思い出のディストピア

十三番目

贖罪


 根暗な私は、人付き合いが下手くそだった。

 相手の顔色を窺い、逐一精神を消耗する。

 仲良くなる前には疲れ果て、自分勝手に離れていくのが私という人間だ。


 友人と初めて会ったのは、大学から帰る電車の中だった。

 数少ない友人の、そのまた友人だと言うが、つまり他人ってことだろう。


 明るい笑顔と仕草。

 私のような存在にも声をかけてくる、典型的な陽キャ。

 眩しくはあるが、無害なら私も無碍にはしない。

 隣に座れるよう、窓側に席を詰めた。


 友人の話は退屈だった。

 週末のスポーツがどうだとか、大好きな彼氏がこうだとか。

 陰に陽をぶつけるなとはよく言ったものだ。

 熱光線で焼かれてしまう。


 だけど、誰かを手放しに褒められる人だった。

 あなたは心根の優しい人だね、なんて。

 陳腐な表現がこれ以上なく突き刺さるほど、友人は素直で、純粋な人だった。


 それこそ、面倒な私といつのまにか友人になっているくらいには。


 最後に会ったあの日、私は友人に一冊の本を手渡した。

 当時流行っていた携帯小説の書籍版だ。

 興味があると言う友人に、布教目的で貸してあげることにした。



 それからしばらくして、友人は死んだ。


 踏切の真ん中で、走ってくる電車を見つめながら死んだらしい。



 友人へ。


 私はね、君を忘れてしまいたいんだ。


 あんなに素敵だと思った笑顔も、優しかった声も、今となってはほんの少しも思い出せない。

 覚えているのは、別れの日に君が笑っていたこと。

 そして、貸した本を大切そうに抱えていたということだけ。


 君が今もどこかで笑っていてくれたなら、とっくに忘れてやってたさ。

 年に一回も思い出さなかったかもしれない。


 でも君は、今でもしょっちゅう顔を出す。

 私の知ってる君ではなく、記憶の残骸の君として。


 あんなに笑っていた君が薄れて消えて、代わりに苦しんでいた君が浮かんでくる。

 君の苦しんでいる姿を、私は一度も見たことがないのにね。


 故人は思い出の中にしか生きられない。

 けれど、綺麗な思い出にするには、あまりにも後味が悪すぎたよ。


 しかも、君は最後まで私の本を返さなかった。

 遺品整理の時、君の両親は何を見つけたと思う?

 当時流行ってた携帯小説。


 それも、BLものだ。


 興味があっただけで、BLが好きなのは私だって言いたいんだろうけど。

 無駄だね。

 だって君は死んだんだから。


 いいかい君。

 君は私に消えない記憶を刻んだけれど、私だって君に消せない誤解を刻んでやった。


 悔しければ今すぐ生き返って、泣いてた両親を抱きしめて。

 それから、私に小説を返しにこい。


 それが駄目ならせめて、あの世で笑っていてくれ。


 

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