第26話 墓前

 姉の事故から、8年の月日が流れた。

 あたしは23歳になり、社会人として、ちゃんと働いて税金を納めている。

 希望していた商品開発のチームに所属できて、末端だけど、いくつかの開発に加わってこられた。今は、チーズの新商品の試作をしているところ。


 今日は一人暮らしを始める報告をしに、お墓参りにきた。

 大学を卒業して、病院の薬剤部への就職が決まった航から、一緒に住まないかと提案されたけど、あたしは一度、一人暮らしを経験しておこうと思いたった。


 ずっと実家を出ることは、あり得ないと思ってきた。

 一人は寂しいし、姉の思い出が残る実家を離れたくなかった。

 その考えが変わったのは、魂だけになった姉が消えてしまってから。


 テントの中で一人泣いていたあたしの元に、航が駆け付けてくれた。

 法要中に倒れたあたしと入れ替わった姉が、航に連絡をしていたから。


 航は、言ってくれた。

「汐里さんは消えていない。麻帆の中で、生き続けている」と。


 あ、そうか。

 そうなんだ。お姉ちゃんは、あたしの中にいる。あたしと一つになったんだ。


 不安だった気持ちが、すっと楽になった。


 ママが「お姉ちゃんはここにいる」と心を差した時、思い出の中の姉より、遺骨でも形ある姉にこだわった。

 幽霊なんて不確かな存在になった姉が帰ってきて、形がなくても、信用していいんだとわかった。

 それをお姉ちゃんと、航に教えてもらった。


 それでもやっぱり、

「お姉ちゃん、寂しいよ」

 墓前に語りかける。


 悲しみは埋められない。命日は特に。

 原因はあたしにあるから、何年経っても、悔やんでいるし、罪は消せない。


 よりによって、今日雨が降るなんて。

 つらい記憶を呼び起こされながら、線香と花を手向ける。


「お姉ちゃん、あたし、なんとかやってるよ。一人暮らしは心細いけど、良い経験になると思ってる。航とは、一応付き合ってるよ。結婚を前提に付き合おうっていきなり言われて、びっくりしちゃったよ。航が支えてくれるから、そばにいて安心させてくれるから、生きていられる。頼り過ぎかもしれないけど、あたしも航に頼ってもらえて、支えられるように頑張んなきゃって、勇気をもらってる。結婚はもう少し先になるけど、その時はちゃんとお姉ちゃんに報告しに来るからね」


 お姉ちゃんから返事はないけど、「楽しみに待ってるよ」って、言ってもらえた気がした。


「俺も手を合わせていいか」


 全身に当たっていた雨が遮られた。

 振り返らなくても、誰かわかる。


「風邪引くぞ。ちゃんと傘差せよ。体調管理も、社会人の基本だろ」

 傘を差しだされ、受け取る。

「大学出たてのぺーぺーに言われたくありませーん」

 軽口を叩きながら、二人で手を合わせる。


「汐里さん、麻帆は相変わらずだよ。寂しがりやで、姉ちゃんラブで。俺はずっと二番手」

 真面目なトーンで言うから、おかしかった。

 笑おうと思っていたのに、続く言葉に息を呑んだ。


「俺はそれでいいと思ってる。麻帆が笑顔でいてくれるなら」

「‥‥‥航」

「汐里さんは、ずっと麻帆の一番でいて。子供ができるまでは」

「気が早いよ」

「いつかできるかもしれないだろう。先に汐里さんの許可をもらっておかないと」


 結婚はまだ先だけど、ついこの間、婚約をした。

 あたしの左手の薬指には、初任給で買ってくれた婚約指輪がある。

 初任給は両親に使うものでしょって叱ったら、両親には初めてのバイト代で旅行をプレゼント済みだった。


「子供が一番になるなら、航は三番目だね」

「げ。そうか、そうなるな」

「待って。違う」


 あたしが待ったをかけると、航がきらきらした目であたしを見た。


「もしかして汐里さんと同列二番?」

「子供とお姉ちゃんが、同列だね」

「そうなるのか。仕方ねえな」

 笑いながら言った。


「お姉ちゃんのお陰で、あたしは幸せだよ。お姉ちゃんも、あたしの中で幸せになってね」

「約束どおり、俺が幸せにするから」


 もう一度、姉に手を合わせてから、あたしたちは立ち上がった。

 あたしが持っていた傘を、航が代わって持ってくれる。


「お姉ちゃん、また来るね」


 雨に打たれても、うなだれない花のように、あたしたちは顔を上げて歩き出した。




                 了



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二度目のお別れまであと・・・ 衿乃 光希 @erino-mitsuki

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