第25話 最期の時

 お姉ちゃんが亡くなって6年目。命日の今日、あたしたち3人と、海野の祖父母5人で七回忌の法要を行った。


 夏真っ盛り。暑い時間は避けようとなって、夕方4時からにしてもらった。

 クーラーのよく効いた室内で読経と焼香をし、お墓参りのため外に出ると、むわっとする熱気に襲われた。


 日傘で西日を遮りながら、読経を聞いていると、少し頭がぼんやりして、あたしの意識はそこで途切れた。


 はっと気がついた時、目の前に海があった。

 ぎょっとして腰を浮かすと、

「大丈夫。大丈夫だよ、麻帆」

 落ち着いた姉の声が聞こえた。


「お姉ちゃん、これ、どんな状況?」

 お墓にいたはずなのに、知らないうちに海に来ているなんて。

 それに、喪服からいつもの服に着替えている。

 昔使っていたテントの中にいて、人目は気にしなくて良さそうだけど。

 事態が呑み込めなくて、少し怖い。


「麻帆ね、倒れそうになったの。たまたま私が出てこられたから、怪我はせずにすんだけど。私が動かせていたってことは、熱中症じゃないと思う」

「途中で頭がぼんやりするなって思ってた。倒れる前触れだったんだね。お姉ちゃんありがとう」


「無事に戻って来られて良かった。また私が麻帆になるのかなって、どきどきしちゃった。会食のお料理は、しっかりいただいたよ。とても美味しかった」

「そっか。あたし、またお姉ちゃんに、自分の法要に出席させちゃったね」


 一回忌は現実から逃げたから、あたしは納骨を見ていない。

「自分の納骨を見ることになるなんて。もう」とお姉ちゃんから恨み節の混ざった報告を聞いた。

 三回忌はちゃんと出席したのに、七回忌でまたお姉ちゃんが出るはめになった。


「今回は、お姉ちゃんのせいかもしれないよ」

「どういうこと?」

 お姉ちゃんの口調は変わらない。それなのに、悪い話をする予感がした。


「お姉ちゃん、たぶんもうちょっとで消えると思うんだ」

「冗談、だよね」


「こんなに長い時間、起きていられるなんて、最近じゃなかったもん。神様が、最後だからしっかり話しておいでって、時間をくれたのかなって」


「嫌だよ。お姉ちゃんがいなくなるなんて、あたし‥‥‥」

 胸がきゅうっと痛くなる。呼吸がしづらい。涙で視界が歪む。


「泣かないで、麻帆。お姉ちゃんも、いなくなるのすごく残念だよ。麻帆が働く姿を見たいし、花嫁姿も見たい。麻帆の子供も見たい。年を取っても、最後まで一緒にいたい。でも、できないんだよ。タイムリミットが来たんだよ」


「嫌だよ。嫌だ!」

 ぽろぽろと流れる涙が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。

「お姉ちゃん、強い意志があったら、消えないと思う。絶対消えないって、ずっとあたしと一緒にいるって思って。強く思って」


「麻帆‥‥‥どうにもならないこともあるよ」

「なるよ! 弱気になっちゃダメ! どこにもいかないって、強く、強く思ったら‥‥‥どうにかなるよぉ」

 涙が溢れて溢れて、止まらない。


 たぶん、心のどこかで、もうすぐ姉が消えてしまうんじゃないかって、わかっていた。

 その時がきたら、心配をかけないように、しっかりしたあたしでいないと、って思っていた。

 それなのに、あたしはやっぱり弱い。

 お姉ちゃんがいなくなることが、嫌で、不安で、仕方がない。


「ごめんね。ごめんね、麻帆。でも、麻帆は一人じゃないよ」

「どう、いうこと」


「麻帆には航くんがいるでしょ。航くんが、麻帆を支えてくれるから。少し前に話ができたの。麻帆が航くんに、私たちのこと話したでしょ。そのお陰で、私は汐里として、話ができたの。麻帆の今後をちゃんとお願いしておいた。航くんは、私にお願いされなくても、麻帆を支えてくれる覚悟をしてくれていた。航くんが信頼できる人っていうのは、麻帆がよくわかってるでしょ」


「‥‥‥うん」


「生きてる人同士で手を取って、支え合って、一緒に年を重ねていって。航くんとなら、幸せになれる。時には意見が食い違ってケンカになるかもしれないけど、お互いを理解して、信じて、意地を張らずに素直になって。この先つらいことは絶対ある。だけど、何があっても生きることを諦めないで。その足でしっかり立って、前を向いて進んでいって。麻帆なら大丈夫。お姉ちゃんが保証する」


「お姉ちゃんが言うなら、間違いないね」

 その時が来ているなら、安心させてあげないといけない。

 姉の言葉をしっかりと刻み込む。


「事故の後、ちゃんとお別れできなくてつらかった。お姉ちゃんが帰ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」

「お姉ちゃんも」


「二度もお別れしないといけないなんて、考えたくなかったけど、見方を変えるとチャンスをもらえたってことだったのかな」


「そうだね。二度目の別れの時が来るまでに、何をしなきゃいけないのか、何ができるのかを考えて実行する、私たちに必要な時間だったんだよ。麻帆はちゃんと成長できた。頑張ったね、麻帆」

「お姉ちゃんがいてくれたからだよ」


 あたしたちはたくさん話をした。

 あたしが生まれた時のことから、お姉ちゃんの料理を心待ちにしていたこと、お姉ちゃんのお手伝いをしようとしたこと、隣に並んで一緒に作り始めた時のこと。


 キャンプにバーベキューにプール、お花見、果物狩り、遊園地、水族館、テーマパーク。

 出かけるのが大好きな両親と、遊びに行った。

 失いたくない、たくさんの、大切な思い出たち。


 笑って、泣いて、また笑って。


 姉の返事がゆっくりになっていく。


 姉に合わせて、話のペースを落とす。


 やがて、寝息のような深い呼吸になり、


 そして、


 わたしの頭の中に、


 望んでいない静寂が、


 訪れた。

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