令和最新版雪合戦
K-enterprise
高速圧密氷の可能性
雪合戦。
この言葉を聞いて多くの現代人が思い浮かべるのは、冬の原風景というか、寒い中で“のほほん”とした暖かみを感じるイベントのことだろう。
そう、こぶし大の雪玉を作り、それを二人以上で投げ合う行為を雪合戦と定義するならばその歴史は古く、源氏物語にもそういった描写が載っているそうだ。
そして現代では、各国がさまざまなルールを設け「スノーボールバトル」などといった名称のスポーツとしても認知されているほど、生活に密接に紐づいている文化と言えるだろう。
そう、広く認知されている雪合戦とは、雪を固め、投てき可能な大きさと硬度に仕上げた雪玉を相手にぶつける、雪玉投てき戦闘というのが正確な表現だ。
ではなぜ「雪玉合戦」ではなく「雪合戦」なのか。
結論から言うと、雪合戦という言葉が一般的になっているのは、雪玉のとある可能性を想起させないために刷り込まれた集合知なんだと思っている。
そもそも雪合戦という言葉の語源で言えば、戦国時代に武器を失った武士が、互いに雪をぶつけ合ったなどという逸話によるものだとか。
雪合戦のルールが明確でない市井の光景の中で、都会に薄っすらと積もった泥交じりの雪を固める行為が認められたとしても、雪玉の中に石を入れたり、氷の様に固める行為がご法度であることは三歳の幼児でも理解している常識だ。
過度に雪を固めてはいけない。それは投げても空中分解せず、相手の衣服に当たった時に「いたぁい」と嬌声が上がる程度の圧力を伴って“ほろり”と解けるものでなければならないということを、誰もが集団的な認知として魂に刻まれているということだ。
それは殺傷を忌避する禁忌が成せる本能的行動制限。
転じて、雪玉とは相手を滅する手段、殺りく兵器として転用可能な代物なのだ。
殺傷の禁忌を意図して侵そうと思えば、雪玉は簡単に、高硬度の、例えるならば石の様な武器の代用として活用できるということを、誰もが深く理解している。
雪に適度な水分を連結材として、硬くどこまでも硬く圧接する。そうすると雪玉はおよそ雪とは呼べないほどの硬度を生む。端的に換言すると氷になるのだ。
それはもはや雪ではなく雪から製造された氷であり、語源とされる雪合戦も本来であれば「氷合戦」と呼ぶべきなのだが人の良心がそれを許さなかったのだろう。
あくまでも「雪」でなければならなかった、だからこそ人は「雪合戦」という欺瞞に満ちた言葉で、世界中の人々を暗黙の了解という理で包んできたのだ。
もちろん、高硬度氷の可能性に気付いて、それを軍事利用したり、様々な抗争の手段にしたりという
氷柱が多くの殺人事件の凶器として使用されるように、雪から生成された凶器は自然に還り証拠を残さない。何よりも現地調達できる経済的な有益性は他のどんな武器にも勝る利点であろう。
だが、雪を繋ぐ絶妙な水分量、最速で雪玉を製造する手腕、投てきに適する大きさに整える、対象物を破壊する運動エネルギーを確保する重さ、自分の投てき能力、冷え続ける手のひら。さまざまな要因を乗り越えなければ雪玉は殺傷能力を有しない。
逆に言えば、最適な硬度と重量と大きさを、手が冷えない方法で、相手よりも早く製作でき、相手を確実に葬れる投てき能力があればどうだろうか。
それは、雪合戦という人々の無意識下に規定されたルールを逸脱する者。
生まれながらの異端者か、生粋の雪玉投てき者か、暗殺者のどれかだろう。そう、この俺のように。
俺はこの雪玉、いやごまかすのは止めよう。高硬度氷を用いた殺しを
それにしても積雪が多い。しかも気温も低い。除雪された道路の路肩にある腰高の雪を掬うとサラサラと零れていく。つまり水分量の少ない粉雪というヤツだ。
これではまともな雪玉は作れない。が、心配無用だ。俺には霧吹きもあれば水がたっぷり入った水筒も、ペットボトルの水もある。
そして両手に装備した専用のミトン型の手袋。
皮肉なことに、五本指の皮手袋を捨てた俺を、世界で五本の指に入る雪玉殺し屋にのし上げてくれたのはこの手袋だ。どこまでも果てしない硬度の雪玉を瞬時に生成できる早業、そして狙った獲物を外さないコントロールを維持するために、このピンクと黄色のミトン手袋は欠かせない相棒になっている。
「ふはは、今日もよろしく頼むぞ相棒」
「ままー、あの人わたしとおなじ手袋してるよ」
「シッ、目を合わせるんじゃありません」
すれ違う親子に奇異の目で見られるが気にしない。そんな些事にいちいち腹を立てていたら、いまごろ雪国の人口は激減しているところだ。
何より俺は無益な殺生はしない。決して雪を触り過ぎると凍傷になってしまうとかそんなんじゃないぞフハハ。
悦に入りながらターゲットの住む場所へ向かっていると、降雪に風が混ざり、要は吹雪に近い天候になっていた。
実に都合が良い。ホワイトアウトという雪の目くらましを最大限活用するためにも、俺のいで立ちは白の山高帽と純白のトレンチコートだ。そんな保護色の俺がこの手袋で投てきする姿から、“
今回も、ターゲットが最後に見る色彩は、ミトン手袋の蛍光色になるだろう。
ふと、歩く進路上に圧を感じ歩を止めた。
だが吹雪による視界の悪さで、白い保護色の物体にわずかばかり接触してしまった。
「ああ、すまない」咄嗟に詫びを入れたが、反応の声は横から聞こえた。
「なんてこと! 私が一生懸命作った雪ダルマを、あなたが壊したのよ!」
衝突した物体と状況を端的に表してくれる最適なセリフは、俺と同じ保護色のコートに身を包んだ小さな推定少女だった。推定と言うのは、衣装と、雪だるまを製作中で、俺よりも30センチは低い150センチほどの背丈と、鈴が鳴るような声色からの判断だ。これで齢80過ぎの老人だとしたら俺は人を見る目が致命的に足りていないということなので確認のために問いかける。
「悪かったねお嬢さん。どうお詫びすればいいだろうか?」
「直してよ、私の雪だるま!」
お嬢さんという問いかけに否定がなかったことで、やはり雪だるまを製作中の少女ということだろう。これが除雪中の中年男だとすれば、めんどくさいのでさっさと始末していたところだが、俺も年若い少女を愛でる矜持ぐらいは所有しているのだ。
「わかったわかった、通り道で雪だるまを作るのは感心しないが、罪を認めて直そうじゃないか」
少女の圧に押されながら、吹雪の中で雪だるまを直し始める。だがすぐに違和感を覚える。着雪しないほどの乾燥雪だ。この雪だるまはどうやって作られたのか。
「お嬢さん、この雪では雪だるまは作れないよ」
「そんな手袋をしているからでしょ! 手の温度で溶かして固めるのよ!」
なるほど、そう言い放ち両手を掲げる少女の両手は素手だった。日常的に雪に触れているからこそ可能な技なのだろう。俺もかつては素手を試したことがあるが、短期決戦ならいざ知らず、継戦能力を考えるととても採用できる手段じゃなかった。
だがそれ以上に、素手で雪だるまを直せという少女の圧に逆らえる気がしない。
「わかったわかった」苦笑しながらミトンを外し、雪だるまの成型に着手する。
いったいどれだけの時間が経ったのだろうか、少なくとも両手の感覚が失われたころ、俺の背中に硬いものが押し当てられる。
「……なるほど、俺の武器を封じるための小芝居か」
「ああそうさ、手がかじかんであんたの得意なダイヤモンドスノーは作れまい! おっと動くなよ、こっちはあんたと違って美学なんか持っていない。背中に押し当てているのは銃口さ! 素手じゃなければ銃は扱えないからな! あんたをおびき出すために嘘の依頼を掴ませて、こんな変装までして待ってた甲斐があるってもんだ」
ご丁寧に知りたい情報を過不足なく説明をしてくれた声は、なんだかとても小汚い低音だった。おそらくボイスチェンジャーでも使っていたのだろう。それにしても俺の知らないところでダイヤモンドスノーなんて異名も作られているとは……。
「ということは、お嬢さんでもないのかな」
「54歳のおっさんさ」
「それを聞いて安心した」
言いながら俺が動くと、躊躇なく消音器付の銃が放つプシュッとした音が鳴る。
俺は瞬時に雪だるまの背面に回り盾にすると、低い銃声が連続で鳴り響く。
「馬鹿な! 背中にも当てたはずなのに、しかも雪だるま如きが全部の弾を受け止めるなんて!」
相変わらず状況を解説してくれる、ちいさなおっさんに答えてやる。
「俺のコートは水袋が仕込んである。しかも過冷却する特殊な水で、この寒さなら外気に触れた途端に凍ってくれるさ。そしてこの雪だるまも、お前さんのアドバイス通りに、俺の手のひらの熱と引き換えにしっかり硬く仕上げられているのさ」
俺は言いつつ懐から銃を取り出す。
「ちょ、おま! 雪玉を投げる殺し屋なんじゃないのかよ」
「安心しろ、弾丸はここに来るまでに歩きながら雪を固めたものさ」
言いながら引き金を絞る。
ちいさな男が着ているコートに、赤い色が広がり、仰向けに倒れていった。
やがて降り注ぐ雪がその小さな体を隠していく。
俺は盾になってくれた雪だるまを抱え、男の傍らに置き、男が放った全ての弾丸を回収する。
それから水筒の水を使って適当な氷柱を作り、雪だるまの腹辺りに生やしておく。
つまりこの状況は、歩いてきた男が、誰かが作った雪だるまに装飾された氷柱に刺さって死んだ、ただの事故という訳だ。
俺の特技、雪玉を高速で圧縮して溶けずらい氷を作ることができる。それを応用すれば銃弾に加工するなんて芸当もできるのだ。
そしてその弾丸は体内で溶けてしまう。
「これが令和最新版の雪合戦さ」
言いながら白い闇に消える。
―― 了 ――
令和最新版雪合戦 K-enterprise @wanmoo
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