる頃、わたくしと乱ちゃんは、田舎にある貸し切りの旅館で【自主規制】
そこに付属されている温泉は、とっても気持ちがよくて【自主規制】いつも見ているのに初々しく頬を染める乱ちゃんが、とても愛らしくって、ついつい【自主規制】
運ばれて来た食事を【自主規制】してから、夜になって眠くなるまで布団でお互い、ありのままの姿で【自主規制】
お互い良いクリスマスを送れるといいですね。また年明けにて、学校でお会いしましょう。
【自主規制】もり、しゃん。よいおとし、を。
「あぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!!!」
おれは恥ずかしさの余り、手紙をぐちゃぐちゃにして、全力で放り投げた。
「はぁ…はぁ……ヤバい…これ……ソノ写真が紙に印刷されてるのも…タチ悪い。」
「これで広報担当は全員だが、そうとなると…最後は誰だ?」
あんなモノを聞かされても尚、冷静さを崩さない森先輩におれはつい、問いかけていた。
「…森先輩は、その…よく耐えられますね。」
「ああ。途中から耳を塞いでたからな。」
この野郎。頑張って全文読んだのに……!!という義憤を堪えて…おれは最後の1枚になった封筒から手紙を取り出した。
「…誰だった?」
「ん……谷口の妹で、内容は…短っ。『協力者君、スマホ見てみなよ。』…とだけ。」
「スマホだと。」
森先輩がズボンのポケットからスマホを取り出して…何を見たのか、そのまま膝から崩れ落ちた。
「森先輩!?」
おれが駆け寄ると、森先輩が…おれの方を見てこう言った。
「クリスマス…もう。終わってたんだな。」
「……」
おれが何も言えずにいると、森先輩がスマホの画面をおれに見せつけた。そこには一件のメッセージがあって……
では種明かしだ。この対リア充殲滅拷問車両『メリー・クタバレマス』を作ってる過程で君のデジタル時計やスマホをこっそり細工して日程をずらしてたんだよ。いやぁごめんね?だから今日は12月29日さ。ははっ…今年最後の茶番劇として大いに楽しませてもらったよ。来年からはデスゲームとかで忙しくなるしね。じゃ、また会えたら会おう。では、よいお年を。
谷口
「………っ。」
『茶番劇』…ふざけるな!!!!森先輩は…おれの先輩は、使い捨ての玩具なんかじゃない。
「なあ…井上。もう…クリスマスじゃないが。」
おれは傘を森先輩に託し、積もった雪を払ってから、車両の支木の部分を力強く握った。
「分かってますよ。森先輩…今日だけは、おれがトナカイになります。サンタは任せますよ。」
「い、井上…」
「だって悔しいじゃないですか!!1ヶ月間もクリスマスにリア充を駆逐する為に、必死で頑張ったのに…それが、無意味に終わるだなんて。」
「……。」
「クリスマスが終わろうが、リア充なんて町にゴキブリみたく蔓延ってる。そうでしょう!?」
森先輩はスマホやメガネをポケットに入れて、おれの傘を持って立ち上がった。
「その通りだ。まさか、井上に諭される日が来るとはな。」
雪が強くなる中、2人用の椅子に飛び乗り、おれと森先輩の視線が交差する。
「…後悔するなよ。私を焚き付けるだけして、やめると言うのなら…」
「おれは、この広報担当に無理やり入らされた時から、ずっと後悔ばっかして来ましたから、今更ですよ。」
「ふっ…ならば行こうか。リア充共を轢き殺しに。」
おれは生き生きとしている森先輩から視線を逸らし、全力で足に力を入れる。今なら、どこまでも駆け抜けられそうだ。
「全力で行きます!!!!」
記録——2023年 12月29日の正午頃。
吹雪の中…2人の非モテ男によって、昼波高校の正門が破壊されて『メリー・クタバレマス』が昼波市に放たれた。
続く
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