メリーさんは帰れない
裏道昇
メリーさんは帰れない
土曜日にも関わらず、何もせずベッドで寝転がっていると、スマホが鳴った。
見たことのない番号だったが、とりあえず出る。
「……もしもし」
相手が何も言わないので、俺は少し警戒した声を出す。
さらにしばらく沈黙してから、か細い声が聞こえてきた。
「あたし、メリーさん……」
思わず息を呑む。あまりにも有名な怪談だった。
だが、今時の悪戯電話にしては珍しい気がする。
「あたし、今……」
悪戯だと思っても、少しだけ緊張してしまった。
元々は人形が段々と近づいてくるという話だったはず。
「……どこにいるの? ぐすっ」
「迷子じゃねーか!」
膝から崩れ落ちた音がした。
両手で顔を覆って天を仰ぐ姿すら見えた気がする。
「ここどこぉ……?」
知らねーよ。お前が教えるんだよ。
とんでもない電話が掛かって来た。
「あの、もう切っても……?」
「イヤ! 切らないで! 今切ったらもう出てくれないでしょ!?」
「まぁ……ぶっちゃけしつこいなら、着信拒否も……」
「お願い! 話を聞いて! 協力してもらえないと帰れないのよ……」
話を聞くと、自分は本物の『メリーさん』だと主張していた。
電話に出てもらえないと移動できない……らしい。
どうすれば良い?
悪戯ならまだしも、万が一にでもただの迷子だったら困る。
「えっと、電話なら何でも良いんだろ? じゃあ、そう言うのは警察に……」
「あのね? あたしがどれだけ他人の後を付け回したと思う?」
「言い方よ……それがどうした?」
「バカ! あたしが警察になんて行ってみなさい!」
「この状況で俺にバカって言えるのすげーな……」
「絶対、自首しに来たって思われるわ!?」
「素直に迷子だって言えっ!」
「イヤよ! そんなことしたら『メリーさん』の老舗ブランドに傷が付くわ!」
「老舗ブランドって言うなよッ!?」
正直、その表現の方がよほどイメージに悪い。
しかし俺が叫んでも、癇癪を起こしたメリーさんは止まらない。
「間違いなくネット記事にされるんだから!
きっと見出しは『あたし、今……警察署にいるの』よ!」
「…………」
それは何となく有り得そうだった。
「ストーカー規制法とか引き合いに出されるんだわ!?」
「ちゃんと知ってるのも何かイヤだなぁ……」
終いには泣き出してしまった。
悪戯電話の方がマシな気がする。
「……ぐすん」
「あー、今まで同じようなことはなかったのか?」
ついつい聞き返してしまった。
だが、放っておくわけにもいかない。
「五十年近く怪異やってるけど、初めてよ」
「……そういう感じなんだな」
勝手な想像だけど、タクシーの運転手みたいなことを言う。
初めて道に迷ったとか、飲みの場で言われそう。
「はぁ。何か『目印』になるものは?」
「え? えーと……」
俺が鉄板の質問をする。メリーさんは周囲を見回しているようだった。
いや、本当はお前がその『目印』を伝えるんだけどな。
「すごく暑い森の中よ。それと遠くで部族の方々が踊っているわ。儀式かしら」
「いや、マジでどこだよ!?」
南米とかジャングルとかそういう?
そりゃあ「ここどこぉ……?」ってなるわ。
「どうしてそんな場所に?」
「わかんないけど、今回は出来るだけ遠くから始めようと思ったの」
「じゃあそれが原因だろ!?」
「あちゃあ……融通きかないなぁ……」
「アバウトすぎるんだよ! 何で遠くから? 普通はそこそこ近い場所だろ?」
確か大元はゴミ捨て場だったはず。どう間違っても海外ではない。
正確な位置を聞いても、こっちが分からねぇよ。
「たまには変化球も必要かなって……」
「いや、お前は直球じゃなきゃ駄目だろ」
こんな変化をつけられたら、びっくりするわ。
メリーさんも疲れてたのか……?
「仕方ないじゃない! 曖昧な距離の指定が精一杯なのよ!
こんな高位の空間転移、あたしじゃ正確な場所の指定までは……」
「能力が未熟だって言ってんじゃねぇよ!
曖昧な距離の指定が曖昧すぎるって言ってるんだよ!」
しかし、改めて言葉にするとメリーさんってすげぇな。
ちゃんと『空間転移』って認識なのか。
「……まあ良いや。とにかく次の電話に出れば良いんだな?」
「ええ、そうよ!」
何で偉そうに出来るんだ。ここまでに誇れるところは一個もなかったぞ?
ぶっちゃけ、俺の中で老舗ブランドはかなり傾いている。
ま、ただ電話に出れば良いだけなら付き合おう。
出るだけなら通話料金も掛からない。何かあれば切れば良い。
……俺は電話を切った。
電話に出る。
「あ、あたし、メリーさん……」
予想通りの相手だった。さっきと同じ声。
すぐに俺の後ろに現れるって話だったが……。
「あたし、今……」
? 自分の部屋を見回しても異常はなかった。
まあ、悪戯で片付ければ良いだけの話ではあるが……。
「……こ、氷の上にいるの」
「そうはならないだろ!?」
よく聞けば、風の音が聞こえてきた。吹雪の中にいるようだ。
メリーさんの声も震えている。
「寒いよぉ……」
「そりゃ、さっきまで熱帯地域にいただろうからな」
寒暖差どころの話ではない。
だが、それ以上に気になるのは……。
「何で日本まで一気に戻らなかった?」
「回数を三回に設定しちゃったの……忘れてた……」
「何で三回!? 出来るだけ遠くからやりたいなら、三回じゃ足りねぇだろ」
「デフォルト設定で……」
「惰性でやってんじゃねぇか、やめちまえ」
「酷いこと言わないでぇ……寒いの……あ、眠くなってきた……」
「…………」
待てよ。このまま放っておけば、メリーさんを退治できるのかもしれない。
ひょっとすると、その方が世の中のためになるのでは?
「……呪ってやるぅ」
「ち」
流石に年季が違う。
こちらの嫌がる台詞を的確に言った。
「もう良いよ。さっさと移動して、駄目だったらまた掛け直せ」
「その感じは……やめて……邪険に扱わないで……! 敬って……!」
……めんどくせぇ。死ぬ間際でもめんどくせぇ。
俺はスマホの電源をぶち、と切った。
数秒と経たずにスマホが鳴ったのですぐに出た。
「あたし、メリーさん……」
また同じ声。
だけど……あれ? 後ろからも声が聞こえる?
「あたし、今……あなたの後ろに……いる! やったぁ!」
西洋風の少女の人形がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
金髪は痛み、豪華なドレスは汚れている。
だが、先ほどまでは確かにこんな人形はいなかった。
と言うことは、信じがたいことだけど……。
「本物、だったのか」
「そうよ! 本物に決まってるじゃないっ!」
そう言って、西洋人形は「ふん」と胸を張った。
これがかつて日本を震撼させた『メリーさん』の本当の姿だったのである。
……老舗ブランドは死んだ。
日曜日。
「……なぁ」
「何よ」
メリーさんは未だ俺の部屋にいた。俺のベッドの上でごろごろと横になりながら、俺のポテチをつまみつつ、俺の漫画を読んでいる。
「もう自分の家に帰れ」
「んー、無理」
なんでだよ、と目で訊ねる。
メリーさんはにやりと笑う。
「今、良いところなのよ。ここ快適だし」
自分が読んでいる漫画を指さした。
溜息を吐いてしまう。
俺のベッドは占領されたままだ。
「続きが気になって帰れないわー」
「…………」
どうやら俺の部屋に居座るつもりらしい。
メリーさんは帰れない 裏道昇 @BackStreetRise
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